南アフリカの伝統やカルチャーをも取り込んだ異形のスピリチュアル・ロック・ミュージック
南アフリカの海岸沿いに位置するクワズールー・ナータル州の港湾都市、ダーバンといえば、現在の南アフリカを代表するエレクトロニック・ミュージック、Gqom生誕の地であるが、本稿の主役である、同州出身のDesire Mareaが所属するブラック・クィアの身体に関する問題に取り組むパフォーマンス・アート・デュオ、FAKAもまたGqomがサウンドのベースとなっている。2017年にリリースした「Uyang’khumbula」が、ソフィア・コッポラ監督作品『On The Rock』にも使用されたフェニックスの楽曲「Identical」でサンプリングされたことも記憶に新しい。Desire Mareaはその後、ソロ・アーティストとして始動し2020年にアルバム『Desire』をリリース。およそ3年振りとなるフル・アルバムが本作『On the Romance of Being』となる。
Mareaは幼少期の音楽の原体験として教会音楽を挙げており、そのことが音楽制作を始める際に大きな影響を与えたこと、また自身のことをスピリチュアルな気質の人間であると語っている。前作『Desire』の中では、ズールー語で“神々が帰ってきた”を意味する「Zibuyile Izimmakade」のような神をモチーフにした楽曲があり、本作においても例えば“私は海で洗礼を受け…”と歌う「Banzi」のリリックなどにはMarea自身のスピリチュアルな気質が反映されている。前作リリースからおよそ3年の間に、Mareaは南アフリカをルーツに持つングニ(Nguni)の伝統的なスピリチュアル・ヒーラー(Spiritual Healer)、祈祷師であるサンゴマの訓練を受けている。そのことが本作にどのような影響を与えたのかについては、推測の域を出ないが、“サンゴマとしての仕事では、古代の歌や太鼓の連打で、私の中に住む精霊を呼び起こし、トランス状態に入る”というMareaの言葉からはリリックよりも、ドローンやノイズ、ディスコまでが混在したエレクトロニック・ミュージック〜ダンス・ミュージックとしての側面の強かった『Desire』からのサウンドの変化にこそ、その影響を感じる。例えばアルバムに先んじてリリースされたシングル「Be Free」が正に”トランス状態”という言葉が当てはまるであろう、性急なドラムのビートにアグレッシヴなギターとストリングスが加わるダイナミズム溢れるロック・ナンバーであったことはその象徴であると言えるのかもしれない。
前作『Desire』からの大きな変化の1つとして挙げられるだろう、本作におけるジャズやソウル、ロックまでを横断した緩急自在な演奏のグルーヴは13人のアンサンブルによるものだ。中でも、南アフリカの伝説的な音楽家Ray Phiri率いるバンドであるStimelaにも参加した経歴を持つベーシスト、Portia Sibiyaや、ダーバンを拠点に活動するドラマーSbu Zondiといったリズム・セクションの演奏は、例えば前述の「Be Free」のドライヴするロック・グルーヴから、「Banzi」におけるフリーキーなジャズ・グルーヴ、「Makhukhu」におけるファンクネスに至るまで、本作の雑多なグルーヴを体現するのに重要な役割を担っている。他にも、Mareaは南アフリカのジャズ・シーンから多大な影響を受けていることを反映しているかのように、ダーバンを拠点に活動するピアニスト、Sibusiso Mash Mashiloaneといった本国のジャズ・ミュージシャンが参加している。本作からは、近年のMABUTAやThandi Ntuliをはじめとするアーティストの躍進や、シャバカ・ハッチングスが南アフリカ気鋭のジャズ・ミュージシャンを集結させた2016年のアルバム『Wisdom of Elders』がそうであるように、50年代後半~60年代前半のアパルトヘイト政策下で発展したタウンシップ・ジャズ以降から現代に至るまで、南アフリカには豊潤なジャズの歴史の存在することを、(サウンドのアプローチは違えども)再確認することができるだろう。
Gqomをサウンドのベースにしたユニットで活動していたMareaの様々な過程を経た、本作におけるサウンドの変遷はキャリアの転機を感じさせるものであり、そこに行き着いたことは非常に興味深い。そんな中で、スコット・ウォーカーやデヴィッド・シルヴィアンといった先達が引き合いに出されるMareaのボーカル・スタイルは、とりわけソウルやジャズを取り込んだグラム・ロックとも呼べる楽曲群の中では特にその本領を発揮しているように思う。その意味ではMareaが表現者として最も自身を活かすことのできるサウンドのシグネチャーを本作で発見したと言えるのかもしれない。そして、同時にそこには南アフリカの(一部の)伝統やカルチャーの歴史への眼差しも確かに存在している。(tt)