Review

Componium Ensemble: 8 Automated Works 八つの自動作曲作品集

2025 / EM Records
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未来の耳のための、想像力を演奏する8つの音楽
──スペンサー・ドーラン 《Componium Ensemble – “8 Automated Works”》によせて

17 October 2025 | By Yoshio Ojima

未来の楽器を思い描くとき、私はいつもある架空の装置のことを思い出す。
カクテルピアノ──ボリス・ヴィアンの小説『うたかたの日々』に登場するこの幻想的なピアノは、演奏によってカクテルを生成するという、自動演奏楽器に対する逆説的なコンセプトとその戯画性の高さから、多くの読者の記憶に刻まれている。楽器の夢、機械の夢、人間の夢。それらが液体となって混ざり合い、音楽と共に口に運ばれるこの幻視的な装置は、20世紀半ばにすでに「自動演奏楽器の未来形」の一端を覗かせていた。

現実の自動演奏の系譜をたどれば、古代ギリシャのアルキメデスから、9世紀バグダッドのバヌー・ムーサー兄弟が設計した水力制御の自動フルート、そして19世紀ディートリッヒ・ウィンケルによる自動作曲機械「コンポニウム」へと至る、驚くほど豊かな連なりがある。そこに共通するのは、「演奏」という人間のジェスチャーが、機構や論理によって外部化・抽象化される過程である。

その系譜の上に、スペンサー・ドーランによる《Componium Ensemble(コンポニウム・アンサンブル)》が現れたことは偶然ではないだろう。2025年10月に《EM Records》からリリースされる新作『8 Automated Works(八つの自動作曲作品集)』は、現代のデジタル技術によって仮想楽器を構築することで、この系譜をさらに発展させた技術的夢想の延長線上にある作品だ。

音楽は、いまや鍵盤やパイプといった物理的な制約を超えて、仮想の演奏主体によって生み出される時代にある。スペンサー・ドーランの新作は、数多くの仮想楽器──プリペアド・ピアノ、ハープシコード、バスクラリネット、ティンクリックなど――を自動制御し、不確定性を導入したアルゴリズムによって構成されている。

不確定性。ここが重要だ。
人間の演奏における「衝動」や「意志」ではなく、「構造化された偶然」によって導き出されるフレーズや展開。その響きは、作曲と演奏の境界を曖昧にし、聴く者に「何を、そして、誰が、奏でているの?」という問いをそっと消し去ってしまう。

思い返せばかつて、スペンサーとライアン・カーライルによるヴィジブル・クロークス、そして柴野さつきとのコラボレーションでアルバム『FRKWYS Vol. 15: serenitatem』(2019年/RVNG)を制作したときのこと。私はライアンの演奏するウインドシンセや、柴野のピアノが、デジタル音響と「共演」することで機械と人間の呼吸が交差する瞬間を体験していた。それ以降、カルテットによるライヴ・パフォーマンスの中で、私は何度となく同様の感覚を味わってきた。そこには、演奏主体が誰であるかという問いを超えて、「ただ音がそこに“現れる”」という静かな現象があった。

今回の『Componium Ensemble』は、その体験をさらに先へと進めている。
現代のデジタル技術によって彼がこしらえた仮想楽器たちは、自律性を獲得し、あたかも生き物のような優雅さで、または古代の水力機械のような勤勉さで、意志なき意思を持った音楽を紡いでゆく。

私はこのアルバムを初めて聴いたとき、ある幻像を抱いた。
それは、透明でしなやかな、まるで光と液体によって制御された仮想楽器たちが、機械でも人間でもない「第三の主体」として音を紡いでいるというイメージだった。

そこで想起するのが「オプトフルイディック論理系(Optofluidic Logic System)」という新しい分野の技術だ。
電子に代わって、光(オプティクス)と流体(フルイディクス)の組み合わせで論理演算を行うこの技術は、元来はマイクロチップや生体診断の領域で研究されてきたが、そのしなやかさ、速度、感度が、まさに未来の音楽制御に適した質感を備えている。仮にこの技術が楽器制御に応用される日が来たとすれば、それは、機械が流体のようになめらかに動作し、光の速さで応答する、スペンサーの描く「サイバーヒューマン・ミュージック(人間と仮想演奏者が交差する音楽形態)」のもう一つの具現化なのではないだろうか。

『8 Automated Works』は、そうした未来を、先回りして音によって示している。

だからこそ私は、この作品に最大限の賛辞を送りたい。
それは単なるコンセプトの勝利ではなく、あらゆる技術的枠組みを越えて、響きそのものに美と深みが宿っているという事実において、である。
サウンドデザインは、ヴィジブル・クロークスの諸作品や、彼の前作『SEASON: A letter to the future (Original Soundtrack)』(2023年/RVNG)と同様に、あくまでも繊細で、構造は緻密。でありながら、そこに閉じることなく、聴き手の感性を自由に遊ばせる広がりを持っている。レコードに定着された音楽であるにもかかわらず、8つのピースは聴くたびにその姿を変えているかのようにチャーミングに響く。まるで自己進化しているが如くに聴こえるこの音楽は、私たちが「音楽とは何か」と問うことの意味を優美に更新してくれる。

きっと未来の楽器は、ヴィアンのカクテルに代わって、私たちの想像力そのものを演奏してくれるのだろう。
そんな予感を与えてくれる、きわめて愛おしい作品である。(尾島由郎)



尾島由郎
一貫してアンビエント/環境音楽の可能性を追求してきた日本の音楽家・音楽プロデューサー。1980年代よりスパイラル(ワコールアートセンター)をはじめとする多くの建築空間において、音環境の設計を手がける。80年代から90年代にかけて複数のアンビエント作品を発表し、近年はそれらのアルバムが海外レーベルより再発され、再評価が進んでいる。現在もジェネレーティブ技術と連携し、聴覚の新たな可能性を探る活動を展開している。また、ピアニスト・柴野さつきやヴィジブル・クロークスとの共演を重ね、ピアノ、電子音、フィールドレコーディングを組み合わせた空間的なライブ表現を国内外で行っている。近年は柴野とのデュオでヨーロッパおよびアメリカ西海岸からニューヨークを巡るツアーを実施。JACCC(LA)《Kankyō Ongaku: An Evening of Environmental Music》ではデュオとしても出演し、《Public Records》(NY)《a tribute to St. GIGA》ではヴィジブル・クロークスとのカルテット編成によるステージを成功させた。

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コンポニウム・アンサンブル プレミアコンサート


日時 : 2025年10月30日(木) 開場 19:00/開演 19:30/終演 21:30
会場 : クラブ・ダフニア(大阪市・北加賀屋)
出演 : スペンサー・ドーラン、立石雷
問い合わせ・詳細 : EM Records(https://emrecords.shop-pro.jp/?pid=188574233

Sai Sei Sei 2025


日時 : 2025年11月1日(土)、2日(日) 開場 15:00/終演 21:00
会場 : 株式会社グリーン・ワイズ(〒206-0042 東京都多摩市山王下2-2-2)
出演 :
◼️11月1日(土)
Componium Ensemble(Spencer Doran)
Yoshio Ojima + Satsuki Shibano
Sugai Ken
Chihei Hatakeyama
Tomoyoshi Date
and more
◼️11月2日(日)
Carl Stone
INOYAMA LAND
Sonic Mind(Yumiko Morioka & James Greer)
Jesus Weekend
Tatsuro Murakami
grrrden
and more
詳細・チケット予約 : Kankyō Records(https://kankyorecords.com/?pid=188559316

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