ヘッドライトに導かれたダッドとしての新天地
アレックス・Gがメジャーの《RCA》と契約を結んだというニュースが伝わってきたのは、2023年11月に開催された初来日公演の約2ヶ月後のことだった。
長く住み慣れた《Domino》を離れ次なるステージに向かおうとしていることは、しかしながら意外でもなんでもなく、むしろ自然なことだったと言える。2022年発表の前作『God Save The Animals』が父親になった(なろうとしている)ことの喜びや充実を携えた内容だったことから、なんとなく合点がいくものだったし、そして実際、その意欲と並行するように、フー・ファイターズのツアー・サポートに抜擢されたり、A24制作の映画『I Saw The TV Glow』のサントラを手掛けたりと、2024年以降は明らかに次のフェイズに入っていることがわかる精力的な仕事ぶりだった。現在は、自身のバンド・メンバーでもあり、長年パートナーとして共に活動してきたヴァイオリニストのモーリー・ジャーマーと、2022年に誕生した男の子とともにフィラデルフィアに暮らしているそうだが、こうした平穏で幸せな(と見える)生活が、どこかやさぐれたアウトロー感があり、ロウファイなサウンド指向を根っこに持つ、それでいて繊細でロマンティスト、しかも今作でオリジナル・アルバムとしては10作目という超絶多作な彼の作風にどのような変化をこれからもたらすのか? このメジャー移籍第一弾アルバムを聴きとく最初の入り口はそこにあると言っていい。
それに対する回答としては、まずもって後ろ向きな変化はない。メジャー制作なので当然音はいい。これをハイファイ……と言い切っていいのかどうかはわからないが、これまでの歪んだサウンドの質感や少し汚れたような音処理はやや後退しているため、音そのものはこれまでになくスッキリとした印象を受ける。その分、持ち味のはずが、独特なシュールな表現の影に隠れてしまいがちのシンプルなメロディがクッキリと浮かび上がっているのが大きな特徴で、ブルーな感情を内包した旋律の持つ強さが、前作よりさらに明確に愛をテーマとする歌詞を引き立てているかのようだ。アコースティック・ギターとピアノの清楚な音色、芯の強さを孕んだ柔らかな歌声がモダンな感触を引き連れてくる「Real Thing」など、エリオット・スミスがメジャー移籍作として発表した『XO』を思い出させてくれる。
しかしながら、それはある意味でコンサバと受け取られる可能性と紙一重であり、いみじくもエリオット・スミスが私にかつて取材で話してくれた「どうすれば自分の細い声をクリアに聞かせることができるのか、という録音技術に注視すればするほど、歌詞が平板に聞こえるリスクも出てくる」ことをも想起させるのだ。もちろん、エリオットの『XO』や『Figure 8』がそうしたリスクとは無縁の作品であることは言うまでもないわけだが、では、さてこのアレックス・Gの新作におけるその部分はどうなのか? というもう一つの聴きとく入り口に対する回答は、かなりの意思をもって挑んだ成果が見事に傑出している、ということになるだろう。つまり、ある種のダッド・ロックとしての評価をもらうこと、郊外的で平凡な生活を肯定することを恐れていない強さがあるということだ。
もともと持っていたアメリカーナ指向と、スラッカー・ロック指向がよりローカライズされた地点で結びついた重要な曲として「Afterlife」が挙げられるだろうが、これなどは地方で新たな人生を歩みはじめた男が引き受ける大きな覚悟のようなものが見事に表れた、今だからこそ描くことができたのであろう大傑作の1曲だと思う。歌詞において、son(息子)とsun(太陽)を重ねることで、新たな暮らしで得た生命力という気づきを鮮やかに落とし込んでいるのはとりわけ圧巻で、家庭の夫感を臆面もなく出した表現はさすがにこれまでのアレックスの作品にはほぼ見えてなかった、もしくは隠されていた側面だろう。ストリングス、管楽器などの多用が、よりいっそう不安や寂しさもまだ拭えないが穏やかな暮らしを選んだことの心の動きをドラマティックに演出もしている。
プロデュースはアレックス自身と馴染みのジェイコブ・ポートレイト。細君で息子の母親であるヴァイオリンのモーリー・ジャーマー、サム・アキオンらアレックスのバンドの仲間もいつものように参加。人脈は変わっていない。だが、今、ここで新しい人生の1ページをめくった男の決意は、まるで“ヘッドライト”に導かれたまま自動車でやってきた新天地で空を見上げるがごとく逞しく響いている。(岡村詩野)

