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「繰り返さないこと」── スクイッドの音楽が高い実験性と爆発的なエネルギーを共存させる理由

25 October 2022 | By Shoya Takahashi

ブライトン出身、現在はロンドンを拠点に活動する5人組バンド、スクイッド。昨年《Warp》からリリースされたデビュー・アルバム『Bright Green Field』(2021年5月)は全英チャート4位。商業的な評価だけでなく批評筋からもリスナーからも絶賛を集め、理想的な形でキャリアを進めていると言えよう。このアルバムは、彼らのバックグラウンドを蒸留し、ライヴのエネルギーをスタジオで表現する意識で制作されたそう。今年の8月には《サマーソニック》で初来日を果たしており、日本のオーディエンスも彼らの表現する狂騒や爆発力を存分に体感できたのではないだろうか。

作品をつくる=空気をパッケージすること

「ツアーが始まって新しい曲をやってるけど、アルバムを振り返ると“あの時はこうだったな”とか、当時から現在までのバンドの進化みたいなものも実感できる」。そう語るのは、Louis Borlase(Ba/Gt)である。アルバムからは既に1年が経過しているが、本人達にとってそれは当時を振り返るドキュメントとなっているようだ。

彼らの作品が、当時のバンドの状態やライヴの力強さを忠実にパッケージしているのは、プロデューサーのダン・キャリーの働きによるものでもあるよう。ダンは今年だけでもブラック・ミディ、ウェット・レッグ、ケイ・テンペスト、ハニーグレイズなどを手掛け、プロデューサーとして八面六臂の活躍中のUKシーン最重要人物の一人。スクイッドも初期のEPは彼のレーベル《Speedy Wunderground》からリリースしており、以降もプロデューサーとして手を組み続けている。

「僕ら5人は作業をガチっと固まってやるし、そこに外からどう介入してくるかって、実はプロデューサーとしてすごく問われる部分だと思う。そこでダンは、ズカズカ踏み入れてくるんじゃなくて部屋の空気を重要視するってのがすごくできる人」と、Anton Pearson(Gt)は語っている。学生時代の友人という間柄からスタートしたメンバー5人の関係性と、バンドの実験的なアイディアを尊重すること。そして、コンセプトやアイディアを構築しつつも「部屋の空気」=遊びのようなものを残すことが、結果としてバンドの雰囲気やライヴ感のパッケージに成功している要因なのだろう。

特定のコネクションを持たないバンド

近年ではサウス・ロンドンのシーンを筆頭に、個々の都市に根差した現場の中で、アーティストが互いに影響を及ぼし合うようなシーンの在り方が一般化しているように思う。スクイッドのデビュー作にもブラック・カントリー・ニュー・ロード(BCNR)のルイス・エヴァンスや、エマ=ジーン・サックレイが参加しているが、彼らはアーティスト同士でどのような関係や親交を持っているのか。

「あまりオープンにいろんな人と一緒にやる感じじゃないかも。バンドの中に既に5人もいて事足りてるし。敢えて誰かとやるとしたら、(ルイスやエマのように)偶発的な出会いとか、すごく腕の良い人や尊敬する人がいれば声をかけてって感じかな」(Louis)。先述のように5人が、音楽以前に友人としてのこなれた関係性を持っているということは、彼らの音楽にとって大きな意味がある。それに、仕事のパートナーからスタートしたが、現在となっては友人関係にもなっている、ダン・キャリーという仲間までいる。音楽において「空気」をもっとも大事にしている彼らだからこそ、コラボレーターの存在は、少なくとも今のところは必要ない(「事足りてる」)のである。

また彼らはBCNRやブラック・ミディ、ドライ・クリーニングと並んで、「サウス・ロンドン」の「ポストパンク・バンド」として語られる傾向が多いように感じる。往々にしてそういった、メディアやリスナーによるやや安易なタグ付けは好まれないことも多い。スクイッドもまた、自身がそうした“特定したがる”傾向には無関心なようだ。出身も結成後しばらくの活動拠点もブライトンで、さらにシーンにおいてもあまり交流をオープンにしないで、自分たちだけで自由に音楽を作り上げてきたスクイッド。外部からの見立てに比べれば、サウス・ロンドンという都市に直接のコネクションはさほど感じていないそう。

