フィードバック・ノイズが繋ぐ、継承と更新
ごく個人的な話から始めると、2010年代後半にティーンエイジを経験したインディー・ロック・ファンの私にとって、ポストパンク・リバイバルは人生で初めて体感する、リアルタイムの劇的なムーヴメントだった。特にその後半──その時期がパンデミックの直前期と完全に符号し、それがどのような影響をシーンにもたらしたのかについては、ここでは保留させていただく──には、毎月のようにクラシックが誕生していた覚えがある。
その頃に出会ったフェイバリットを挙げればキリがない。しかし記憶にある中で、ザ・マーダー・キャピタルほど鋭く、針を眼前に突き付けられているような緊張感を提示してくるバンドはいなかった。彼らのデビュー作『When I Have Fears』(2019年)は、起伏を抑えたリズム・セクションがどっしりと鎮座しながら、その脇腹をツインギターのディストーションとジェームスのヴォーカルが突き破っていく快感に貫かれている。
あれから数年が経ち、当時ムーヴメントの渦中にいたバンドやコレクティヴは、現在各々の速度で帆をくねくねと進め続けている最中だ。紙幅の関係上、その進路を一つ一つ紹介することは省略せざるを得ないのだが、ことザ・マーダー・キャピタルにおいては端的にワンセンテンスで表現されきっている。今作『Gigi’s Recovery』がリリースされた際に《NME》が行った最新インタヴューの、ギタリストのダミアンの発言から引用されたタイトルはこうだ。「ポストパンクというレッテルには、ちょっと飽きてきたんだ」。
今作の妙味は、その「飽き」がポーズに留まらない表現の更新へと接続されている点にある。オープニングナンバー「Existence」からシームレスに繋がる「Crying」で何度も登場するフィードバック・ノイズが、楽曲全体の拍動に対応するように厳密なコントロールを施されている場面を聞き逃してはならない。そこにはアトランダムな暴発への期待よりも、狙いすました彼らなりの美学へのアプローチを優先する態度が表出している。セイント・ヴィンセント『Strange Mercy』(2011年)やワロウズ『Nothing Happens』(2019年)など、ヒットチャートに名を連ねるUSオルタナティヴ・ロックの秀作を手がけてきた名工、ジョン・コングルトンをプロデューサーに迎えたのも興味深い。『In Rainbows』期のレディオヘッドを想起させるようなビートの組み方とシンセのフレーズが散りばめられた「A Thousand Lives」や、鈍く歪むドラムがリリックを含めた楽曲全体のほの暗いムードを釘打ちにしている「The Stars Will Leave Their Stage」など、ウワモノの鋭さに依らない手札の多さを実感するトラックが今作には散りばめられている。
更新されたのはプロダクションだけではない。同時期にデビューし、バンドの結成時にはメンバー集めなどで尽力を果たしたダブリンの盟友、フォンテインズD.C.がそう変化していったように、「Ethel」や「Only Good Things」などミドルテンポで徐々にヒートアップさせるようなソングライティングの巧さも感じられる。また、外部へのシニカルな怒りを張り上げていた前作に比べて、内省に向かう言葉が目立つ今作。中でも「The Lie Becomes The Self」の一節<There in the gutter’s starlight we find ourselves complete(側溝に差す星の明かりに、私たちは自らを見出す)>には、彼らの滋味深くもほの暗い繊細さが端的に描写されきっている。ジャケットにも月が描かれているように、星にまつわるモチーフが何度も登場するのも今作の特徴だ。
ここまで前作との比較によって語ってきたが、もちろん継承した部分も多い。その中でも先行シングルとしてリリースされた「Return My Head」は、前作の前のめりなジェームスのヴォーカルと巧妙に織り込まれた電子音とのミクスチャーが楽しめる、新たなアンセムといって差し支えのない一曲だろう。そして先述した「Crying」のように、ギターソロに当たる部分で、再び丁寧にコントロールされたフィードバック・ノイズが顔を出す。単なる飛び道具ではなく、構造として組み込まれたノイズ。まるで継承と更新で試行錯誤する彼らの生み出した最適解がそこで鳴らされているかのようだ。(風間一慶)
※文中にあるインタヴューの引用の日本語訳、および歌詞の日本語訳は筆者による。
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