天邪鬼なエンターテイナーの掌上で、我々は結局踊る
専門家でないので確かなことは言えないが、スクールボーイ・Qを見ていると、いわゆる回避型愛着スタイルの傾向があるのではないかと感じることがある。学生時代にフットボールをプレイしていてロースティング(イジり)の文化圏に身を置いていたせいか、人をイジるセンスは他の追随を許さないが、そのイジりの矛先はしばしば自身にも向く。自身のYouTubeチャンネルに上げられたインタヴュー動画では、事あるごとに「俺はビッチだ」などと口走り、インタヴュアーのNadeskaに「自分に対していつもそういう態度なの? そうじゃないといいけど……」とたしなめられるほど。自身の過去の作品や楽曲についてポジティブに語ることも少なく、コアなファンの間でしばしば彼のベスト楽曲とされる「Blessed」についても、2019年にはファンからの称賛を素直に受け取らず、以下のようにツイート(当時)していた。
“「Blessed」が「Break tHe Bank」や「Hoover Street」、「Groovy Tony」、「JoHn Muir」、「Tales」、「Dangerous」よりもいいみたいに言う奴は。インターネットの世界に生きてて、たぶん「Blessed」みたいな曲しか聴いてない奴なんだろうな。。外に出て、毎日同じ色の服を着るのをやめてみろよ。。”
しかし、その年のツアーのLA公演でセットリストの最後に同曲を組み込んでいたのも、他ならぬスクールボーイ・Qであった(参考)。
彼はきっと、人の期待に応えることと裏切ることの両方が、そしてそれらを同時に行うことが好きなのだろう。今作『BLUE LIPS』のタイトルについて、本人は「《形容詞》ショックや何らかの強い感情の結果として言葉が出なくなった」などと定義しているが、まさにそんなファンの反応こそが彼の狙っているものなのかもしれない。
Qは本作で「お前らこういうのが好きなんだろ?」と「そんなの関係ねぇ、俺の好きにさせろ」の間を、絶妙なバランス感覚で自在に行き来している。ファンからはエナジェティックなヤク中だと思われたり、逆に盟友マック・ミラーを失ったことから今なお立ち直れずにいるイメージを勝手に背負わされたりするなか、「俺は俺」を56分にわたって表現し続ける。たとえばミニマルなビートの上でノンストップにスピットし続ける「Yeern 101」などは、『Habits & Contradictions』(2012年)の頃からのファンが慣れ親しんだバケット・ハット姿のスクールボーイ・Qそのものだろう。逆にリコ・ナスティを招いたロック調の「Pop」などは彼にとって新境地ともいえる。ソウルフルな幕開けの「THank god 4 me」では、突如としてProject Patの「Chickenhead」のビートがぶち込まれ、我々リスナーがあっけに取られるなか、スニッチを激しく誹るハードなラップやボースティングが繰り広げられる。そうしたなかでも途中からイントロと同じフレーズが挿しこまれるあたり、「JoHn Muir」のフック部分にホーンを取り入れていたグルーヴィー・Qの真骨頂が感じられる。ちなみにQは前述のインタヴューでもしばしば自身の年齢(現在37歳)に言及しており、年相応に振る舞うことを重んじているようだ。それは本作においてギル・スコット・ヘロンや荒井由実(当時)など、60〜70年代の音楽を多くサンプルしているあたりからも読み取れよう。
さて、冒頭で“回避型なのでは?”と記したスクールボーイ・Qだが、そんな彼もスタジオでは自分や身近な人と素直に向き合い、時には涙を流すこともあると語っている。その結果として生まれた楽曲の一つが、母親とベイビー・ママへの感謝を短く綴った「Germany 86’」である。が、その簡潔さゆえか、2ヴァースにわたって友人への言葉をしたためた「Blessed」はやはり特別だと感じてしまう。
今作においてQは、その発想力とスキルをもって、我々リスナーをまさに“blue lips”にしてくれたが、その巧みさゆえに煙に巻かれた感も否めない。特別な曲はそう頻繁に生まれるものではないし、我々にはそれを強いる権利も急かす権利もない。ただ、そうしたタイミングを期待できる材料があるとすれば……前述のインタヴューにおいて、Nadeskaの言葉を受けてQが少しずつ素直になっていく様子が感じ取れることであろうか。その姿勢をもって彼がもう一歩踏み込むことを決めたとき、我々はもっと深いレイヤーで“blue lips”にさせられることだろう。(奧田翔)
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