星に導かれて、FKAツイッグスは新境地へ
FKAツイッグスことタリア・バーネットが元恋人のシャイア・ラブーフを性的暴行、傷害、精神的苦痛の付与で告発したのは、彼との破局から1年ほど経過したあとのことだった。訴え出るまでに要した時間は、ジェンダーギャップの他に、近視眼的な関係性が暴力を如何に曖昧なものへと変えてしまうのかを十分に知らせているだろう。人は無意識に居場所や拠り所を探してしまう。たとえ、それが自らを縛りつけ、傷付ける呪いだったとしても。ツイッグスは《ELLE》誌に対し、その暴力からの脱出についてこう表現している。「ただ、幸運だった」と。
運命。そう書いてしまうとチープだが、どうして起こったのかわからない物事の理由としてこれほど適当な言葉もない。FKAツイッグスによる初のミックステープ『CAPRISONGS』は、そのタイトルがおそらく“Capricorn”(山羊座)からくる造語であるように、占星術から着想を得た作品であり、その運命が星に導かれ、再び動き始める瞬間を鮮やかにキャプチャーしている。
まず、耳を引くのは多彩なサウンド。アフリカにルーツを持つパ・サリューとのトライバルでパーカッシブな「honda」を始め、ザ・ウィークエンドとのレゲトン「tear in the club」、Shygirlとのダンスホール・レゲエ「papi bones」やジョルジャ・スミスとUnknown Tと共に故郷について語るグライム「darjeeling」など、『CAPRISONGS』にはかつてないほど軽快でダンサブルな楽曲が並んでいる。ちなみに迎えられたゲストは計8組に及ぶ。また、ロザリアとの仕事でも知られるエル・ギンチョがエグテクティヴ・プロデューサーに据えられているだけでなく、ツイッグスとは旧知のアルカやコアレス、ニコラス・ジャーだったり、フレッド・アゲインやマイク・ディーンといった著名なプロデューサーたちが適所に配されていることも見逃せない。こういった華やかな構成には、アメリカでのレーベルを《Atlantic》へと移した影響もあるだろう。
とはいえ、何より驚かされてしまうのは、その新境地ともいうべきサウンドと違和感なく調和するツイッグスのソプラノ・ヴォーカルが、これまで通り加工されながらも、これまで以上に親密な響きを携えていることだ。彼女はまっすぐに感情を吐露している。陰影が濃く、彼女の過去の作品を彷彿とさせる「meta angel」の冒頭では友人に「もっと自信を持ちたい」と語りかけ、フックではデジタルなクワイアに包まれて歌声が響く。「頭の中で声がする/私は遠くには行けないと言っている」。あるいは、ひらひらと舞うコーラスが印象的な「which way」ではDystopiaと共に街を彷徨い、ラストの「thank you song」ではアルカの鍵盤に誘われ「正直に言うと、死にたかったんだ/もう声に出すことを恐れない」とポツポツと言葉にしていくのである。彼女は迷いや不安を隠さず、自分のために涙を流すことさえ憚らない。しかし、その涙は自らを洗い流しているかのようなのだ。そしてその涙の滴る音を聴いているこちらまで、不思議と憑き物が落ちたような清々しい気分にさせてくれる。ここでは痛みが、喜びへと変わっていく。
人はすがるものを求めて星々に名前を付け、意味を与えた。おそらく、そもそも占星術とは、希望を作り出し、生きる指針を得るためにあったものだ。ツイッグスが生き生きと感情を吐き出すこの『CAPRISONGS』は、すなわち、コントロールできない運命に翻弄されながら、それでもありのままの自分自身でいるために鳴っている。イギリスの小さな町、グロスターからアーティスティックでマルチな才能を持って現れたFKAツイッグスが、降りかかる苦難の先で、そのミステリアスなペルソナを脱ぎ捨てて見上げた夜空は、どれほど美しかったのだろうか。耳をそばだててみて欲しい。幸運なことに、私たちはそれを共有している。(高久大輝)
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