一冊の短編小説集のような芳醇な味わい
カナダ出身のシンガー・ソングライター、エイダ・リアことアレクサンドラ・レヴィは、自身が住むモントリオールの移りゆく四季を通して、都市生活者として、そして夢想家として、過ぎゆく日々をどう生きるかを優美に描き出している。そう、「一方の手はハンドルに、そしてもう一方の手は庭を縫う」というこの不思議なアルバム・タイトルが醸し出すイメージの通りだ。
昨年のEP『woman, here』に続き、フィービー・ブリジャーズのドラマーとして知られるマーシャル・ヴォアがプロデュースを担当。アルバータ州バンフのアーティスト・レジデンスで制作したデモをLAはパサデナのスタジオに持ち込み、ブリジャーズのバンド・メンバーであるクリスチャン・リー・ハトソンやハリソン・ホイットフォードも録音に加わっている。毎日の生活、あるいは小説家エレナ・フェッランテの『ナポリの物語』などからインスパイアされたというレヴィのモチーフを、曲ごとに趣向を変え、アコースティック楽器のインティメイトな響きとエレクトロニクス、サウンドエフェクトを有機的に組み合わせ構築するヴォアのプロデュースワークは今回も冴えていて、端正なソングクラフトとともに現代のフォーク・ミュージックのあるべきバランス感覚と言える。そしてビッグ・シーフの古巣であるUSインディの名門《Saddle Creek》からのリリースだから、というわけではないけれど、レヴィの歌声にはエイドリアン・レンカーを想起させる場面がある。「my love 4 u is real」で絶望に満ちたヴォーカルとノイジーなギターにより片思いが沸点を迎え爆発するさまは、ビッグ・シーフそしてブリジャーズの諸作とも共鳴する。
遊びすぎた前夜を後悔する朝の気だるさに満ちたオープニングの「Damn」、一晩のうちに何度も死んでしまう人物の悲哀が『ハッピー・デス・デイ』などのタイムループもの映画を思わせる「can’t stop me from dying」、幼少期の生家の記憶をファンタジックに綴る『backyard』など様々なエピソードが浮かび上がるが、「partner」で「昨晩の出来事をまだ引きずっている」と「Damn」の後日譚といっても差し支えない物語が展開されたりと、私小説的であることからやんわりと回避しようとする全体のトーンのなか、各曲の関係性を探していく興味も尽きない。
「過ぎ去った年月/とてもプルースト的なこの時間の流れ」(『saltspring』)とあるように、終始まどろみのなかにいるような、登場人物の意識と無意識の間で様々な風景のかけらが漂っている感覚は、アルバムの後半に位置するドラマティックな「violence」「hurt」で断ち切られる。「あなたは怒っていい/激しい怒りを持っていていい」という歌い出しから、暴力的な人間関係に直面した際の痛み、そして傷ついた主人公が故郷へ帰る姿を生々しく刻んでいく。「私は今夜、蝶のように飛び立つ」「私が学んだことがひとつあるとすれば、それはレジリエンス(回復力)という言葉」というフレーズが象徴する“自分を守るために逃避すべきだ”という思いは、レヴィが最終的に表現したかった切実な感情なのではないだろうか。物憂げな夏の風景やキリッとした冬の空気――四季の移り変わりが手に取るように伝わってくるサウンドスケープを通して、どこかへ移動し続けること、漂い続けることを肯定してくれる。一冊の短編小説集のような芳醇な味わいを、秋の夜長にじっくりと堪能してほしい。
(駒井憲嗣)