人生を明るく照らすために
本作はマーク・リンカスによるソロ・ユニットであるスパークルホースの遺作として9月に発表された。2010年初頭にマークがスティーヴ・アルビニとともにシカゴのスタジオでレコーディングしていた音源を、同年3月のマークの自死後に弟であるマット・リンカスと彼の妻のメリッサ・ムーアが中心となって形にしたもので、二人の間の息子であるスペンサーとグランダディのジェイソン・ライトルらが参加している。マーク・リンカスとデンジャー・マウスによるプロジェクトとして、マークの死後にリリースされたアルバム『Dark Night of the Soul』(2010年)に収録されている「Daddy’s Gone」(カーディガンズのニーナ・パーションとのデュエット曲)のソロ・ヴァージョンもデモさながらの粗い音のまま収録されているように、ウェルメイドなサウンド・プロダクションに対する一定の距離、不信感を持っていただろうマークの意向を尊重するかのようなザラリとした感触のアルバムだ。プロデューサーはアラン・ウェザーヘッドが担当している。
と同時に、自殺するような人が作る作品とは思えない躍動感を讃えたアルバムになっているのには正直驚かされた。自死という事実を踏まえて本作を聴くとなおさら、喩えようのないセンチメントや悲観的な感情が湧いてくるが、ニュートラルに聴くと、素朴なメロディを中心に据えつつも、技巧的とも思えるコード展開などで重層的に聴かせる、マーク・リンカスというソングライターの才能、そしてそこに胡座をかかない屈託のなさに目尻が下がる。そう、屈託がないのだ。冒頭「It Will Never Stop」の歪んだギター・サウンドはもちろん、かなりハードでエネルギッシュなロック・チューン「I Fucked It Up」などを聴くと、スティーヴ・アルビニを頼った真意を感じ取ることもできる。極めて情緒的なメロディを書き、繊細な歌声でそれを表現し、歌詞は確かにヘヴィな死生観を纏ったものが多い人だったが、彼自身は楽観的……とまでは言わないものの、そこに邪気なく音楽を楽しむ姿を投影させようとしていた側面もあった。属性と社会性への抵抗と嘆きを切実に綴った「Chaos Of The Universe」のような曲でも、そこに自嘲的なまでのユーモアを見てとることができる。
そういう点では、本作はマーク・リンカスの原点を改めて考えさせられる作品だ。ヴァージニア州リッチモンドでバンドとして結成されたスパークルホースだが、95年にリリースされた最初のアルバム『Vivadixiesubmarinetransmissionplot』はクラッカーのデヴィッド・ロワリーがプロデュースしていた。ロワリーは80年代のカリフォルニアで人気を集めていたインディー・バンド、キャンパー・ヴァン・ベートーヴェンのリーダーだった男。R.E.M.とほぼ同じ時期に《I.R.S.》から作品を出し、80年代後半にかけてカレッジ・ラジオ周辺のUSインディー周辺の息吹を伝えてきた重要人物だ。キャンパー・ヴァン・ベートーヴェンからクラッカーへと自身も活動の駒を進めていたそんなロワリーがプロデュースしたスパークルホースは、当然ながら次世代として大いに注目されるべき存在……少なくとも筆者は最初そんな認識だったし、実際に、ラフな質感で録音されたそのファーストは今聴いても80年代のUSインディーとオルタナ時代の90年代との橋渡し的な役割を果たしていたと思う。本作にR.E.M.らと同時代に活躍していたロング・ライダーズのスティーヴン・マッカーシーが参加しているのも、今なおそうした世代と世代、時代と時代を繋ぐ存在であったことを象徴しているだろう。
しかしながら、マーク自身の作る曲は、存外、素直なメロディと言葉に覆われていた。シンガー・ソングライターとしての素養は実にピュアだったと言ってもいい。演奏やアレンジの差はあれど、本作のどの曲にもキャッチーというか親しみやすいフレーズが溢れている。こういう曲を作ることが本当に好きなんだろうな、と思えるほど、そこには一切の躊躇を感じない。
マークはデビューしてまもなく行われたヨーロッパ・ツアー中に抗うつ剤やヘロインなどを同時に摂取して心肺停止になるなど、一方で当初から極めて危うい存在としても知られていた。ただ、思うのは、トム・ウェイツやPJハーヴェイら多数のゲストが参加、デイヴ・フリッドマンやジョン・パリッシュらが制作に関わった2001年の傑作サード・アルバム『It’s A Wonderful Life』(この作品を語るには、この枠では字数が足りない!)のタイトルではないが、マーク自身はそうやって迷走、破滅、再生、時に喜び……を繰り返す人生を大いに謳歌していたのではないか、ということだ。彼自身は、ボブ・ディランやニール・ヤングやジョニー・キャッシュや、あるいはビートルズやキンクス、ローリング・ストーンズなどロックやフォーク音楽の偉人たちの作品に触れて育ってきた。ただ無邪気に、そこに体と心を預け、自身も続こうとしていた愛すべきミュージシャンだった。その作品は憂鬱でもダークでもなく、あるいはその重い死生観を綴ることでさえも、人生を明るく照らすためのプロセスだった。そんなことを想像するたびに、私はじんわりと心の中が暖かくなるのに気づくのだ。(岡村詩野)