Review

Thom Yorke: ANIMA

2019 / XL Recordings / BEAT Records
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細部と遠景による音のフラクタル

28 June 2019 | By Shino Okamura

何年も前から書きためていた曲を短い録音期間で仕上げたというトム・ヨークの新作。これは音楽であると同時に建築として数学として、あるいは絵画として描かれたものを音像化して聴くこともできるような作品だ。例えば、ヤニス・クセナキスが考案した電子音響作成装置とも言える、ペンとタブレットを用いた機器、ユーピックで逆行変換させたら、極めて幾何学的な絵画……いや、もしかしたら単なるイタズラ描きのような原始的な図柄がそこに現れてくるのではないか?と。

当然、それは図形化を念頭に入れて作られた音楽という意味ではない。もちろん、ある側面では……クラフトワークの「The Model」を思わせる5曲目「I Am a Very Rede Person」に顕著なように一聴してミニマルな構造の曲もある。だが、それでさえも細部を辿れば複雑な様相になっていて、手元ばかりを見て描いていたのに、いざ出来上がってみたらとても規則的に模様が並んでいて、遠目にも同じ模様が拡大されて見える、というあの原理。「The Axe」も三連のリズムが淡々と継続している中にトムの危ういヴォーカルがぼんやりと調和しているように聞こえるが、3分40秒を超えたあたりでそのリズムはいったんフェイドアウト、そして再びフェイドインしてくるときにはリズムのアクセントが移動し、終盤はポリリズミックにリズムがズレて変化を遂げる。だが、おそらく音量を絞って聴いていたり、スピーカーから離れて聴くと、比較的単調な三連の曲という印象になるだろう。

しかしながら、それらは細部と遠景とが異なる様相になっているということではなく、むしろ結局は細部も遠景も同じ図形……つまりはフラクタルな相似形であるということを伝えているのではないかという気がする。小さな雪片をたくさん連ねて描いていたら、大きな一つの結晶になった、というような。ここでの9曲を、一つ一つのパートをまず聴き、その後それらが形成する全体像を聴いてみるといい。意外なことにほぼ同じ文様(リズム、リフ、フレーズ)がそこに現れてくる。つまり、細部ばかりを聴くな、だが表層でも判断するな、そのどちらの中にもそれぞれの参照点がある、とでもいうような再帰の概念を表現しているのではないだろうか。

リズムやフレーズそのものは決して新しくは聞こえない。これまでに書いていた曲ばかりということもあり、音出しの部分では割と手慣れている印象もあるし、音質もこれまでのトム・ヨークの作品と同程度にいい。けれど、おそらく作り手は創作のカギをそんなところのフレッシュさ、新しさにもはや置いてはいないだろう。トム・ヨークが現在、ポップ・ミュージックのイデアをどこに求めているのかはわからないが、あるいは、もうとうに、少なくともレディオヘッドではない、ソロ・ワークスでこの概念を貫いてきたともいえなくないということを前提とした上で、それでもなお一つの到達点がここにある、これまでのソロ作の中で最も親しみが持てると少なくとも筆者は思った。形式と連鎖が長い時間をかけて織りなす歪みこそが、最終的にはズレを生じさせ、そのズレこそが巡り巡って形式や連鎖そのものとなっていくという定理をここにみた。

とはいえ、これは昨夜から集中して15回くらい続けて聴いた上での、現時点での執筆である。また執筆内容を変えたくなるかもしれない。本作と同名の短編映画(ポール・トーマス・アンダーソン監督)がNetflixで公開されていて、ピナ・バウシュのようなコンテンポラリー・ダンスにはとても興味が惹かれたが、それについてはまた別の機会に譲る。

ところで私はこの作品を聴いて、90年代に流行した音ゲー『ビブリボン』でこのアルバムを試してみたくなった。そこにはどんな障害物が現れ、どんな形でそれらがスクロールされていくのか。今思えばあのゲームはユーピックの原理を応用したものだったのかもしれない。(岡村詩野)

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