硬派な姿勢を貫いて歌う、成熟した黒人女性のプライドとロマンス
アリ・レノックスが歌うR&Bは唯一無二だ。それは、濃厚で、官能的で、甘く苦い音楽。ワシントンD.C.出身のR&Bソウル・シンガーは、ダーク・チョコレートの香りをヴォーカルで漂わせ、自立した黒人男女の恋愛を歌詞で物語る。このデジタル世代において、彼女の存在は、ソウル黄金時代の美しいディーヴァに近しい。
とは言っても、レノックスもヒップホップが舵を取り続けるシーンに生きる1人のアーティストだ。J. コール率いるレーベル=《Dreamville》が誇る唯一の女性アーティストであり、2019年に発表した『Shea Butter Baby』では、ネオ・ソウル・シンガーとして自身のブランドを確立した。しかし、オートチューンを使い、ヒップホップのプロダクション陣で挑む大多数のR&Bシンガーとは対照的に、デビュー作品『Pho』以来、エフェクトの少ない実力派な歌唱力と伝統的なソウルを基盤にしたR&Bで彼女は勝負し続けている。
レノックスのソフォモア・アルバム『age/sex/location』に、スクリーンを睨み続けて相手の返信を待つ女性は登場しない。今作は、自分の平和のために全てのソーシャルメディアで相手をブロックしてしまう女性を歌った(「Blocking You」)頌歌集だ。アップビートなボップソング(「Waste My Time」)から、親密なベットルームのために捧げたようなセンシュアルな楽曲まで(「Mean Mug」)、アルバムのフロウ展開は全く違和感を覚えさせずに、終始レノックスは作品に潤いと輝きを保たせながら届けることに成功している。
アルバムのオープンからクロージングまで、心地の良いリズムは緩急をつけながら流れていく。J. コールがバック・ヴォーカルを支える開幕曲「POF」で始まり、最もチャートを意識したような「Waste My Time」は、人肌恋しい秋を迎える女性のハートを確実に掴む完璧なアンセムだ。芳醇な香り漂うセクシーな曲の上で、相手に惚れた心情をシルキーな歌声で披露される「Mean Mug」は、アルバムの中でも最も濃密な瞬間である。
レノックスの妖艶なソプラノ・ヴォイスは全ての楽曲に置いて主役であるが、彼女のペンゲームも作品に良い味を加えている。アメリカで男性がパートナーの女性にフーディを渡すという行為は、ある一種の特別な意味をもたらす。たかがフーディ、されどフーディ。「私はあなたのフーディにフィットする?そのフーディの中に入りたい」と話しかけるコーラスはムーディな「Hoodie」だ。自分だけが意中の相手からフーディをゲットできたかと思えば、実は彼がそれを大量生産して複数の女性に渡していたというオチのMVも、非常にユーモラス。また、「Waste My Time」では、「私の時間を無駄に使って、電話に出て/だって私には暇潰しする時間があるから」と、関係性の主導権を握る自由な女性をレノックスは描写する。
過去に《Dreamville》から脱退したいと発言していた彼女の立場を考慮すると、レーベルメイトのラッパーが(J. コール以外)1人も登場しない点は、自然なことだろう。ソロ活動も順調なアーティスト=クロエとのシルキーなハーモニーが楽しめるのは「Leak It」。男性R&Bシンガーの界隈ではレノックスと近しい立場にいるラッキー・デイとの掛け合いがチャーミングな「Boy Bye」は、作品に軽快なテンポを与えている。フィナーレに相応しい楽曲「Queen Space」は、トラップR&Bを最も得意とするサマー・ウォーカーを迎えて、「私の女王領域を邪魔しないで」と自信満々に自己愛を祝福した、今作の最も輝かしい瞬間だ。
ウォーカーとの対比からもわかりやすいが、今作ではトラップベースのR&Bの波に移行しないレノックスの硬派な姿勢がひときわ映えている。その姿勢を貫くこと、つまりエリカ・バドゥやローリン・ヒルのような大御所アーティスト達がすでにクラシックを生み出しているネオ・ソウルに今挑むことは、90〜00年代のサウンドが再び戻ってきているとは言え、決して容易いことではないだろう。3年前に音楽を辞めるとまで言った彼女は、その難しさを誰より理解しているはず。出入りの激しい業界で、アリ・レノックスがR&Bを続けていることは、希望である。ナチュラルヘアを誇り、過激なプロモーションも行わず、成熟した黒人女性のプライドとロマンスを同輩のために歌い続ける。それだけで十分なのだ。(島岡奈央)