通過も振り返りも、静かに灯る日常のひとつ
mei ehara(旧名義may.e)の作品にはこれまで一貫して静かな佇まいがあった。ジャケットのアートワークを見れば、その音楽のムードが自然と伝わってくる。シンプルで、あまり暗さを含まない色合いや音が、ただ“そこにある”。そんな印象が続いていた。だが今作では明らかにムードが一変。どこかヴィランの住む城のような建物、紫の髑髏フレームに包まれた不穏さ。それでもmeiらしさは手放されていない。タイトルにある“McGuffin”は、物語を動かす“きっかけ”を指す言葉だ。このアルバムには、mei自身が一歩一歩踏みしめるようにマクガフィンを通過し、振り返りながら物語を進めていく姿が映し出されている。
2022年に先行リリースされた「ゲームオーバー」「ピクチャー」は、その序章だったのだと気づかされる。トリプルファイヤーの鳥居真道によるギターリフ、ホルンやパーカッションのアレンジ、ドラム浜公氣の丁寧なハイハットさばき。こうした鮮やかな要素が並びながらも、アルバム全体ではあくまで中庸に位置づけられている。彩度を上げすぎず、あくまで歩幅を乱さず、ニュートラルな位置にあるように感じられる。
同じく先行リリースであった「まだ早い果物」は、このアルバムに入ったことで、《Stones Throw》のマスタリングによる音の明瞭さが光る。meiの声の柔らかさと繊細さが際立ち、リズム隊のタイトさがそれを優しく支える。〈実際は/のんびり/流れる/だけで〉と歌われる言葉とBPM75の安定したビートに、思考の歩みに寄り添う安心感が宿る。
また、mei本人が《ナタリー》でのインタビューで「第一章の最後」、そして「meiがやりたいことをやること」を意識したと語っていたように、今作にはmeiの“意志”が通底している。例えば、「After that…」の最後、〈そのあとで一瞬 そのあとでわかる〉の歌詞部分のmeiのコーラスと、鳥居のギターのコントラスト、アウトロでのギターリフとCoff(DaBass)のベースリフの並行、フェードアウト展開は胸に残る。「会いたい」での多重コーラスと2本のアコースティックギターの絡み。「巨大なものが来る」の、急がず受け入れていくような3拍子の揺らぎ。そして「オープニングテーマ」「エンディングテーマ」では沼澤成毅による鍵盤の音たちが、アルバムの道しるべのように存在する。
私がこのアルバムを一番しっくり聴けたシチュエーションは、朝のコーヒーの時間だった。昼間の移動中や夜の帰宅時では、このアルバムが差し出す“揺らぎ”に自分のテンションが合わなかったのだ。『All About McGuffin』は、正解を急かす社会から距離をとり、“考える余白”そのものを肯定してくれる。mei eharaの世界進出という文脈を背景に持ちながらも、この作品は私たちの日常にふわりと寄り添ってくれる。(ぽっぷ)
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【REVIEW】
mei ehara『Ampersands』
http://turntokyo.com/reviews/ampersands/

