映画『白い暴動』
対談:村尾泰郎 × 岡村詩野
「運動家たちを支えてきたミュージシャンは多様だったし思想も実は柔軟だった。今こそこの作品に倣うことは多い」
「英国で無症状の医療従事者の3%が新型コロナに感染、爆発的な院内感染の予備軍か」。つい先ごろもこんなニュースが流れてきたが、イギリスでは……というより世界中だが、収束の気配を見せない新型コロナウイルス感染症に依然苦しめられている。ジョンソン首相までが感染し一時は重体にまでなったこともあり、ただでさえEU脱退に揺れるイギリスはいつになく波乱万丈の2020年となっているが、ここ日本ではコロナのどさくさで政府が検察庁法改正案の強行採決しようとしていて、国の、世界の、人類の一大危機に一体何をやっているのだろうかと怒りを覚えてしまうこと頻りだ。
だが、そうしたすさんだ気持ちの中でこの映画を観ると、もはや向き合うべきは自分とは異なる隣人との歩み寄りだということに気づかされる。
70年代後半のイギリスで権力を相手に人種差別撤廃を主張し続け、ザ・クラッシュをはじめ、数多くのミュージシャンからも支持された若者たちよる運動「ロック・アゲインスト・レイシズム(RAR)」を追ったドキュメンタリー映画『白い暴動』。2019年の《BFIロンドン映画祭》での上映を除き日本が世界初劇場公開国となるこの作品は、芸術家として活動していたレッド・ソーンダズ以下少ない若者たちで発足されたそのRARのメッセージが、今の時代こそ有効であることを鋭く突きつけてくる。そこには数々の差別に対する抗議行動があり、激しい主張とアジテートが確かにあるだろう。だが、彼らRARが最終的に求めていたものは決して争いではなかった。この作品において多くのバンドがRARに賛同していた事実を前にすると……音楽の持つ力というものも考えさせられる。
そんな『白い暴動』が、コロナ対策を受けて劇場公開が行わなくなった中(現在は自粛解除されたエリアの劇場で上映が再開された)、すぐさまレンタル配信に踏み切ったのは英断だったと言っていい。そのレンタル配信が好評につき、5/31 23時59分まで延長決定。そこで映画ライターでもある村尾泰郎さんと急遽リモート対談を敢行したのでお届けする。コロナ禍のおり、様々な事象に悶々としている方はぜひこの作品を観てほしいと思う。(構成/岡村詩野)
Yasuo Murao × Shino Okamura
岡村:まず、この作品が今、コロナで世界的に自粛となっているタイミングに自宅で観られるように切り替えたことに大きな意味があると思います。例えば、渋谷、吉祥寺にある《アップリンク》自体、今運営が大きな危機に直面していますし、多くの単館系映画館が明日どうなるかわからない状況で、本来であればこの作品もちゃんと劇場で上映したいところ……ましてやこの作品のように劇場で観るとよりリアルに当時の状況が肉薄してくる映画をコロナのさなかに家で観る……。今観ることにすごく意味がありますよね。村尾さんもお家で観たのですか?
村尾:家で観ました。演奏シーンも多かったので、劇場の大きな音で観たかったんですけど、元気出ましたよ、これ観て。
岡村:私はこの作品を見て、RAR(Rock Against Racism)のことを少し誤解していたな……というよりちっともわかっていなかったな、ようやく当時のことが理解できたと感じたんです。クラプトンの人種差別発言に端を発してRARが結成されたことはなんとなく知っていたのですが、1977年前後の彼らの活動がここまで開かれたリベラルな思いに貫かれていたとは驚きでした。『〜暴動』なんてタイトルがついてますし、実際に小競り合いも多かったわけですけど、RARはちゃんと敵対する思想の人たちと理解し合おうとしていたんですよね。対話を重要視しようとしていた。これにはハッとさせられました。
村尾:そうですね。極右団体のナショナル・フロントから暴力で脅されても、最後まで音楽やアートを通じて抗議していた。そこまで音楽を信じられたっていうのも驚きでした。「音楽を愛し、差別を憎め」というRARのメッセージは、今の世界にも強く響くと思います。僕はRARのことをそんなに知らなかったんですけど、岡村さんは何を通じて知ったんですか?
