映画『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』
快楽の側の恐怖
アメリカ本国でどうやらヒットしているらしいホラーとして、本作は話題の的だった。いわゆるティーン・ホラーの文脈に落とすことができそうな『トーク・トゥ・ミー』は、Z世代の高校生を主人公とする映画で、監督はYouTuberの双子兄弟。日本公開前からSNSの広告で目にする機会も多く、映画好きからそうでない人まで、同世代の友達でこの映画のことを口にする人は本当に多かった。「あの、今度公開する、なんか手のやつ」みたいな感じで。これは本当に大したことだと思う。結局日本ではそこまでの大ヒットに至っていないのが現実だが、この若者向け作品に対する期待が、しかるべきところから届いていた。それは決して《A24》の看板や、海外製ホラー映画の近年のムーヴのおかげだけでは無いと思うから。
© 2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australiaユニークな設定のキャッチーさと、派手ではなくとも目を引くようなダークなデザイン性は、この映画のプロモーションに大きく貢献しているだろう。そのことに大きく関係する形で、『トーク・トゥ・ミー』は独自のスタイルを築いている。
まず、この映画を見た多くの人が真っ先に思い出しそうな映画として2014年の『イット・フォローズ』が挙げられるだろう。デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督による同作は、セックスをするとその相手に乗り移り、その人を死に追い込む“何か”に翻弄される若者の姿を描いたホラーである。おそらくこの映画において主人公たちを追い詰める恐怖とは、若者のカジュアルなセックスにおける(多くの人がこの映画の“何か”を性病のメタファーとして捉えた)リスクや危機感であり、そうした象徴性を、80sホラーを想起させるような様式に持ち込んでいた。
まあ確かに、『イット・フォローズ』に比べて本作におけるジャンル・オマージュ度は低いと言える。例えば、現在公開中のもう一つのアメリカン・ホラー『サンクスギビング』(2023年)だって、『ハロウィン』(1978年)から『誕生日はもう来ない(原題:Happy Birthday to me)』(1981年)まで、かつての時代のスラッシャー・ムーヴィーのパロディをわかりやすく入れていて、そういった作品群と『トーク・トゥ・ミー』は対照的な場所にいるはずだ。しかし、『イット・フォローズ』のメタファーの入れ方とジャンル映画のアップデート感覚に関して言えば本作にも通じている。本作における、高校生たちを翻弄する降霊術は、あからさまにドラッグ・パーティーのメタファーになっているのだ。
ティーン・ホラーの現代的なアップデートとして、高い場所に到達しようとする『トーク・トゥ・ミー』の恐怖描写は、伝統的なJホラー的ショット(つまりは暗闇の中に目を凝らすと何かがいたり、遠目で景色の中に何かを捉えてしまったりするあれだ)にとどまらず、“若者の快楽的危うさ”をホラーとしてみせている。
© 2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australia © 2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australia物語に目を向けてみよう。主人公のミアは、最愛の母親を亡くしており、その死を受け入れられずにいる。そんな中、仲間内で流行している“降霊パーティー”に参加し始める中で、亡くなった母の霊にコンタクトしてしまったことで悪夢が始まる。
自殺やメンタルヘルスの問題。それとドラッグの関係性。いかにも現代らしいスタイルで、まさしく現代らしいモチーフを取り扱うこの作品は『ユーフォリア』(2019年)以降の映画とも言えるかもしれない。
© 2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australia一方で、私はこの映画を見ている間、リル・ピープやXXXテンタシオンのことを思い出さずにはいられなかった。リル・ピープ『HELLBOY』(2016年)が荒れたサウンドで映したのは、ドラッグ依存と希死念慮、依存的対人関係とトラウマである。つまり酷い鬱病と快楽に溺れる若者の姿がそこにはあった。2010年代後半に一つの潮流を示したエモ・ラップとはこうした音楽たちだった。この映画におけるダークな世界観(ソリッドな照明が映画の格を上げる)の正体は、そこにあるとさえ思う。劇中で使用されるジュース・ワールドやザ・キッド・ラロイの曲だって、彼らの音楽と全くもって無関係では無い。そういった音楽たちがリアルな切実さを持って歌われていたことは明らかだが、彼らが音楽に刻んでいた、真隣のものとしての死と快楽を、『トーク・トゥ・ミー』は鮮烈にホラー・ジャンルとして映像化している。
『トーク・トゥ・ミー』の死の予感は快楽と切り離せない。少なくとも私は、リル・ピープ、XXXテンタシオン、ジュース・ワールドもみんな“向こう側の世界”にいってしまった現実を生きている身として軽く動揺した。なぜなら、クライマックス、視点が切り替わり、アトラクションのようにドライヴしていきながら、観客を“向こう側”に連れていく様は、まさしく“怖がるべき高揚”を、見事に携えているのだ。(市川タツキ)
Text By Tatsuki Ichikawa
『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』
全国公開中
監督:ダニー・フィリッポウ&マイケル・フィリッポウ
出演:ソフィー・ワイルド、アレクサンドラ・ジェンセン、ジョー・バード
配給:ギャガ
PG12
公式サイト
https://gaga.ne.jp/talktome/