Review

Cuco: Para Mi

2019 / Interscope
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LOVEだけでもHATEだけでも成り立たない危うさへの嘆き

06 August 2019 | By Kei Sugiyama

Cucoのメジャー・デビューとなるファースト・アルバムが届いた。Cucoとは、Omar Banosのソロ・プロジェクトで、現在21歳、祖母の代に移民としてカリフォルニアにやってきたチカーノ系アメリカ人のシンガーソングライター/ラッパー。現アメリカ合衆国大統領であるドナルド・トランプが公然と批判しているメキシコからの移民3世でもある彼は、8月18日にNYで今年も開催されるアメリカの移民問題に取り組むベネフィット・コンサート《Selena For Sanctuary》に出演する予定にもなっていて、当然、それら移民問題への意識を強く持っている。しかし、本作はそういった彼の政治的立場を表明した作品にはなっていない。確かに、彼はこれまでも、スペイン語を交えながら日常の恋愛を歌った『Amor De Siempre』(2016年)をトランプ政権成立後にマリアッチ・ヴァージョンとして再リリースしたり、メキシコ系移民のラッパーMC Magicとのコラボ曲「Search」(2019年)を発表するなど、自身の出自をアイデンティティとして持ちながらも、ディロン・フランシスやクライロらのコラボ作と同様、基本的に恋愛をテーマとして日々の日常を描いてきた。本作も、その流れを踏まえつつ、より自分の内面へと潜っていくようなサイケデリックな作品になっている。

1曲目「Intro」冒頭の“Warning!!(警告)”のリピートは一体何事かと思ったが、そこから流れるようにメロウな「Keeping Tabs」へと進んでいく。“PC壊れて煙出てるんですけどwww”などと、この曲にフィーチュアされたSuscat0のウィットに富んだ展開にはクスッと笑わされるし、まるでこちらの高まる期待をさらっとかわして、肩の力を抜いて聴いてねと言わんばかりだ。テーム・インパラ的サイケデリアを参照点としたような「Far Away From Home」「Ego Death In Thailand」「Lovetripper」などは、2年前にリリースされた彼のファースト・アルバム『Wannabewithu』の流れにあるものだろう。しかし、この間にマリアッチなどへ興味を示していた彼は、中南米への興味をさらに加速させたのか、本作では「Do Better」や「Hydrocodone」などボサ・ノヴァのCuco的解釈と取れるような楽曲を用意し、それがまた重要なアクセントになっている。トラップをCuco的解釈した楽曲「CV-R」(2018年)に、ボサ・ノヴァの掛け合わせような「Bossa No Se」と「Best Friend」などは、トラップにカントリーを掛け合わせたLil Nas X「Old Town Road」への返答として聴いても面白い。

だが、それ以上に興味深いのは、その「Bossa No Se」のリリックにおけるのLOVEとHATEの使い方だ。“I don’t know if I love you. I don’t know if I hate you”(あなたに夢中だが、愛しているのか、大っ嫌いなのか分からない)と歌う「Bossa No Se」。このリリックは、最後に“I’m pretty sure I hate you. I’m pretty sure I love you”(あなたのことが大っ嫌いだし、大好きだ)と回収していて、一見すると恋人同士の戯言のようにも思えるものだ。だが、1ヴァース目は“この騒ぎの後……”などといった意味深なリリックが続く。LOVEとHATEを対比させながら、恋愛に終始しない大きなテーマを背後にチラつかせているのだ。

そこで思い出すのは、ある暑い夏の数日間に起こった人種間対立を扱ったスパイク・リー監督作の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』。あの作品で、ラジオ・ラヒームが付けていた「LOVE」と「HATE」のリングを覚えているだろうか。もしかすると「Bossa No Se」…いや本作全体におけるテーマは、まさにあの『ドゥ・ザ・ライト・シング』に出てくるリングの「LOVE」と「HATE」に象徴されるテーゼへのオマージュなのかもしれない…とさえ思えてくる。つまり、このアルバムでCucoは、あの映画同様に、小さなコミュニティでは決してLOVEだけでもHATEだけでもなりたたない、しかし、軋轢が起きてしまう何とも言えない感情が生まれてしまう……ということを示唆しているのではないだろうか。

そうなると、ボサ・ノヴァの語感を思わせる「Bossa No Se」というタイトルにさえ色々な含みを考えてしまう。直訳すると“ボサを知らない”。これはボサ・ノヴァを知らないけど、それっぽいものを解釈しましたというような意味にさえなる。ここに人種対立の問題や映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』へのオマージュというという補助線を加えると……外見がどうであれ、アメリカ生まれアメリカ育ちのCucoは、中南米のカルチャーに対して自分はそこまで明るい訳ではないけれど、人種など表層的に分かりやすいカテゴリーで括られてしまうことの危うさを伝えようとしたのではないか、と。

確かに本作は一見恋愛のことを綴られた曲もあれば、心地よくメロウな曲、サイケデリックなものもある。だがCucoの語り自体はまるでそうした危うさへの嘆きにさえ聴こえるのだ。オープニングで綴られている“この愚か者(彼自身?)はどこへ行くのか”という問いの回答は、本作の中で明確にはなっていない。だが、例えば、本作6曲目のタイトルでもある「Lovetripper」という言葉の意味を、聴く人が「愛の伝道師」と捉えるか、それとも「愛の耽溺者」と捉えるかによって、その問いの答えは異なるのではないだろうか。(杉山慧)

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