榕幫がルーツ・ミュージックの探求で拓いた、台湾ヒップホップの新たな精神的価値
榕幫Banyan Gangの最新リリース、4thアルバム『根』のサブタイトルは「失根世代的恨(ルーツを失った世代の憎しみ)」。台湾歌謡界の大スターである洪一峰、「帽子の女王」と呼ばれた鳳飛飛、台湾ヒップホップの元祖・劉福助、阿美族馬蘭部落出身の民謡歌手として人気を集めた盧靜子から、台湾古典芸能の北管まで……。全編にわたって台湾のあらゆる古き良きルーツ・ミュージックを大胆にサンプリングした本作には、自身のルーツから断絶された世代としての彼らのアイデンティティ獲得にまつわる葛藤が深く、美しく刻まれている。
榕幫は、ビートメイカー/MCでリーダーの詹士賢(HSIEN CHAN)、MCのLeerix、Warren Kの3人からなるヒップホップユニット。Banyan(榕樹)はガジュマルの樹のことで、彼らが通っていた台南の名門・國立成功大學キャンパスのシンボルでもある。学内で廃部寸前だったヒップホップ・クラブで出会った3人は特に90年代ブーンバップのサウンドを志向しており、2020年の3rdアルバム『春化作用』(「Return of the Boombap」という曲が収録されている)や2019年リリースの詹士賢ソロアルバム『最近的我和我在想的事以及在意的人事物』にもその傾向は明らかだ。それをベースにロックやジャズ、ボサノヴァの要素も含む本作には、問題總部のキーボード、昱陞擔が詹士賢と共に共同プロデューサーに名を連ね、台湾伝統音楽とロックを融合させたサウンドで日本でも知名度が高まるバンド、百合花の林依碩も一部プロデュースに参加するなど台湾インディー・シーンから多くの友人を招いて制作された。同じく問題總部の丁佳慧(Hana)がヴォーカルで、雷撃がドラムやパーカッションで参加した「牽手(手をつなぐ、ひいては妻を意味する)」のMVでは、榕幫のメンバー3人共が想いを寄せる女友達(丁佳慧)の結婚式に出席するストーリーをコミカルに描いている。
アルバムタイトル『根(gēn)』と「恨(hèn)」で押韻にもなっている収録曲「恨」、「別說再見」は、洪一峰の名曲「寶島曼波(Mambo of Taiwan Island)」と盧靜子の「黑森林打獵舞」のサンプリングを軸に展開される本作のハイライトだ。「失われたルーツから生まれる憎しみ」についての曲であり、台湾という複雑な歴史的背景を持つ地で今、20代を生きる世代がどうアイデンティティを獲得していくべきか苦悩が綴られる。台湾の葬送文化「牽亡歌陣(死者の魂を召喚して苦しみから解放し、極楽へ送る)」がモチーフのMVでは、亡者の世界から現世に戻る過程で振り返らざるを得ない過去の記憶が、彼らの世代にとっては受け入れがたい暴力的な歴史であると匂わされる。その「憎しみ」と、自分たちは何者かと問われるたびに自信を持って答えることができない「ルーツの不完全さ」の板挟みに苦しむ様子を吐露する歌詞に、易々と共感などすることは憚られる。それでもアルバムを締めくくる「化恨為根」で、ストレートなギターサウンドにのせて「化恨為根成不死樹(憎しみを根に変えて不死の樹となる)」と吐き出すように歌う彼らの姿には、どうしようもなく心が動かされる。(Yo Kurokawa)
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