岡村:やはりクラッシュの活動を通じてです。彼らの映画『Rude Boy』を観るとこのあたりの事情がなんとなく出てくるんですね。彼らがレゲエとかダブに関心を持つようになった背景にあるのが必ずしも音楽性だけではなく、政治信念のようなものだったということとかもクラッシュの活動を追いかけると見えてくる。ある時期、結構集中してクラッシュを聴いていたことがあって。そこからですね。ただ、それでも、この作品を観るまでは実態はわかってなかったですし、リーダー格のレッド・ソーンダズの顔も初めて知りました。穏やかで知的な人ですよね。
村尾:写真家で、演劇もやってて、音楽誌に投稿して、ちょっと正体不明なところもありますが、あれだけの集団を引っ張っていたんだから、カリスマ性がある人だったんでしょうね。知的だけどインテリ臭くないところもいいな、と思いました。彼を取り巻く周りのスタッフも魅力的でしたね。
岡村:監督のルビカ・シャーという人は、これまでにBBCなどでドキュメンタリー作品などを手がけてきた女性だそうですね。彼女自身、母親が人種差別を受けていたりして、おそらく個人としての主張のようなものが作り手としての目線の真ん中にあった。そこもすごく意味があると思いました。「今の問題はアイデンティティの欠落だ」というようなセリフが劇中にありますけど、人種で属性を決定することの卑しさをの背後にある問題をちゃんと明確にしようとしていましたよね。村尾さん、このルビカ・シャーという監督の他の作品は観たことがありますか?
村尾:観たことないです。日本公開されるのは、この映画が初めてかもしれない。名前からしてアジア系ではないかと思いますが、映画にはアフリカやジャマイカ系移民のバンド以外にもアジア系パンク・バンド、エイリアン・カルチャーが登場したりして、人種とアイデンティティの問題というのは映画に貫かれていたと思います。あと、ソーンダズのもとに集まったカメラマンとかデザイナーたちの仕事ぶりが良いと思ったんです。彼らがポスターとかファンジンを作るじゃないですか。そのデザインとかレイアウトが最高で、パンクなスタイルがあって、そこにメッセージも込められている。これがカッコ悪かったら学校前で配っても誰も手に取らなかったと思うんですよね。スタイルとメッセージの両方があるっていうのは重要だと思いましたね。極右団体のナショナル・フロント(NF)が、RARに対抗して配ったジンっていうのを見てみたい。
岡村:それもまた信念のある証なのかなと思いますよね。そうやってアートと政治性……主義主張の関係性を見事に形にしてきた人たちの本や雑誌ってその当時、日本でもスタイリッシュで洗練されていました。松岡正剛さんが関わってた作品もそうだし、阿木譲さんの『ロックマガジン』も確実にメインストリームに対するアンチの立場の人が作った音楽雑誌で、デザインもカッコよかった。この時代のこうしたジンや雑誌とかポスターに共通しているそうした姿勢って、カッコよくありたいというある種のアートへのプライドなのじゃないかなという気もしますね。
村尾:だと思います。映画の中で、確かソーンダズが「表現することがプロテストだ」みたいなことを言ってたと思いますが、クオリティの高いジンとかポスターも、彼らの重要な武器だったんだと思いました。そいうものがライヴ会場とか街角にあるっていうのも良いですね。でも、RARのバッジをつけてたらNFに殴られた、っていうのも、かなり緊張感がある状況だったんだろうな。
岡村:ジンとかポスター、フライヤーの力って割と音楽の世界ではまだまだ有効じゃないですか。ライヴに行けばたくさんヴェニューにフライヤーがあるし、そのデザインこそ今じゃPCとかで簡単に作られるようになったものの、手描きとかガリ版印刷みたいなものが逆に存在感を伝えたりしますよね。そうしたDIY的な訴求力は今も最も有効ですし、実際ファッションにスローガンとして結びついているのがTシャツですよね。この映画の中でも当時の若者たちの着ているTシャツや洋服から主張が伝わってきます。バッジもそうですし。だから今も、こうしたコロナウイルスの感染拡大に揺れる中でも、ヴェニューやアーティストはTシャツを作って販売したりもしていて。そこに書かれたメッセージを見ると、よほどSNSの拡散より長期的で信頼できる伝わる方が期待できるんじゃないかって気がします。尤も、そうやってファッションだけが一人歩きすると、メッセージの意味も理解せずにオシャレという理由だけでTシャツを買うような人も出てくるんですけど……。監督のルビカ・シャーによると、今の英国ではもうRARのことを知ってる若者は少ないそうですね。
