《The Notable Artist of 2023》
#7
Nick León
ラテン・サウンドを刷新するキー・パーソン
ロザリアの傑作『Motomami』に参加し、フランク・オーシャンのラジオに出演し、発表したEPはResident Advisorの「Tracks Of The Year」に選ばれ、さらには『Air Texture Ⅷ』『To Illustrate』『Homecore!: Miami All Stars』といったコンピレーションに立て続けに参加し……と、2022年のNick Leónの活躍ぶりはなかなかすごかったのですが、日本では詳細なレビューが出ることもなく、「名前だけは見たことあるけどどういうミュージシャンなのか?」と思っている人も多いのではないでしょうか。
Nick Leónは南フロリダ、マイアミ出身のDJ/プロデューサーで、その母方にコロンビア系のルーツを持っています。マイアミは、キューバ、プエルトリコ、コロンビアといったラテンアメリカ諸国からの移民が人口の70%以上を占め、看板では英語とスペイン語が併記されるようなラテンアメリカ文化が強い都市ですが、Nick Leónも母親や親戚の影響でサルサやレゲトンをはじめとしたラテン・ミュージックにもとから親しんでいたようです。
しかし、彼の名前が世に出たのはラテン・ミュージックを通してではなく、ロブ・バンクス「Pressure」(2015年)、デンゼル・カリー「ULT」(2016年)といった、当時ブレイクしつつあったRaider Klan周りのラッパーのプロデューサーとしてでした。制作時、彼はまだ高校生だったとのことです。
これらのトラックはクラウドラップ・マナーのダークかつ浮遊感のあるシンセや攻撃的なトラップ・ビートが印象に残るものですが、現在のNick Leónに見られるようなラテン・ミュージックの要素はありません。とはいえ、彼はもともとレゲトン以外にもサウスラップやトラップ、ダブステップ、IDMやフライング・ロータスなどのLAビートも好んで聴いていたとのことで、こうした過去は彼のミクスチャーな個性を見るうえで重要なのではないかと思われます。
このようにラップ・シーンでの一定の成功をおさめたにもかからず、Nick Leónはあまりそこに馴染めず、よりアーティスティックな形でビートを発表していくことに興味を持ったようです。そんななか、親戚からクアトロ(ラテンアメリカの弦楽器)やマリンバをもらったこともあって、よりルーツであるラテン音楽へと関心が向かっていきました。2016年の初アルバム『Profecia』はダブステップ~LAビートの影響を感じるビート作品ですが、そこには自ら演奏したクアトロやパーカッションが織り交ぜられ、独特な個性が発揮されています。
また同年の『Amazonic』では、ダンスホールとテクノを組み合わせた「Dissolve」のようなトラックが収録され、すでにその混淆的なスタイルが確立されていることがうかがえます。
次に彼のキャリアを見るうえで重要になるのは、《NAAFI》からリリースされたアルバム『Aguacero』(2020年)でしょう。《NAAFI》はデコンストラクテッド・クラブ/ポストクラブの流れを受けて2010年に創立されたメキシコのレーベルで、中南米のプロデューサーを中心としたクルー/コレクティヴです。その根本には“Ritmos Periféricos”(辺境のリズム)というコンセプトがあり、中南米のリズムと最新のエレクトロニック・ミュージックを融合させるスタイルは電子音楽シーンで異彩を放っていました。
こうしたレーベルのカラーとNick Leónの志向が相性良かったことは容易に想像できるのですが、そこから発表された『Aguacero』はそれまでのNick Leónの多様なスタイルがまとまったような集大成的作品となりました。トライバルかつ金属的な「Rayo」に始まり、ポリリズミックな「Aguacero」、民俗的な笛が印象的に使われる「Iguana Network」…と多様な楽曲が並びますが、その基調となるトーンは、放置されて蚕に巣くわれた工場を思わせるアートワークのとおりどこか近未来的かつダークなものです。
Bandcampの解説によれば、この作品は変質しつつある都市=マイアミをモチーフにしたものであり、都市の魅力であるはずの美しい海や温暖な気候に人間が脅かされていくイメージを捉えたものだといいます。Nick LeónはResident Advisorのインタビューでも気候変動の脅威について口にしていますが、マイアミはハリケーンや海面上昇、洪水といった気候変動リスクが大きな問題になっている街であり、そういったエコロジーの問題・テクノロジーと自然の関係などが、ラテン・リズム、笛、鳥や虫の声と不穏な電子音との結びつきによって表現されているといえるでしょう。
享楽的なイメージの強いマイアミという都市~ラテン・サウンドをこのように転換してみせるのはなかなか斬新で、鮮やかなイメージの塗り替え方だといえるのではないでしょうか。こうしたダークで緊張度の高いテクノ・サウンドとラテン音楽というコンビネーションはエレクトロ色の強い『FT060 EP』(2021年)、そして、ベネズエラのラプター・ハウス(チャンガ・トゥキ)のDJ、DJ Babaを迎えて絶賛を得た『Xtasis』(2022年)でも引き続いて見られる、彼の個性と言えるでしょう。
Nick Leónのスタイルはしばしば「ラテン・トライバル・テクノ」と評されるようですが、先に言ったとおり彼の音楽にはヒップホップ、ダブステップ、IDMなどの影響もあり、テクノだけに括れるものでもないような気がします。そのコンセプチュアルかつディストピア的なサウンドを聴いてわたしが想像するのは、これは音楽におけるラティーノフューチャリズム(ラテン未来主義)なのではないか……ということです。
Pファンクからデトロイト・テクノに至るアフロフューチャリズム的実践が“黒人音楽史”を読み替えさせたのと同じように、Nick Leónの近未来的なラテン・サウンドは、享楽的、肉感的、トロピカル……といった一面的なラテン・ミュージック観を刷新するものとなっています。むろんこれは彼一人がパイオニアというわけではなく、彼と共闘してきた《NAAFI》《TraTraTrax》といった先鋭的な中南米のレーベル、そしてDJ Python、Anthony Naples、Kelman Duran、FlorentinoといったDJたち、さらには彼らの大きなインスピレーションになっているであろうArcaの活動……などによって長らく推し進められてきたものといえるでしょう。
商業的には長らくメインストリームなのにもかかわらずどこか辺境的に扱われてきた感がなくもないラテン・ミュージックですが、こうしたレーベル/アーティストによる実践を経ていまではクリエイティヴ面でも“可能性の中心”となっているといえ、ロザリア、ビヨンセ、フランク・オーシャンのようなビッグ・アーティストたちが上記のラテン系プロデューサーに接近しているのはそうした認識の反映ともいえそうです。ラテン・ポップスの好調と連動しつつまだまだこうした創造的な動きは続きそうなので、そういう意味でも今後のNick Leónの活動には注目していきたいと思います。(吸い雲)
Text By SuimokuThe Notable Artist of 2023
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