旅なき時代におけるエキゾチズムの現在地
マーティン・デニーを開祖とし、ヴァン・ダイク・パークス、細野晴臣、ヤン富田らが導師として発展・布教させてきた、めくるめくエキゾチック・サウンドの世界。第二次世界大戦後、人類が抱いた未だ見ぬ世界に対する無邪気な憧憬は、やがてその対象を宇宙や精神世界へと拡張し、旅や移動に対する偏愛、あるいは訪れることなく失われてしまった秘境へのノスタルジーへと姿を変えながら、砂原良徳『TAKE OFF AND LANDING』(1998年)、VIDEOTAPEMUSIC『世界各国の夜』(2015年)に至るまで、数々の名盤を生みだしてきた。
夢見心地の波の音、異国情緒漂うストリングスとマリンバの調べが麗しい「RETURN CEREMONY」で幕を開け、スティールパンやヴィブラフォンで彩られた風景で私たちを魅了した後、「帰国便」で「安住の地」に帰還する、ジオラマシーンことcero 橋本翼のソロ・アルバム『あわい』。国や時代を縦横無尽に駆け回る圧倒的な想像力と高度なミュージシャンシップによって構築された本作も、偉大なるエキゾチック・サウンドの系譜に連なるものと受け止めてもいいだろう。
しかし一方で、この作品を正統かつ従順なエキゾ・サウンドの末裔としてのみ据え置くことにはためらいもある。例えばマーティン・デニーが『Exotica』(1957年)で熱帯のジャングルや東洋の夜景に夢見たロマンチシズムや、細野晴臣が山下達郎と鈴木茂と共に『PACIFIC』(1978年)が南太平洋の海に託したエスケーピズム、ヤン富田の『Music For Astro Age』(1992年)で描いた2050年の宇宙旅行におけるレトロ・フューチャー感。こうした先達が抱いた彼の地に対する幻想に近い渇望や自らが作り出した世界に対する陶酔感のようなものが希薄に思えるのだ。冒頭の「RETURN CEREMONY」「SPACE ECHO」で大空に飛び立ったはずなのに、「LAMP IS LOW」は日本の雑踏が舞台のようだし、「SEASIDE TOWN」や「ベッドタウン」の歌詞だけを聴いていると、そもそも旅に出ているのかどうかも分からなくなってくる。
この心と身体が乖離したような感覚とシラフな無常感はどこからくるものなのか。コロナウイルスによって移動の自由を奪われ、グローバリゼーションの幻想をプーチンに断ち切られながらも、サイバー空間での接続を拡大させていく、いわば旅なき時代におけるエキゾチズムの現在地の体現、という答えが頭に浮かんだが、それだけでは十分ではない気がする。
このアルバムについて特筆すべきもう一つの点は、全19曲を貫く壮大なストーリーを感じさせながらも、一曲ずつのキャラクターが際立っている点、つまりコンセプトがポップネスをスポイルしていないところにある。「はしごを降りて」のメロウでファンキーなエレクトリック・ピアノとキャッチーなメロディ、「夜を跳ねる」の美しいコーラスを聴けば、彼がcero屈指の名曲「Orphans」の作者であることを思い起こさずにはいられない。また本作には大御所ピアニストである渋谷毅を筆頭に、上村勝正、岩見継吾というジャズ畑のミュージシャンが参加していることが目を引くが、オーセンティックなジャズをベースにした「ベッドタウン」「RAIN DROP SONG」といった楽曲は、ceroでは比較的寡作な彼の作曲家としての才能を知らしめている。
さらにこれらのジャズ・ナンバーを本作の時空を超えた物語性と照らし合わせてみると、戦後の進駐軍クラブを舞台に日本のポップス/ロックの礎を築いたジャズ・シーンと、最新型のインディー・ポップの接続というアナザー・ストーリーも見えてくるようである。ちなみに渋谷毅はceroがリスペクトする小沢健二の『球体の奏でる音楽』(1996年)や二階堂和美『二階堂和美のアルバム』(2006年)などへ参加したことでも知られており、ここにも時代を超えた邂逅を感じることができる。
こうした全方位に張り巡らせれたエピソードを味わいつくして最後にたどり着くのは、15分を超える組曲「SOUL CRUISE」と、深い郷愁を呼び起こす「おかえりなさい」。こことそこ、あなたとわたし、地球と宇宙。この作品に現れては消えていった現世のあらゆる「あわい」を優しく迎え入れるような懐の広さ。そこで静かにアルバムを反芻しながら、ふとこの作品のβ版がブッダマシーン(電子念仏機)で昨年リリースされていたことを思い出す。「RETURN CEREMONY」というタイトルで始まるこの旅は、輪廻の物語だったのか。アルバムが発表されるはるか前から張られた長い伏線の鮮やかな回収に、すっかり打ちのめされてしまった。
それにしても、この作品をもって高城晶平、荒内佑、高橋翼というceroのメンバー3名のソロ・アルバムが出揃ったわけだが、メンバー全員がこれだけのクオリティの作品を作り上げることができるグループが過去にも現在にもどれだけ存在しただろうか。本作にも参加した光永渉、角銅真実といったファミリーのようなサポート・メンバーも含め、cero恐るべし、という思いを新たにした。(ドリーミー刑事)
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