20年近く経っても変わらない“You have to lose”の重要性
シカゴのアーティスト勢によるウィルコの『Yankee Hotel Foxtrot』(YHF)(2002年)のコンピレーション・カヴァー・アルバムがbandcampよりデジタル・リリースされた(限定でアナログ・レコードも販売)。収益の全額が、シカゴのエイズ基金へ寄付されるというチャリティ・アルバムになっているという。
当時、紆余曲折を経てジム・オルークのプロデュースによって《Nonesuch》からリリースされた『YHF』。今もってしても2000年代のアメリカン・ロックを象徴する1枚としてカウントできるが、時代を重ねても爪痕を残すこうした作品の多くがそうであるように、その時代でしか生まれ得ない必然性のようなものを、このアルバムも持っていたように思う。ジャケットで描かれた印象的な2つのビルは、当然、2001年の9.11によって失われたワールド・トレード・センター・ビルを重ねざるを得ない。音楽的には、アメリカーナを下敷きとした美しいメロディとその革新的なサウンドで大きく評価されたが、それだけにとどまらず、当時のアメリカの様相をクリティカルに射抜いた歌詞が、メロディ、サウンドと絶妙なバランスで成立していて、テロ報復で戦争を正当化していく当時のアメリカに対し、音楽を通じて冷静で客観的な視点で立ち向かおうとする非常に挑戦的な作品だったと思う。
今回のプロジェクトは、シカゴを拠点に地元のパンク・バンドや自作自演のミュージシャンの情報を発信しているBetter Yetというラジオ局の中から生まれたプロジェクトのようだ。シカゴは歴史的にもブルース、ジャズ、ハウス、ポスト・ロックなど音楽の土壌が豊かであり、自由であり(それを求め続けているのであり)、最近では初めての黒人女性が市長になるなど、経済都市としての威光を失いつつも、リベラルなムーブメントが確かに存在している印象があるが、このアルバムにもそれに通底する部分を感じる。そして、やはりそれは、同調的な圧力にのまれそうになりながらも、懸命に世界を多角的に捉えていこうとしていたウィルコのもつ静かな声とも確かに共鳴している。参加ミュージシャンは、決して有名ではないものの地元シカゴ中心のミュージシャンからなり、轟音パンク的なMeat Wavesによる「War on War」のほかは、どの曲も、基本的にはオリジナルのスタイルを大きく崩すことなく原曲に忠実で深いリスペクトを抱きつつ解釈したという印象だ。
2002年当時、アフガニスタンへの空爆の映像と、その正当性を疑わないブッシュ前大統領の会見ばかりがテレビに映っていたとき、そんなアメリカの空気感へのカウンターとして『YHF』に救われた。今回のトリビュート盤からも、同じシカゴという場所で、こうしてリベラルなスタンスが確かに引き継がれていることを実感できたが、皮肉にもそれは、今のアメリカも、ウィルコが歌う“You have to lose”(「War on War」)というメッセージの重要性が変わっていないということなのだろう。
そんなウィルコは先ごろニュー・アルバム『Ode to Joy』を彼ら自身のレーベル《dBpm Records》からこの秋にリリースするとアナウンスし、先行曲「Love Is Everywhere (Beware)」を公開した。この曲は自己への警鐘を伝えるものだという。歴史は繰り返されるのか?(キドウシンペイ)