Back

【未来は懐かしい】
Vol.54
アフロ・ビートの胸騒ぎと、ポスト・パンクの気配
ナイジェリアの伝説的姉妹デュオによる同時代的ポップの輝き

15 October 2024 | By Yuji Shibasaki

リジャドゥ・シスターズは、ナイジェリア第三の都市イバダンに生まれた双子の姉妹、ケヒンデとタイウォによるデュオだ。子供の頃から共に音楽活動を行ってきた彼女たちは、セッション・ヴォーカリストとしてのキャリアを積んだ後、1969年にデビュー・アルバムをリリースする。1970年代半ばには現地デッカ傘下の《Afrodisia》に移籍し、1979年にかけて、計4枚のアルバムを残している。

アフロ・ビート全般に明るい読者であれば、《STRUT》や《SOUND WAY》、《SOUL JAZZ》といった目利きレーベルから過去に発売されたコンピレーション・アルバムを通じて、彼女たちの名前にも馴染みがあるかもしれない。また、2014年には、デーモン・アルバーンやデヴィッド・バーン、ホット・チップのアレックス・テイラーらとともに、ナイジェリアのスター=ウィリアム・オニーバーへのトリビュートに参加していたので、そちらの企画を通じて名前をご存知の方もいるだろう。また、1980年代はあのキング・サニー・アデとの共演を重ねていたこともあり、ベテランのワールド・ミュージック・ファンにも多少はその名が知られているはずだ。

『Horizon Unlimited』は、上記《Afrodisia》での最終作(1979年オリジナル発売)で、2012年に米《Knitting Factory》によって復刻されて以来、今回が久々の再登場となる。彼女たちはあのフェラ・クティの従姉妹にあたり、その音楽性も、フェラ同様にアフロ・ビートを基軸としつつハイライフやジュジュ・ミュージックの要素を取り入れた幅広いものだ。同時期に一斉を風靡していたディスコ・ミュージックからの影響も含め、本作でもそうしたハイブリッドなサウンドが全編で展開されている。反復ビート、パーカッション各種を伴ったソリッドなリズム隊、コンボ編成によるキビキビとした演奏、シンセサイザーの目立った使用は、この時期のコンテンポラリーなアフロ・ポップならではの魅力を鮮やかに伝えており、同時に、彼女たちの表現がいかに「グローカル」な射程を持っていたかを教えてくれる。

ところで、アフロ・ビーツ等の現況をはじめ、様々な形で西アフリカ地域のポップ・ミュージックの盛況ぶりが各種の音楽メディアを通じて報じられている昨今、それらの記事のいくつかでは、ナイジェリアの社会に今もなお強固な男女間の不平等が存在していることが度々指摘されてきた。例えば、シンガーのティワ・サヴェージを筆頭に、そうした情勢の中にあって苦心を重ねながら自律的なアーティスト活動を繰り広げている女性たちが多く存在することも、近年になって繰り返し伝えられている。

そのような視点から振り返ってみると、リジャドゥ・シスターズの存在の重要性が更によく理解できるだろう。1970年代という時代、つまり現在よりも遥かに強固な偏見が蔓延していた当時のナイジェリアにあって、姉妹デュオという極めて珍しい形態でカウンター的なアーティスト活動を行っていた先駆者が、彼女たちなのである。

1976年のアルバム『Danger』に収録されていたタイトル曲をはじめとして、その楽曲はしばしば時の政権や既存の権威の欺瞞と矛盾を鋭く突くものであった。本作収録の強力なアフロ・ビート・トラック「Orere Elejigbo」も、まさにそうした戦闘性を前面に押し出した曲だ。ここでは、ストリートで起きている諸問題の告発と、戦いへの鼓舞、支配層へのメッセージが歌われているのだ。そうしたメッセージは、従兄弟であるフェラ・クティの発したそれとももちろん重なり合うものだが、繰り返し述べるなら、このよううな音楽的闘争を当時の社会情勢にあって女性アーティストが主体的に行っていたという事実こそが、幾重にも意義深いといえる。

一般に、アフロ・ポップの魅力を論じるにあたって「西洋音楽との類似」へと過剰にフォーカスし、そこに一種の歴史ロマンを見出そうとするのは、ともすると西洋中心主義的な姿勢と受け取られかねないだろう。実際、そうした「眼鏡」を通じてあらゆる事象を見通そうとするのを自制すべきなのは間違いのないところだ。しかし、上述のようにフェミニズムの視点を経由してみれば、彼女たちの音楽に、それでもなお同時代のポスト・パンク・カルチャーとの興味深いシンクロニシティが刻まれていると指摘するのは、意味のないことではないだろう。

現代のリスナーたちが本作『Horizon Unlimited』を聴いて直感的に感じとるだろうポスト・パンク的な躍動感や生命力は、単なる外形的な類似性という以上に、より根源的なレベルでの共鳴によってもたらされているのかもしれない。もしあなたがこのアルバムの響きに、スリッツやレインコーツ、ブッシュ・テトラズ、ESGなどの女性ポスト・パンク・グループが旧来の音楽産業や既存社会へと投げつけたものに接した時と同様の胸騒ぎを感じるのだとしたら、その胸騒ぎは、できるだけ大切に育むべき類のものだろう。

かつて英《Guardian》紙は、彼女たちをこう評した──「ファンクによってエリートと戦ったナイジェリア人姉妹」。『Horizon Unlimited』に刻まれた刺激的なサウンドを大音量で聴いていると、同センテンス中の「ファンク」が「パンク」に置き換わったとしても、私にはそこまで不自然には感じられない。(柴崎祐二)


Text By Yuji Shibasaki


Lijadu Sisters

『Horizon Unlimited』


2024年 / Numero


購入はこちら
disk union


柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


過去記事(画像をクリックすると一覧ページに飛べます)


1 2 3 73