理想と現実をつなぐパーティー・ミュージック
おそらく、会社なりご近所付き合いなり、社会でいくつかのコミュニティに属しているクラバーの多くは、週末の夜をクラブで過ごしていると知られると、(それがクラブに対するステレオタイプに起因しているのか、もしくは自分自身が“一般”社会におけるクラブのイメージを限定してしまっているからかはわからないが)説明を迫られているように感じてしまうことは多いだろう。個人的には、そこでいわゆる“音箱”と“チャラ箱”の違いなどを喋り始めるとどうしてもいたたまれない気持ちになってしまう──そもそも明確に目的が提示されたイベント以外その違いはとても曖昧だろう──し、できるだけまっすぐ話そうものなら赤面してしまう気もする。「音楽で満たされた箱の中で音に酔って、DJブースの前には叫びながら踊っている人がいて、バーカン前に溜まって出会いを祝っている人がいて、友人たちと熱心に語り合う人がいて、隅には静かに熱く揺れている人がいて、力尽きて目を閉じている人がいて、ときどきイリーガルな何かをキメているであろう人がいて……とにかく私は、音の中でそれぞれが思い思いに過ごし、自分は人生の主役だと感じられる場所としてのクラブが好きなのだと思う」という具合で、早口に捲し立てた末に込み上げる羞恥心に耐えきれなくなりそうなのだ。それに人生の主役は自分自身だというのも、理想というか妄想かもしれないし……。
そうやって、つい現実に押されては弱気になってしまうが、抱えた理想を肯定してくれる音楽がたくさんあることは少なくとも救いだ。そして、Shygirlもまたそんな音楽を作るアーティストの一人であり、現在第一線で活躍するクラブの理想主義者である。最近《mixmag》の取材に応えた彼女は、家族が流していたヘドカンディ・イビサのクラブ・ミックス・コンピレーションが初めて触れたエレクトロ・ミュージックだったと語った後、このように付け加えている。
「みんながそれをプレイしてた。クラブがどんなところか知る前に、その音楽でクラブに行った気分になれた。私はいつも、あの(陶酔的な)感覚をもう一度体験しようとしているんだ。(私の表現は)クラブを脱構築していると評されることもあるけど、クラブ・ミュージックのスクリプトを書き直そうとしたことはまったくない。私はただ質感を加えるだけだよ」
Shygirlのデビュー・アルバム『Nymph』(2022年)がガラージ、ドラムンベース、ジャングル、レゲエなどをハイパーポップ的な歪さでまとめたトラックと、精霊に耳元で囁かれるような彼女のヴォーカルの魅力的な交錯であり、エレクトロ/クラブ・ミュージックに新たなフィーリングを呼び込んだ傑作だったことを踏まえると、この最新EP『Club Shy』は少々意外かもしれない。ここで彼女は清々しくも快楽主義へと振り切っているのだ。
『Nymph』でも「Heaven」と「Firefly」を共同プロデュースしたKingdomと、ジャム・シティの最新作『Jam City Presents EFM』(2023年)でのコラボも記憶に新しいEmpress Ofが参加したオープニング・トラック「4eva」を聴いてもわかるように、Shygirlが古くからのコラボレーターであるSega Bodega(どちらもコレクティヴ、NUXXEのメンバー)と共に制作したこのEPは、気ままで高揚感と自信に溢れていて、ときおりチーキーなノリに牽引される。「男の子をミュートしてる/は?なんて言ったの?/聞こえない」という素晴らしいセリフが聞こえる、Lolo Zouaïを招いた「Mute」や、アイルランドのSSW兼プロデューサー、Coshaが参加しドロップでフロアを爆発させるであろう「thicc」など、聴いているとクラブにいる自分(もちろん理想の、である)が脳裏に浮かび上がってくる曲ばかり。中でもハイライトはSGルイスが参加するユーロダンスっぽさも感じる1曲「mr useless」で、ハイエナジーなトラックに乗って、Shygirlはこう歌ってくれている。「私は今までで最高だし、これからも最高」
元はと言えば、本作の発端には同名のイベントがあった。《Club Shy》は2022年にロンドンのクラブでスタートし、LAで開催された際はピンクパンサレスも参加、その後VTSSとLSDXOXOによるスペシャル・セットとチャーリーXCXを迎えブラジルでも開催。さらにはシカゴとNYでも開催されている。つまり、理想と現実は相互に作用しているということ。『Club Shy』における快楽主義は、理想──その一つはShygirlが過去に夢見たクラブの感覚だろう──ありきのものであり、理想を現実とつないで高らかに響いているのだ。
ちなみに本作は全6曲、収録時間は約15分と短いが、よりクラブ仕様の拡張ヴァージョンも先日(3月1日)リリース。(高久大輝)