Review

Joey Bada$$: 2000

2022 / Columbia
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ジョーイ・バッドアスの現在地
──1999の次は2000

06 September 2022 | By Sho Okuda

ボースティングに、どこか違和感を覚える。今作『2000』は前作『ALL-AMERIKKKAN BADA$$』(2017年)から5年ぶりのリリースとなったものの、その間もずっと制作活動を続けていたというジョーイ・バッドアスは、それだけに錆びつかないフロウと、思わず唸るようなワードプレイを存分に見せつけてくれるのだけれども、何かが“違う”感じがする。不快に感じるわけではないが、その違和感が良い味を出しているというわけでもない。なにかこう、心ここにあらずといった印象。力の抜けたデリバリーがそう思わせるのか、それとも、デバージ「I Like It」などの分かりやすいネタ使いを含む、アグレッシヴな言葉に不釣り合いなメロウなビートがそう思わせるのか。本作を聴き進めていくと、13曲目「Survivors Guilt」に至るまでの12曲が、長く贅沢な前フリだったようにも思えないだろうか。

『2000』のタイトルとカヴァー・アートを見てファンが最初に思い出すのが、ミックステープ『1999』(2012年)であろう。ジョーイの出世作となった同作がリリースされた頃には、プロ・エラの創設者=キャピタル・スティーズ(Capital STEEZ)がまだ存命であった。ジョーイはそれからスティーズを失い、従兄でありマネージャーでもあったJunior Bを失い、音楽に関する率直なフィードバックをする仲であった(「Head High」より)エックスエックスエックステンタシオンを失った。これらの出来事が直接的/間接的に影響し、メンタル・ヘルスの問題を抱え、ジョーイは生前のスティーズに共感できる位置にやってきた。「Survivors Guilt」冒頭の「物質的な豊かさばかり追い求めて、それでも満たされないとしたら、俺らは何のために生きているんだ?」というスティーズの言葉は、ジョーイが現在地から発する言葉でもあると捉えられよう。

メンタル・ヘルスの改善の裏には、少なからず人生観の変化があったはずだ。冒頭に記したボースティングへの違和感は、おそらくは物質的な豊かさをひけらかす段階を脱している(か、少なくとも脱しつつある)であろうジョーイの〈現在地〉と、メインストリームのラップの流儀に忠実な彼の言葉との間に、距離があることに由来するのかもしれない。《MONTREALITY》のインタヴューで、うつ状態から抜け出すのに役立ったのは、自身が満ち足りていることへの気づきであったと本人は語っている。「パワーが無いなら、己の内を覗けばいい/根源と繋がってさえいれば、他に何も要らないはずだから」と「Brand New 911」でもラップするとおりだ。

先述の「Survivors Guilt」について、ジョーイは歌詞が自然に湧き出てきたのだと明かしている。同曲は彼の現在の心に最も忠実な曲と捉えてよさそうだ。そのことを念頭に置いてもう一度再生ボタンを押すと、ボースティングの中にジョーイの〈現在地〉が時折顔を覗かせているのに気づく。ともすればクリシェにも聞こえる「幸せはお金では買えない」という言葉は、愛娘に伝えたいこととして「Cruise Control」で素直に語られている。「Written in the Stars」のアウトロで語られる「毎日新しい機会や教訓や恵みのために生きている」という言葉にも、「人が一度しか生きられないというのは違う。死ぬのは一度だけど、毎日(新しく)生きるんだ」という彼の考えが反映されているように思える。

ジョーイは先述のインタヴューで「神は恐怖の向こう側に人生で最高のものを置いた(God placed the best things in life on the other side of fear)」というウィル・スミスの言葉を引用しつつ、恐れを捨て去ることの重要性を説いている。本作でいえば、マイク・ウィル・メイド・イットの起用などの意外な配役や、ジョーイにとって新境地ともいえる官能的な「Welcome Back」などは、彼が恐れを捨てたからこそのアウトプットだろう。今は海で泳ぐのが怖いけれども35歳になったらマリブでサーフィンをやっているさ、と笑う彼は、例えば5年後とかに、今とはまた違う位置から我々を驚かせてくれるのではないだろうか。故・ジャイアント馬場は5000試合出場達成後のインタビューで、次なる目標は6000試合かと問われると、「5000の次は5001」と言った。1999の次は2000。恐れを手放しつつ新しい“1”を積み重ねてゆくのだ。(奧田翔)


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