「僕らは一緒になって音楽を作る、それだけなんだ。そこに“どういうもの”という概念が加わっちゃうと、カウンタプロダクティヴになる=生産性に悪い影響を及ぼすと思う」(Anton)。その場の空気を重視する、気心の知れたメンバー内で完結してしまえる関係性というのは、“制約の無さ”こそが彼らの原動力になっているということではないだろうか。都市やジャンルの名前で音楽の形式を想像する行為は、(彼らの音楽のパワーを奪うとは言わずとも、)少なくとも彼らの思想には合わないのだろう。

繰り返さないこと

上述のポストパンクに関する話題に対して、Antonはこう続けていた。「自分たちの音楽が何なのかみたいな話はしないよ。他人が何をやっているかは意識しないで、自分たちがやったことの繰り返しになってたらそれを避けるってことだけ意識してる」。この“繰り返しを避ける”というのは、スクイッドの音楽に対する姿勢として、もっとも大切なことであるようだ。

なるほど彼らの音楽を振り返ってみると、ヴァース/コーラスの区別がぼかされ、曲調が二転三転して進んでいく、一筆書きのようなソングライティングが特徴である。インプロが彼らの作曲のキーにもなっていることもあってか、楽曲には「Narrator」や「Pamphlets」のように7、8分台のものもあるにも関わらず、同じパートが2回以上登場しない場合がほとんどである。彼らの音楽に対するアティチュードである、自分たちが一度やったことを繰り返さないというのは、具体的なアウトプットにも表れているのである。

また先ほどのジャンル名に括られることへの反発についても、特定のジャンルに特定する=過去の何かと同一化することは、歴史の“繰り返し”になることを避けていると言えよう。彼らのアティチュードは終始一貫している。

社会のムードへの“アブストラクト”な表明

スクイッドの音楽に通底している不協和音や不穏なムード。筆者はどこかのインタビューで、これは不安定な情勢に対する政治的意志だったり、都市のムードを反映しているのだと話しているのを読んだ。大企業とビジネスマンの描写から階級社会を炙り出す「G.S.K」や、離人症や現実感喪失を発症した男を描く「Narrotor」など、歌詞そのものからも常に不穏感が付きまとう。

「政治とかへの問題意識をどうやって曲で表現したら良いんだろうみたいなことを話し合ったりはしないよ」(Anton)。「ビョークがブレグジットの曲歌ったよね。ああいう直接的に歌ってしまうのって、僕らには逆につまんないじゃん。もうちょっとアブストラクトに、ちょっと面白おかしく、ストーリーで伝えるのが僕らなのかな。オブラートに包んでいった方が、変な批判に晒されることもないだろうしね(笑)」(Louis)。彼らのメタファーやアイロニーを交えたような歌詞は、直接的な批判は含まない。そうしたウィットを感じさせるようなリリシズムは彼らに限らず、今年で言えばヤード・アクトなどイギリスのアーティストに見られる傾向だと思う。ここでもちょっと“遊び”を残しておくのが、奔放であるがままの彼らのやり方なのだ。

直接的な問題意識の提示は避け、外部からの価値観や政治的意志の判断・限定は華麗にかわす。音楽的にもアティチュード的にも、同じことを繰り返さない彼らは、つかみどころがないという言い方もできるかもしれない。しかしだからこそスクイッドの音楽の実験性は担保されているし、ライヴや作品のエネルギーは失われることがない。アルバムのリリース後は、ビル・キャラハンのカヴァー「America!」(2021年11月)をシングル発表していた他はリリースは落ち着いている状態である。早く次のリリースをと待ち遠しい気持ちもあるが、それよりも彼らの自由なクリエイティビティと、外部の期待や限定的な視線を一切意識しない彼らのアティチュードを信頼して、今は気長に次のニュースを待とうと思う。(髙橋翔哉)

Top Photo by Holly Whitaker

Photo by Kyohei Hattori

   

Text By Shoya Takahashi


Squid

Bright Green Field

LABEL : Warp
RELEASE DATE : 2021.05.11


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Tower Records / HMV / Amazon / iTunes


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