滑らかな心地の裏地に織り込まれる異様な質感
「純粋に音楽を楽しむために聴くのであれば何も聞き取れないだろう」と語るアンディ・シャウフ。あまりにも聴き心地が滑らかなので表面的には気づきにくいが、注意深く耳を澄ませると『Norm』にはなにやら異様なものが潜んでいることに思い当たるだろう。ドラマの劇伴のようにサウンドとリリックが絡み合う本作の物語は、かのデヴィッド・リンチの怪作『Mulholland Drive』(2001年)から影響を受けたことも納得ができる、どこか不思議な余韻を残している。
スーパーで見かけた“あなた”に思いを寄せる主人公“ノーム”、そんな姿を見守る神、そして“あなた”の元恋人と思われる第三の人物の視点で進んでいく本作の物語。「もし神が愛とは何かを理解していなかったとしたら」といったことがテーマとのことで、「私の愛は無駄だったの?」という本作の主題ともいえるフレーズを繰り返し投げかける冒頭の「Wasted On You」では、創造主たる神とイエス・キリストが掛け合うコミカルなMVも相まって、きらびやかなリフレインがなんとも朗らかに響く。かねてからストーリーテラーとしての魅力を評価されてきたアンディだが、シリアスな問いをほんのりと皮肉っぽくもカジュアルに投げかける様子は、敬虔なクリスチャンの家庭で育った彼独特のウィットを感じさせる。
そして柔らかいシンセのレイヤーが作品全体に通底する、ゆったりとしたサウンドメイクも本作の大きな特徴だ。お馴染みだったクラリネットの小気味のいいリフや字余り気味の歌唱の可愛らしい癖っ気、エリオット・スミスを彷彿とさせたこれまでのインディー然とした質感など、アンディ自身の記名的な特性はここぞというところ以外では丁寧に抑制されているが、このしっとりとして夢心地なサウンドがコンセプチュアルな作品への没入感を増しているといえるだろう。
ピアノがみずみずしい「Catch Your Eye」やはじめてシンセ主体で書いたという「Telephone」は一見甘酸っぱいラブソングにも感じられる。だが「You Didn’t See」では別の視点から捉え直すことでそこに潜む不穏な情念が垣間見え、断片的なシーンが複数の視点から描かれる中で複層的に織りなされるストーリーテリング。作品が進むにつれ徐々にサウンドの後ろ暗いニュアンスやどうにも穏当ではない物語が暴かれていく様子は鮮やかだが、それでもなお本作があくまで夢心地のヴェールに包まれていることは、なにやらゾッとするものがある。
ドリーミーなサウンドに乗せて前のめりにまくしたてる「Halloween Store」の半ば唐突なタイミングで刻まれるハイハットは、暴走する想いへの誰かからの警句のようにも響く。あるいは本作に登場する神を“ノーム”に残った良心の部分のように捉えることもできるのかもしれないが、物語に寄り添うように心情の機微を表現し想像と解釈を喚起するサウンドから、アンディのストーリーテラー/シンガーソングライターの深みが感じられるだろう。
一見して何もおかしくないようでもどこか違和感が潜んでいて、複数の視点を通して俯瞰的に見ることでその異様さが浮かび上がってくるような本作の構成。だが焦点となるはずの“あなた”の視点はまるで語られず、3人の語り部がそれぞれどこか独善的な空回りをしたまま、愛は徒労に終わってしまう。それは例えば日夜ソーシャルメディアで散見される差別や偏見、ディスコミュニケーションとも似ているが、残念ながらこんなことは本当にありふれている現代社会。この普通に見えてどこか異様な作品とその物語の主人公に、“ノーム”(普通、ノーマルの短縮形)と名づけたアンディ・シャウフの心情に思いを馳せるばかりだ。(阿部 仁知)