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The Smile: A Light for Attracting Attention

2022 / XL Recordings / BEAT Records
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新たな邂逅が導いた“新人バンド”のカジュアルなクリエイション

29 May 2022 | By Hitoshi Abe

これまでで最もカジュアルな作品なのかもしれない。などと簡単にいってしまうが、これはレディオヘッドのキャリアを振り返るにあたって特筆すべきことだ。なぜなら彼らはある種の強迫的な革新を自らの制作に課していたように思うからだ。『A Moon Shaped Pool』(2016年)以降、ライブではほとんど披露することのなかった過去のレパートリーの演奏も増え、2枚の周年記念盤をリリース。ソロの『ANIMA』(2019年)ツアーでもトム・ヨークはまるで何かから解放されたような奔放さを見せていた。そしてジョニー・グリーンウッド、サンズ・オブ・ケメットのトム・スキナーと組んだザ・スマイルは、そのような流れの次の一手とみていいだろう。

多分に過去のディスコグラフィーを想起させるのも本作の特徴だ。「Identikit」を思わせる「The Opposite」、ソロのライブで培ったベースプレイを遺憾無く発揮する「The Smoke」、本当にいつぶりだろうかという「Free in the Knowledge」のざっくりとしたアコギの弾き語りは「Karma Police」のような物悲しさがあり、このような類推は枚挙にいとまがない。それはつまり、いつかのアイデアを再び試すことにまったく恐れがないということだ。

他方「You Will Never Work In Television Again」や「We Don’t Know What Tomorrow Brings」といったニューウェイヴ〜ポストパンクの色調を明快に表現した楽曲も、かつてウェブキャストでニュー・オーダーやザ・スミスをカバーしていたリラックスしたムードが思い出される。突発的なインスタ配信や3つの時間帯にわたる連続ライブも、そのようなカジュアルさのあらわれともいえるだろう。

そういった懐かしさや安心感と同時に、スーパーバンドと呼ばれたアトムス・フォー・ピースとは違う新人バンドのデビュー作らしいフレッシュさも感じられるのは、トム・スキナーとの邂逅が寄与しているのはいうまでもない。性急なパンクスからレイドバックまで細かな技巧を織り交ぜるドラムの柔軟性が、旧知のトムとジョニーさえ新たに惹き合うようなスリリングな生々しさの接合点となっているようだ。スリーピースの爆発力を活かしながらもそれを制約とはせず、複雑な拍子もあまりそうは感じさせないスムースな聴き心地が本作には流れている。

『A Moon Shaped Pool』やトム/ジョニーそれぞれの映画作品でも馴染みのあるロンドン・コンテンポラリー・オーケストラのストリングスも潤沢ながら仰々しくはなく、ロンドンジャズの名手たちのブラスもメロディラインに寄り添うような貢献が光る。そう、さりげなく淀みがない。だからこそ「The Opposite」や「Thin Thing」の半ば大袈裟なSEや、いつになく幅広い表情を見せるトムの歌声も小気味良く感じられるが、本作において誰も無理などしていないし追い詰められてもいない。そのことが彼らの歩みの中でとても輝かしいことに思えるのだ。

環境問題やウクライナ情勢など旧時代のツケを払えといわんばかりの為政者への目線はこれまでになく苛烈だが、次代が担う未来へほんのりとした希望を託すような、ささやかな心境の変化も感じ取れる。『A Moon Shaped Pool』以降の活動は、望むと望まざるとに関わらず彼らが負ってきた時代のフロントランナーたる重責から徐々に降りるプロセスのようにも感じていたが、それは決して悲観することではないのだろう。本作のどこか気の置けない安心感は、そのような心境のあらわれなのかもしれない。(阿部仁知)


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【REVIEW】
Thom Yorke『ANIMA』
http://turntokyo.com/reviews/anima/

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