村尾:30年前の話ですもんね。でも、政治と音楽を切り離さないのはイギリスのロックの伝統みたいなところがありますけど、RARのムーヴメントはその象徴ですね。さっき、岡村さんの話にも出ましたが、これまで別のコミュニティで活動していた白人のバンドと黒人のバンドが交流するようになったきっかけとしてRARの存在があった、っていうのは重要ですね。映画には出ていないですけど、白人と黒人の混合バンドだったスペシャルズが当時いかに衝撃的だったかがわかりました。
岡村:そうですね。スペシャルズやツートーン周辺はその点でも画期的だったと思います。レゲエ=黒人、ロック=白人というナンセンスを壊す一つの在り方をクラッシュは自身の活動で提示していったし、スペシャルズやリントン・クエシ・ジョンソンとかもそうですけど、現在、当たり前のようにブラック・ミュージックとロックやフォークなどが合流するようになっている状況が作られた背後には、RARのような人たちの信念ある行動が30年も前にあったからと言えるかもしれない。もちろん、今もレイシズムはなくなってないですし、むしろこの時代を知らない若いナショナリズムが台頭しているだけに、イギリスだけではなく若い世代がこうした行動をどう受け止めるのかにとても興味があります。それにしても、クラプトンの人種差別発言がきっかけだったって……クラプトンもレゲエを取り入れた作品を出していたのに……。
村尾:クラプトンの発言、この映画で初めて知ったんですけど、どうしちゃったんでしょうね。当時はかなりドラッグに溺れてたという噂も聞きますが。あと、ロッド・スチュワートとかも差別発言してるし。イギリスという国自体がかなり荒んでいたような印象を受けました。だからこそのパンク発生なのかもしれませんが。そういえば『This Is England』っていう映画があって、12歳の少年がスキンヘッドの仲間に入る物語なんです。舞台は80年代初頭なんですけど、この映画を観て、ふと思い出しましたね。本作とは反対側の視点から見たイギリスというか。
岡村:1980年代に入ると保守党のサッチャー政権が新自由主義のもと、民営化、規制緩和、富裕層の所得税引き下げなどで、イギリス社会はよりひどくなっていくじゃないですか。そこからポール・ウェラーとビリー・ブラッグによるレッド・ウェッジが誕生するわけですけど、割とそこまで含めて地続きだったのかなと今思えばそんな気がしますね。だから、この映画だけを切り離して捉えるのではなく、それより前の状況……クラプトンやロッドやボウイがそういう発言をしてしまうに至った背景や、そうしたビッグ・ネームたちに対抗する形でパンクが出てきたという状況、80年代のサッチャー政権以降の動きまでもを見据えてイギリスの若者の行動史として観るとより面白いんじゃないかと思います。
村尾:そう。この映画は、パンク・シーンを政治というアングルから見られるのが興味深いですね。RARがイギリス各地に広がっていく様子が紹介される時に、ギャング・オブ・フォーの「Dameged goods」がかかるじゃないですか。なんでかな、と思って調べると、彼らは地元のリーズでRARのギグに参加してたんです。マンチェスターのRARのギグにはバズコックスとかフォールが参加してたりもして、みんな大好きなバンドなんですけど、彼らのそういう一面はこれまで知らなかったんですよね。あと、トム・ロビンソン・バンドって、ちゃんと聴いてこなかったんですけど、この映画を見ると相当信頼されてたみたいですね。
