夢の続き、水の底のドライブ
2017年の1月、僕にとってのサウスロンドン・シーンはゴート・ガールの「Country Sleaze」にあわせ飛び跳ねる観客の姿を見たときから始まった。YouTubeの中のライヴ映像、《So Young Magazine》の垂れ幕をバックに猫背でギターを弾くロッティ・ペンドルベリー、映像作家ルー・スミスのオーディエンス目線のショットの中に映る観客はみな笑顔で、思い思いに楽しみ、一体感とはまた違うバラバラの人間が集まった渦を作り上げていた。それがやたらと格好良く、わくわくし、画面を通し僕はその渦に吸い込まれるようにして惹かれていった。そんな風にしてゴート・ガールはシェイムと共に当時、下火となっていたギターバンドに再び火を灯す炎を渦の中に放り込んだのだ。
ダン・キャリーがプロデュースした2018年のセルフタイトルのファースト・アルバムはライヴの熱狂がそのまま封じ込められたかのようにラフで生々しく、静かに湧き上がって来るような興奮があった。そこからベースのネイマ・ボックが抜け(その後、彼女は素晴らしいフォーク・アルバムを作り上げる)、現在のベーシストであるホーリー・ミュリノーが加入し作られた21年のセカンド・アルバム『On All Fours』は浮遊感のあるシンセがプラスされ、サイケデリックな要素を強めたアルバムだった。そうやってゴート・ガールは少しずつ自らが火をつけたギターバンドのシーンを変化しながら進んでいった。
そうして24年、最初の興奮から7年半、本作サード・アルバム『Below The Waste』を抱えゴート・ガールが再び目の前に現れた。その時とは違った質の興奮を携え、同じように渦の中に巻き込むようにして。最初に公開された先行トラック「ride around」を聞いた時から次のアルバムは傑作となるような、そんな予感があった。前作に続きアートワークを手がけたトビー・エヴァンス=ジェスラ(彼はロッティと一緒にロビーというバンドも組んでいる)のバンド、レザーヘッドのような鋭く狭く爆発するギターのリフにほのかに叙情性を漂わせたヴォーカルが乗る。そうして曲の後半、低音の重力が支配する空間に軽やかなアコースティックな楽器の音がいくつも重ねられる。それは糸を回す車輪のようであり、物語を紡ぐ織り機のようでもあって、ゴート・ガールがサード・アルバムで進んだ方向を指し示しているかのようだった。
オリジナルメンバーであるギタリストのエリー・ローズ・デイヴィスが健康上の理由で抜け、3人体制になった今のゴート・ガールは、かつてのようなギターバンドとしてくくられるようなバンドではない。シンセの要素が前に出て、ベッドルームの打ち込みを発展させたような気配があり、フォークの影響を感じさせ、ストリングスの彩りがあり、時にはフィールド・レコーディングを織り交ぜもする。たとえば美しいメロディと手のひらからこぼれ落ちていく水を眺めるかのような哀しみを持った「words fell out」のアレンジは実に趣深く、様々な色が折り重ねられている。せつなさを感じさせるギターのリフ、挟み込まれる牧歌的なバンジョーのフレーズ、シンセサイザーのゆらぎ、それらがシンプルで美しいメロディの魅力を損なうことなくゴート・ガールのこの沈み込む景色により一層の色を加えるのだ。
ドラムのロージー・ジョーンズが持ち込んだ素材を元に発展させたというカオスを起こすノイズのダンス「tcnc」、つま弾かれるダウナー・フォーク「tonight」、サブベースが生み出すラインの上で優しく淡々と声が重なる「motorway」、そうしてそれらのバラバラのジャンル、質感の異なる曲が全体に一本の筋を通すかのような低音で結びつけられる。シームレスに繋がれるアルバムの抜け出せなくなるようなこの感覚は、沼であり森であり海の底である。それは苦しいものではなく、夜が深まり人の気配が消えた後の暗い安らぎを感じるようなもので……表面から感情の底に潜っていくような、沈み込む心地よさが心の内に静かな渦を巻き起こすのだ。かつての爆発するようなものではなく、ゆっくりと意識を撹拌させるような、この渦は抜け出せなくなるような魅力に満ちている。
時間が経って時代が変わり、それに合わせ人も空気も変わっていく。音楽に限ったことではないけれど、なにかしらの表現は意図せずとも時代の流れを反映する。そこから何を受け取り、どう表現するか、それこそがポップ・ミュージックの面白みなのではないかと自分は思う。変わらないものなどありはしない。ゴート・ガールのこの3枚目のアルバムは時代の変化と感覚の変化を封じ込め、バンドの確かな今を表現する。暗く優しく感情が溶け、音楽の中へとゆっくりと沈み込んでいく。(Casanova.S)
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サウス・ロンドンから英国のリアリティへ愛をこめて
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