ブレイクから4年、待望のデビュー・フルレングス
アリアナ・グランデ、ビヨンセ、ビリー・アイリッシュなど、北米を中心とするポップ・アクトのビッグ・リリースが続いた2024年上半期。このことをして、その是非はさておき、2024年を2016年以来のポップ・ミュージックにとってのメモリアルな1年とする向きもあるらしい。しかし一方では、南アフリカのタイラやブラジルのアニッタといったアーティストたちが、自国が積み重ねてきた音楽の歴史やこの数年の勢いを引き継ぎながら、北米での更なる飛躍を果たすような傑作をリリースしたことは記憶に留めておくべきだろう。
そんな2024年を象徴する作品をナイジェリアから選ぶとすれば、Ayra Starr『The Year I Turned 21』と、本稿の主役であるTemsの待望のデビュー・フルレングス『Born In The Wild』の2つということになるだろうか。
ウィズキッド(Wizkid)「Essence」でフィーチャーされて以降、Temsが過去のナイジェリアのポップ・アクトと比べても特異なポジションに立っていることは、ドレイクやビヨンセといった北米のビッグ・アクトの楽曲への起用やグラミー賞を始め、この数年の国際的なブレイクのスピードからも窺うことができる。急速にスターダムへと駆け上がっていくポップ・スターのプレッシャーや苦悩は、これまでも幾度となく繰り返されてきた物語ではあるが、Temsもまた例外ではない。
混沌とした世界に対峙した時の内省と葛藤、その先の野心までが垣間見えるアルバムのタイトル曲「Born In The Wild」で幕を開ける本作。そこから母親によるスポークン・ワード(ここでは娘への激励とフルアルバムのリリースが遅れていることへの心情を吐露している)、そしてブレイク後の苦しみや困難を隠しながら、いかにそれを乗り越えてきたかについての「Burning」へと続くオープニングは、そんなTemsのこの数年のパーソナルな部分を切り取ったという意味では完璧なイントロダクションだ。その後、本作は内省と野心の両方を抱えながら、時にスピリチュアルに、また時にはラヴ・ソングを交えつつ、様々な感情が渦巻きながら展開していく。
そんな本作における感情の機微や成功への野心は、リリック以上に、Temsと盟友GuiltyBeatzを中心に据えつつ複数のプロデューサーを迎えた、サウンド・プロダクションの進化とヴァリエーションの広がりが雄弁に語っているようにも思える。そもそもTemsの出自でもあるAlté自体が、ナイジェリアの音楽と西洋から流入したR&Bやヒップホップがミックスしたムーヴメントである。本作もまた、Alté以降のナイジェリアの音楽シーンの流れを汲むものであるとも言えるだろう。
まず、Temsがルーツの1つとして挙げているR&B/ヒップホップをベースにした楽曲のプロダクションの良さがとりわけ際立っているように思える。アルバムの中盤の’90s風の「Unfortunate」とピアノ主体のR&Bバラッド「Boy O Boy」の流れ、或いはブーンバップ調の「T-Unit」は、本作のR&B/ヒップホップ・サイドのハイライトだ。ルーツが垣間見えるという意味では「Gangsta」におけるダイアナ・キング「L-L-Lies」の個性的なフックからの引用も印象深い。
同時にTemsは、ナイジェリアのポップ・ミュージックの歴史への目配せも忘れていない。ナイジェリアのシンガー=Seyi Sodimuの1997年にヒットした「Love Me Jeje」をサンプリングし、モダンなアフロビーツとのミックスを試みたアフロポップ・ナンバーと、Asakeを迎えたナイジェリアン・アマピアノ×アフロビーツ「Get It Right (feat. Asake)」の並びは、その象徴と言えるだろう。余談ではあるが、「Love Me Jeje」の前に収録されている「Wickedest」はコートジボワールのズーグルー・ユニット、Magic Systemによる2002年の楽曲「1er Gaou」をサンプリングした軽快なアフロビーツ〜アフロポップであり、この2曲の並びをしてTemsとGuiltyBeatzによる90年代末〜2000年代の広義のアフロポップ再定義という見立ても可能だ(いささか強引ではあるが)。
本作を締めくくる楽曲「Hold On」の中で、Temsは自身のこれまでの人生の苦難を振り返るとともに、この先の困難にも耐え抜くこと、前を見て歩き続けることについて歌っている。「This is for the girl in thе dark」から始まる2番目のヴァースは、そんなTemsの現在の心境を最も反映した、自身が最も伝えたかったことを凝縮した部分なのではないだろうか。そのメッセージは、「Essence」でのブレイクから早4年、デビュー・アルバムのリリースまでに長い月日を要してしまったキャリアの歩みがあったからこそ切実に響く。同時に自身の歩みを止めないというポジティヴな姿勢へと帰結する本作は、飛躍的に向上したサウンド・プロダクションと共に、今後の更なる飛躍を確信させるだけの説得力を持っている。(tt)
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