“更に進歩する”LA屈指の新鋭プロデューサー
27歳の青年は岐路に立たされていた。スローソン・マローンことジャスパー・マルサリスは、NYのジャズコレクティブStanding On The Cornerでの仕事や、MIKEやアール・スウェットシャツといった《sLUms》界隈や、ブルックリンのアンダーグラウンド・ヒップホップのシーンでプロデューサーとして活躍し、3作のソロ・ワークも評価が高く、カルトヒーロー的な支持を得ていた。彼のキャリアは順調に思えたが、マルサリスは故郷のLAに戻った。理由は彼が抱える精神的な疾患だ。ただ、そんな鬱屈とした状態で曲を作ってみたかったという、その呆れるほどにマッドな実験精神に少し安心してしまった。
今作のタイトル、『Excelsior(エクセルシオール)』 はラテン語で「更に進歩する」という意味を持ち、彼が拠点としていたニューヨークの標語でもあるから親しみのある言葉であったという。ただ、今作は聖剣伝説(エクスカリバー)をパロディにした同名のブートレグ映画にインスパイアされたようだ。抜かれた剣が増大し続け、最終的には地球を真っ二つにしてしまうという奇妙なストーリーをメタファーにし、直接的にセクシャルな意味もあるが、マスキュニティの核となる習性を表している。アートワークはこれまでと同様に円形のモチーフを用いつつ、雄記号(♂)になっている。それを逆さにすることで振り下ろされた剣を表し、解離性や二面性、双極性、母性といった作品のテーマと製作プロセスまでをも内包している。
そもそも、スローソン・マローンという名前も、スローソン・アヴェニューという、故郷LAを二分する赤道のような通りから取られたものであり、彼の潜在的なトラウマに似たテーマなのかもしれない(ちなみにマローンには特に意味はないらしい)。また、今作から名前に付け加えられた「1」は、スローソン・マローンというキャラクターが既に自分のものでない気がして、オンラインゲームで使いたいIDが先に使われていた時に数字を付け加えるような感覚で付けたという。
今作での最も分かりやすい変化は、よりヴォーカルがピックアップされていることだが、インジュライ・リザーブ(現By Storm)とのツアーを経て、身体の使い方を理解したことで歌唱にも自信を得たらしく、『Crater Speak』というアートブックで文字での表現もしてきた彼の才能を広いレンジで発揮している。だが、元々掴みどころがなく、全てを煙に巻く散文的な作家性を持っているので、まさに散文的なその詩世界のせいで余計に複雑怪奇になった印象もある。
また、今年5月にリリースされたRahillの『Flowers At Your Feet』では、4曲にギターで客演するなどギタリストとしても評価を高めているが、自身の最新作でも以前よりフレージングのディティールが向上しているし、ギターにかけるエフェクトへの理解も深まった印象を持った。
前作の『for Star(Crater Speak)』(2022年)で、マスター音源をアナログレコードにプレスし、そのレコードに針を乗せる音からレコードノイズまで付加する演出をしたが、今作のオープナーである「The Weather」のイントロにも同様の演出があり、プロジェクトが再起動されたことを暗示している。この曲は、続く「House Music」との組曲であり、細胞分裂のように1曲から3曲、4曲と、どんどん増殖する作曲プロセスを取ったことで、組曲の形式になった楽曲もある。
ファースト・アルバムに収録予定だったが約5年熟成させたというリード・シングルの「Voyager」も、「Destroyer X」「Divider」「Challenger」の計4曲から成る組曲で、その詩は悪い思考がダウンワード・スパイラルしていく神経過敏な彼自身を客観視し、病のトラウマや悲しみに陥らないための最初の一歩として記録したもの。私自身、マルサリスと同い年であり、20代後半特有のクライシスを映し出したこの9分間は、言語化を放棄したくなるようなどうにも堪えきれないものがあった。
彼は伝説的ジャズ・トランペッターであるウィントン・マルサリスの息子として紹介されることが多いが、両親は彼が2歳の時に別れ、女優でもある母親のヴィクトリア・ローウェルに育てられた。なので、生まれ持ったセンスに遺伝的なものもあるかもしれないが、彼の才能を構築しているものは成長するにつれて摂取したカルチャーの方が大きい。
キャリア初期には『i went to los angeles to visit my mom』というEPをオンラインで発表し、これまでのソロ作と今作にも母親の声を取り入れたりと、彼にとって母親の存在は大きく、「Divider」で「XX、XY…」というウィスパーが聴こえるように、根源的な母性と自身の男性性のコンプレックスへの言及も非常に興味深い。
今作は現行のUKポスト・パンクに接近しつつ、ガスター・デル・ソルのようなアヴァン・フォークを基礎として、ローファイとジャズ/クラシカルが共存する音楽性だが、サウンドには笑いながらも病んでいるような不気味な明るさや、低予算ホラー的キッチュさの中にある如何わしさを纏っている。ただ、これまでの彼の作家性との齟齬は一切無く、一昨年のニック・ハキムのリミックス仕事からこの方向性にフィットする予兆はあった。
このサウンドは、近年のディーン・ブラントやキング・クルールといった、ロンドン界隈と非常に近いものを感じさせるが、特にキング・クルールことアーチー・マーシャルとジャスパー・マルサリスは出自や来歴がかなり似ている。マーシャルの方が1歳上だがもろに同世代で、アーティーな家庭で育ち、ティーンの頃から神童と言われるほどのシンガー・ソングライターとしての才能を見せ、ソロでのブレイクスルーの裏で仲間たちと《Sub Luna City》というヒップホップ・クルーを結成し、プロデューサーとしての才覚も発揮した。SLCのメンバーであるJadaseaはMIKEとコラボしたりと、彼らのシーン同士も非常に惹かれ合う関係にあるし、事実としてスローソン・マローン1はキング・クルールの最新USツアーの前座に迎えられている。最後に、マーシャルがマルサリスに送った賛辞の言葉で本文を終えたい。
「彼は真のイノベーターであり、重要性をもって現代の音楽を前進させている」。(hiwatt)
参照:
https://rateyourmusic.com/feature/sonemic-interview-slauson-malone-1/
https://www.passionweiss.com/2019/09/11/an-interview-with-jasper-marsalis-aka-slauson-malone/