《The Notable Artist of 2023》
#4
Kelman Duran
ドミニカから世界へ──流浪する注目のノマド
レゲトンという未だ起源のはっきりとし切らない音楽は、発祥から約3、40年が経ち、00~10年代にかけて世界的にポピュラリティを得た。10年代後半からは、J.バルヴィンやバッド・バニー、ロザリアといった新たな波が台頭しているが、それと同時にそのカウンター、アート的拡大解釈とも取れる動きがアンダーグラウンドで起こっている。その中核を担うのが、マイアミのDJ Python、マンチェスターのFlorentino、そして今最も注目すべきなのがKelman Duranだ。この3人はSangre Nuevaというユニットでも活動しており、それぞれディープハウスやUKベース、ダークアンビエントなど、他のジャンルへの造詣があり、レゲトンの新たな可能性を拡張している。
Kelman Duranの名が知れ渡ることとなったのは、昨年を代表する名盤であるビヨンセの『RENAISSANCE』のオープニング・トラック「I’M THAT GIRL」のプロデューサーに抜擢されたことがきっかけだろう。独特なフィルターのかかったボイスサンプルと、重厚なレゲトンのビートが印象的なこの曲は、彼の作家性を知るには最適な曲だ。
彼はドミニカ共和国に生を受け、アメリカへと移り住み、拠点を転々としながら活動する流浪の音楽家だ。ニッキー・ミナージュとは高校の同級生らしいので、現在40歳位。
彼のフットワークの軽さや、YouTubeやSoundcloudで多くの音源を残すスタンスは、ノマドのようだ。かつて、細野晴臣が自身の音楽を「ノマドミュージック」と名したが、彼はあらゆる意味でそれを地で行っている。
キャリアの初期からサンプリングを多用し、ビッグネームからマイナーな作家の音楽まで独自の感性で嗅ぎ分け、レゲトンやアンビエント、ダンス・ミュージック等様々なスタイルへと落とし込んできた。この10年間で積み重ねたミックステープは25本にも及び、彼はそれらを昨年発足した《Scorpio Red》という自身のレーベルで無料配信している。非常に彼らしいやり方だ。ちなみに、《Scorpio Red》はOnyやHolodecなど個性溢れるタレント達の作品も発信しており、注目されるべきレーベルだ。
この非営利的で自身の感性を優先するスタンスは、彼の音楽にも反映されている。彼の人となりを感じるエピソードとして、実はSNSを通して彼とやりとりをしたことがあるのだが、私が日本人だと知ると「日本と言えば広島や長野のカントリーサイドに行ったことがあるんだけど、素晴らしい場所だった。いつかその辺りで暮らすのが夢なんだ」と話してくれた。なんとも渋いチョイスだ。
彼の最新アルバム『Night In Tijuana』は、2013年頃にアメリカ国境近くにあるメキシコのティファナという旅先の街で過ごした強烈なイメージを、自身の内省を深めつつ7年程をかけて苦しみながら消化し、最大の製作期間をかけて作り上げた力作だ。ダークアンビエントとトライバルなビートが溶け合う一作で、そういったノマド的なスピリチュアリティが音を通して伝わってくる。
そんな彼の最新楽曲は、昨年末にYouTubeにアップされた「Loko」だ。「I’M THAT GIRL」のイントロで象徴的に使用されたボイスサンプル、あれは3年前に惜しくも亡くなったメンフィスの伝説的フィメール・ラッパー、Princess Lokoのラップだ。彼の新曲のタイトルからも分かるように、彼女へのトリビュートを込めた1曲で、再び大胆に彼女のラップをサンプリングしたラテン・テイストのIDMであり、彼の底知れない器量を思い知らされた。ギャスパー・ノエ映画を思い起こさせるMVと共に必見だ。
今後10年の音楽を占うものを考えた時に、メルクマールとなるのはフランク・オーシャンの皆が待ち望む新作で異論は無いだろう。最近ローンチされたフランク・オーシャンがホストを務める《Homer Radio》では、来る新作へのヒントが散らばめられていると思うのだが、そこでは多くのアンダーグラウンド・レゲトンがプレイされている。このシーンの注目株であるNick Leónがゲストの回では、Sangre Nuevaの「Hurt」がプレイされた。Kelman Duran、及びアンダーグラウンド・レゲトン・シーンがフックアップされ、脚光を浴びる未来を想像するのは難しくない。
Kelman Duran。彼の旅に幸多からんことを願う。(hiwatt)
Text By hiwattThe Notable Artist of 2023
【The Notable Artist of 2023】
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