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【未来は懐かしい】
Vol.41
1970年代アメリカン・ロックの至宝
リトル・フィート『Dixie Chicken』
その多面的な魅力へ迫る

15 August 2023 | By Yuji Shibasaki

米ロサンゼルスのレジェンド、リトル・フィートの黄金期は、1973年1月リリースの本作『Dixie Chicken』からはじまった。ギター/ヴォーカルのローウェル・ジョージ、ベースのロイ・エストラーダ、ドラムのリッチー・ヘイワードらフラック・ザッパの周辺で活動していたミュージシャンに、ピアノのビル・ペインが加わる形で始動した彼らは、1970年のファースト・アルバム(『Little Feat』)を皮切りに、ブルース、R&B、カントリー等のルーツ・ミュージックに根ざしたバンドとして、LAのシーン内で徐々に評判を上げていった。商業的な成功とは縁遠かったが、その作曲能力や演奏力は界隈のミュージシャン達から厚い支持を受け、ライヴ・アクトとしても高い評価を確立していった。

転機が訪れたのは、セカンド・アルバム『Sailin’ Shoes』のリリースを経た1972年だった。セカンド・ギタリストのポール・バレアが加入したのに加え、オリジナル・メンバーのエストラーダの脱退を受け、デラニー&ボニー等で活動していたニューオリンズ出身のクレオール、ケニー・グラッドニーが新ベーシストとして迎えられた。さらには、彼の盟友であるルイジアナ出身のコンガ奏者、サム・クレイトンがメンバーに加わり、新生リトル・フィートが始動したのだ。

この新体制は、バンドのサウンドを劇的に活性化させた。『Sailin’ Shoes』でも片鱗を見せていたタメのあるリズム・アンサンブルが、ニューオリンズR&Bやラテン音楽の要素を汲み入れることで大幅に深化し、立体的で、色彩豊かなものへと変貌したのだ。

その昔から「ロック名盤100選」的な企画の常連であった本作は、ある意味でその評価が盤石なものとして定着「しすぎている」ゆえだろうか、近年ではかえって(特に若い音楽ファンから)積極的に聴かれなくなってしまっているようにも思う。しかし、改めてその中身を解きほぐしながら聴いてみると、「ロック・バンドのアンサンブル」にしか宿り得ないマジカルな魅力が隅々まで敷き詰められた、類稀な傑作であることを確信させられる。

そういう意味で、発売から50年を経てリリースされた今回の『Dixie Chicken(Deluxe Edition)』は、その内容をじっくりと味わい直すにあたって、最適のアイテムといえる。

Disc1には、2023年版の最新マスタリング音源が収められている。旧版CDもわりあい優秀なマスタリングが施されていたため、劇的な音質向上に度肝を抜かれるといった類のものではいが、実直かつ高精細で、とても聴きやすい。このあたり、オリジナルの録音/ミックスの良さも再確認させてくれる。ファースト・アルバムにおけるやや貧弱な音質と比較してみると、たった2〜3年のうちにスタジオワーク集団として飛躍的な成長を遂げていることを思い知らされるだろう。

何と言っても、本作の充実ぶりはタイトル曲に象徴されている。グラッドニーのシンプルなベース、クレイトンのコンガ、絶妙にシンコペートするヘイワードのドラムの絡み合いには、「生で楽器を鳴らすこと」の興奮、喜び、緊張がいっぱいにみなぎっている。そこへペインの軽快なピアノとジョージの野太いスライド・ギターと塩辛いヴォーカルが絡みつき、それぞれが互いを煽るように細かなリズムニュアンスを刻み込んでいく。ザ・バンドを筆頭に、ニューオリンズR&Bをロック・アンサンブルに取り入れた例は既にあるにはあったわけだが、フィートの場合、そこへ更にロサンジェルスのバンドならではの洗練味と開放感をがんがん注ぎ込んでいく。改めて大音量で聞くと、あまりの快楽性にちょっと慄いてしまうほどだ。

続く「Two Trains」も珠玉の一曲。ウーリッツァーとワウを効かせたギターが同時代の最新ソウル・ミュージックの薫りを運び込みつつ、リズムはやはりニューオリンズ風。非常にスケールの大きな、天晴れのごとく開放的な曲なのだが、かといって、いわゆる「スタジアムロック」風の大味には絶対に流れず、あくまでジュークジョイント的な親密感を手放さないところが魅力だ。1972年当時、ロサンジェルスに乗り込んでサード・アルバムを制作中だったはっぴいえんどがこの曲のレコーディングを見学し、強烈に刺激されたという話は、ファンならよくご存知だろう(アルバム『HAPPY END』には、ジョージとペインが参加している)。 ニューオリンズ繋がりでいうと、アラン・トゥーサン作「On Your Way Down」のカヴァーも素晴らしい。どっしりとヘヴィーな演奏を聴かせる一方、決して鈍重という感じではなく、全体に軽やかな浮遊感が漂っているのがいい。

こうした感覚は、リトル・フィートの音楽を現在のリスニング感覚と接続するにあたって、もっとも有効な要素になるかもしれない。ローウェル・ジョージは、そのプレイからも明らかな通り、なによりもまずブルースやR&Bを大きな影響元として自らの音楽性を磨き上げてきたミュージシャンだが、一方で、後期ジョン・コルトレーンらのスピリチュアル志向のジャズや、ラヴィ・シャンカールらのインド古典音楽にも強い関心を寄せ、果ては日本の尺八の演奏にも親しんできた経歴を持つ。そのため、彼のギタープレイや作曲には、モーダルな感覚や、西洋音階から逸脱したスケールが現れることも稀でない。

