すでに失ってしまったもの、今この瞬間に失われていくものへ
今や概念としても実体としても、この世界から消えつつある、真心と呼ばれるもの。これが聴く者の一番深いところに存在することを一切疑わず、全力で歌いかけている。それが私がテライショウタのソロ・プロジェクト、GOFISHのライヴを観た時の印象だった。名古屋を拠点に20年を優に超えるキャリアを持つアーティストが、こんなにも無垢な歌を紡ごうとしていることに、感動という言葉では収まらない衝撃を受けた。
2021年にリリースされた前作『光の速さで佇んで』は、誰かの真心に触れるためには、たとえそれが別れや喪失であったとしても、自分がすべてを受け入れなければならない。そんな静かな覚悟が、小さな部屋の中で鳴らされるフォーキーなサウンドの向こうに浮かび上がってくるような、コロナ時代に生まれた名盤だった。
そして今回発表された自身の名を冠したアルバム『GOFISH』。人類自身の愚かさによって残酷さを露わにした世界に散らばる悲喜交々を拾い集め、再び生の実感を取り戻していく物語のように感じた。
バンドメンバーは潮田雄一(Eg)、中山努(Pf)、元山ツトム(Pedal Steel)、墓場戯太郎(B)、藤巻鉄郎(Ds)、井手健介、浮(Cho)という実力と個性を兼ね備えた、ほぼ前作と同じ面々である。しかし一曲目の「うれしいだけ」のエキゾチカ・アンビエントとも言うようなスケールの大きいサウンドに触れた瞬間から、彼らが前作とはまったく異なる地平に立っていること。そして録音・ミックスを手がけた内田直之の見事な仕事ぶりが伝わってくる。続く「果てしない路」「けもの」といった楽曲ではピアノとエレキ・ギター、つまり音の大きな楽器が前景化されており、前作と比べてより開かれた場所で、より多くの人に向けて鳴らそうとする意志が感じられる。その思いはメロディにも現れているようで、フォークはもちろん、スタンダード・ジャズやソフトロックからの影響までも感じさせる間口の広さと口ずさみたくなる人懐こさがある。
歌詞に目を向けると、特に前半では常に引きと寄り、俯瞰と凝視といった、二つの視点の存在が感じられる。例えば「サンシャイン」では、目の前にいる愛する人への感謝がストレートに表現される一方で、二人の関係性を土星の輪になぞらえる宇宙からの視点もある。また「けもの」「肉球ダイアリー」では、動物の目を借りて時にユーモラスに時にシリアスに、人間とその社会のあり様を客観的に描いている。この常に二つのアングルが併存する歌詞からは、地球上のあらゆる情報がリアルタイムに見られるようになったことで、自分もこの社会で生きる当事者であると同時に、常に傍観者であることも強いられる現代ならではの体感が宿っているように思われる。
しかし“きみを愛してる そして守りたい でもその術が分からない”と直裁的な感情を吐露した先行配信された「真顔」以降の後半は、歌のフォーカスが生身の人間へと、徐々に絞り込まれていくような迫力がある。そして最終曲「嘘とギター」では“俺”という一人称が初めて登場し、昂りを隠さない声で“今から俺は悪魔に魂を売って 嘘とギターを手に入れる”というフレーズが歌われる。まるで長い旅路の果てに、人間の罪深さをも受け入れて生を希求しようという決意表明のようだ。エレキ・ギターの獰猛な咆哮と共鳴するテライショウタのヴォーカルは、聴くたびに奥歯を強く噛み締めてしまうほどにエモーショナルである。
すでに失ってしまったもの、今この瞬間に失われていくもの。彼らの積み重ねによって構成される現在という暗闇。その中を生きる上で、この作品は間違いなくその一隅を照らしてくれる灯火だ。私はこれを2024年に生まれた傑作と呼ぶことに、一切のためらいを感じない。(ドリーミー刑事)
購入はこちら
Sweet Dreams Press Store