岡村:トム・ロビンソンは本国と日本での評価とに開きがありますよね。この人の場合、ゲイであるということのマイノリティが大きなアイデンティティなので、当然RAR周辺と同調できたのだと思うのですけど、そう思うと、こうした運動家たちを支えてきたミュージシャンの音楽性は多様だったし思想も実は柔軟だった。そういう意味でも今こそこの作品に倣うことは多いと思うんです。今の状況にそのまま置き換えられるんじゃないかと。今は今で人種や性差を超えた多様性が求められる時代ですけど、30年……いやもっともっと前から現場では叫ばれていたわけですよね。その頃と何も変わっていない、とは言いたくないですけど、例えば現在の《C.R.A.C.》(人種差別主義者に抗議する団体)のような活動は連綿と続いているんですよね…。
村尾:RARはそういう運動のスタート地点のひとつとして、今振り返る必要がありますね。映画のクライマックスで描かれるヴィクトリア・パークのライヴのラインナップを見ると、女性ヴォーカルのパンク・バンド、X-レイ・スペックス、レゲエ・バンドのミスティ・イン・ルーツ、トム・ロビンソン・バンド、クラッシュとシャム69のセッションと実に多様。フェミニズム、LGBT、人種差別、いろんな問題を孕んでます。
岡村:シャム69はメンバーがスキンヘッドだったことから右寄りのイメージもあったバンドですけど、RARは歩み寄ろうとしていた。対話でちゃんと理解し合おうとしていたわけですよね。暴力ではなく同じ地球上に生きる人間どうし、話し合おうという姿勢を今こそ失ってはいけないと気づかされる映画です。ところで、村尾さんは、映画ライターでもあるので今は劇場で観られない、試写会も行われないという状況かと思います。音楽の現場ではライヴハウスやクラブに対する支援が行われていますし、小劇場や単館系映画館にもドネーションが行われていますが、音楽や映画に対して「なくてはならない」ではなく「生命維持装置だ」とまで言い切るドイツの文化大臣の言葉ではないですけど、今回のコロナのタイミングで、私は音楽や映画は無力どころか、大きな力を持ちえることを再確認させられました。この映画からもそれは伝わってきたと思っているんですが、いかがですか?
村尾:この映画と今では時代も状況も違うので、簡単に比較するのは難しいとは思うのですが、音楽やアートで社会を変えようとした人々がいて、その想いが少なからず社会を動かした、という事実には励まされました。ミニシアターを支援する《ミニシアター・エイド基金支援金》が予想をはるかに超えて2億円に迫っている(注:《ミニシアター・エイド基金》は、5/15に支援金3億3000万超にて終了。こちらの対談は5月上旬に行われました)。普段は映画館に行かなくなっていても、なくなると困ると思って人が多いことに気づかされました。スティーヴン・キングが「もし、あなたがアーティストは役立たずだと思うのなら、自宅で自粛している間、音楽や本、映画なしで過ごしてみれば」みたいなことを言ってましたが、文化は人を動かす大きな力になる、ということが映画から伝わってきました。
岡村:そうですね。そういえば、このルビカ・シャー監督はBBCでスパイク・リーのドキュメントも手がけています。(https://www.bbc.com/news/av/magazine-28028597/spike-lee-s-do-the-right-thing-celebrates-25-years-since-release) 文化が人を動かす大きな力になる……まさにその思想に対して筋金入りの女性なんですね!
<了>
Photograph by Syd Shelton
『白い暴動』
レンタル配信中(5/31(日)23:59まで)
配給:ツイン
出演:レッド・ソーンダズ、ロジャー・ハドル、ケイト・ウェブ、ザ・クラッシュ、トム・ロビンソン、シャム 69、スティール・パルス
監督:ルビカ・シャー
配信プラットフォーム(一部)
●アップリンク・クラウド→こちらから
●Amazonプライムビデオ→こちらから
●GYAO!ストア→こちらから
他
※価格は配信サービスによって異なる場合があります。詳しくは各配信サービスに確認ください。
※5/15から緊急事態宣言が解除になった以下の県の映画館でも上映再開。
岡山 : シネマクレール丸の内 5月15日(金)から
新潟 : ユナイテッド・シネマ新潟 5月15日(金)から
新潟 : 高田世界館 5月23日(土)から
宮城 : チネ・ラヴィータ 5月29日(金)から
熊本 : Denkikan 5月29日(金)から
Text By Yasuo MuraoShino Okamura