スティーヴィー・ワンダーのシンセサイザー・オペレーターとして名を上げていたマルコム・セシルが参加した「Kiss It Off」は、彼のそういった一面が目立って表出した曲だろう。ミルトン・ホランドの叩くタブラを伴ったこの曲は、ある意味、その後のニューエイジやワールド・ミュージック・ブームを大幅に先取りしたものとすら言えそうだ。

このような「非ロック」的な演奏は、「Juliette」でも聴ける。ここでジョージはなんとフルートを披露しているのだが、まずはその腕前の達者ぶりに驚かされる。しかし、何より興味深いのは、その曲調だ。決して複雑なコード・プログレッションではないが、ビル・ペインのピアノが主導するハーモニーには、かすかなウェストコースト・ジャズ風味が染み込んでいる。また、大サビや間奏の展開は同時代に勃興を迎えていたクロスオーバー風でもある。同様の傾向は、アルバムのラストに置かれたインスト曲「Lafayette Railroad」にも指摘できるだろう。各楽器のトーンとそこからにじみ出る色彩感を巧みに用いた抑制された演奏は、ある種、クールジャズ的ともいえる。

余談として述べておくと、この時期のリトル・フィートとジャズの近接には、実作上の成果がある。ウェストコースト・ジャズの大御所ドラマー、チコ・ハミルトンが1973年に《Stax》からリリースしたアルバム、『The Master』がそれだ。

同作には、ヘイワード以外のリトル・フィートの全メンバーが参加し、ほとんど共同名義のアルバムといっていいほど縦横無尽に活躍している。彼らの腕前が冴えわたったジャズ・ロック色の強いジャムが味わえる本作だが、特に注目したいのが、「Gengis」という曲である。

ビル・ペインのコード弾きのエレピ、長いサステインを絶妙にコントロールするジョージのスライド・ギター、グラッドニーのミニマルなベースとクレイトンのコンガが、極上の浮遊感を演出する、まったくもってアンビエント・ジャズ的な内容なのだ。この曲の「今っぽさ」には、相当驚かされるはずだ。リトル・フィート=暑苦しいアメリカン・ロック・バンド、という先入観を持っている方にこそ、是非とも聞いてもらいたい隠れ名演だ。

話を戻そう。本作のは他にも、ローリング・ストーンズ風のルースな「Walkin All Night」、ニューオリンズR&Bにメキシコ音楽やチカーノ・ソウルの要素を盛り込んだ「Fat Man in the Bathtub」など聞き物だらけなのだが、是非言及しておきたいのが、後にバンド・メンバーに加わるフレッド・タケット作による小気味よい「Fool Yourself」と、アコースティックな小品、「Roll Um Easy」だ。アルバム全編に渡って素晴らしいヴォーカルを聴かせているジョージだが、中でもこの2曲での巧みな歌いぶりはどうだろう。

「Fool Yourself」におけるさらりとした歌い口を聴けば、彼がただパワーで押し切るタイプの「ヴォーカリストも兼ねたギタリスト」ではないことが分かるだろう。特に、絶妙の高音コントロールとフェイクを聴かせるヴァース部は、聴く度にため息が漏れてしまう。

同じくミドルボイスを駆使した「Roll Um Easy」における情感を込めた歌唱も感動的だ。有り体な言い方になってしまうが、ローウェル・ジョージという一人の青年の息遣いや体温が伝わってくるような名唱だ。

加えて、こうした細やかなヴォーカル表現に接すると、ローウェル・ジョージという人が、豪放なミュージシャンとしてのイメージの傍らで、アレン・ギンズバーグやヒューバート・セルビー・ジュニアを愛読し、カール・サンドバーグの詩を愛する熱心な文学青年でもあったという事実が思い出されるのだった。そう、リトル・フィートの音楽は、その歌詞が優れているというのも、是非覚えておきたい。アメリカーナの古層に、ビート、サイケデリックカルチャーを織り交ぜ、ときにスピリチュアリティを接続して「現代アメリカと(その周辺)の(心象)風景」を浮かび上がらせたジョージの映像的な言語感覚は、例えば、モンテ・ヘルマンやポール・トーマス・アンダーソンなどの鬼才映像作家に列せられるような、すぐれてイマジナティヴなものだと思う。

最後に、Disc2の内容も簡単に紹介しておこう。前半の「Two Trains(Demo)」から「Dixie Chicken(Alternate Version)」までがアウトテイクとレアトラックとなる(5曲が初出)。それぞれ、各曲の成立過程を追体験できるすぐれたものだが、中でもやはり、リズムボックスを用いた「Two Trains(Demo)」と「Fat Man in the Bathtub(Demo)」が面白い。リズムがスクエアなぶん、ジョージがいかに巧みにシンコペーションを用いながら演奏を組み立てているのかがよくわかる。後半の⑩〜⑯は、アルバム発売から数カ月後の1973年4月、マサチューセッツ州ボストンポールズモールで収録された未発表ライヴ音源だ。『Dixie Chicken』収録曲はもちろんのこと、「Got No Shadow」、「Willin’」、「A Apolitical Blues」という『Sailin’ Shoes』収録曲が新編成のもとで披露されており、その演奏の変化にも興味をそそられる。(柴崎祐二)

Text By Yuji Shibasaki


Little Feat

『Dixie Chicken』


1973年 / Warner Bros.


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