【未来は懐かしい】
Vol.40
未発表コンサート音源に聴く、キャロル・キングの先端性とハイブリディティ
1960年代前半、ブリルビルディング発のティーンポップの世界で大成功を収めた天才作曲家から、1970年代初頭、移住先のロスアンゼルスで自然体の歌を紡いだ成熟したシンガーソングライターへ。それは、「Will You Love Me Tomorrow?」と恋人へ問うティーンエイジャーの純真を経て、一人の「アーティスト」として大地に根を張って生きる「ナチュラル・ウーマン」へと至る道。
キャロル・キングの歩みを振り返ると、そこには、ロマンティック・ラブ・イデオロギーへと身を浸す多感な少女時代を終え、子供を持ち、自立と自律を希求する「大人の女性」へと歩んでいったあの時代(1960年代から1970年代)における多くのアメリカ(白人)女性達の姿が自然と重なってくる。きらびやかな消費文化に湧いた「アメリカの純真」としての1950年代後半〜1960年代前半。ビートルズの襲来とロックの産声。ベトナム戦争の激化と、反体制運動の高揚。「愛と平和」の季節とその挫折。自然と「個」への回帰。ウーマンリブと第2波フェミニズム。ブラック・パワー運動の上昇と混迷。その穏やかな表情、柔和(そう)な音楽とは裏腹に、彼女の歩みにはいつでも時代の声がはっきりと響いていた。一人の女性が「個」を歌うことが避け難く社会的な意義を持っていた(今もなおそうだが)時代の先頭を、キャロル・キングはあの柔らかな微笑みを湛えながらひた走っていた。
シンガーソングライター期のキャロル・キングといえば、何はなくとも『Tapestry(つづれおり)』(1971年)を聴かねば始まらない、ということになっている。音楽的な達成という意味でもそれはおそらく正しいし、上に述べたような意味合いにおいても、同作が最も重要であるのは間違いない。しかし、いつからか、『Tapestry』ばかりが称揚の対象とされ過ぎることによって、その前後の音楽的実践が過小に見積もられてきたのもまた事実ではなかったか。
バンド、ザ・シティとしてのデビュー(1968年)を起点として、『Writer』(1970年)、『Tapestry』、『Music』(1971年)、『Rhymes&Reasons(喜びは悲しみの後に)』(1972年)、『Fantasy』(1973年)へと続く前後数年間は、彼女の音楽人生において最も多産で、かつ多彩な表現に取り組んだ充実の時代だった。個人的にはそのどれもが『Tapestry』に勝るとも劣らないと考えているが、中でも1973年発表の『Fantasy』は是非今こそ広く聴かれるべき名盤だと思う。アレサ・フランクリンやアイズレー・ブラザーズ、ダニー・ハサウェイとのつながりをはじめ、かねてよりソウル・ミュージックとの接点を持ってきた彼女が、いよいよ本格的にそうした路線へと漕ぎ出した一作であり、人種差別等の社会問題への批判的意識を内在化したいわゆる「ニューソウル」と最もダイナミックに共鳴した作品でもある。
デヴィッド・T・ウォーカー(ギター)、ハーヴィー・メイソン(ドラム)、ボビー・ホール(パーカッション)、トム・スコット(サックス)らのジャズ〜ソウル系の名手を迎え、かつてなくしなやかなグルーヴとメロウな感覚を全面に押し出した内容で、かつてここ日本では「フリー・ソウル」の文脈からも愛された一作だ。
今回リリースされた『Home Again(ホーム・アゲイン:ライヴ・フロム・セントラル・パーク 1973)』は、その『Fantasy』発表直前となる1973年5月、ニューヨーク市のセントラルパーク内の《Great Lawn》で行われたフリーコンサートを収録した発掘ライヴ作品だ。約10万人という超大観衆を前にした本コンサートは、『Fantasy』のツアーの皮切り公演であったとともに、幼い頃からニューヨークで育った彼女にとっては凱旋公演としての意味も持っていた。
この音源は、元々発売を前提として映像とともに収録されていたというが、結局それらの素材は日の目を見ることなく、約50年に渡ってお蔵入りしていた。ところが、昨年2022年にジャック・ホワイト主宰の《Third Man Records》からLP+7インチ+DVDというフォーマットで限定リリースされると大きな話題となり、いよいよこの度一般発売が叶った。
全体で一時間ほどのパフォーマンスが収録されている本作だが、その構成は前後半に分かれている。1〜7曲目は、主に『Tapestry』からの曲を中心としたピアノ弾き語りだ。大観衆を目の前にしてやや緊張が感じられるパフォーマンスで、彼女の息遣いにも静かな高揚感が感じられる。一曲ごとに起こる大歓声は、彼女の歌が当時の人々の間にいかに深く浸透していたのかを物語っている。
注目したいのが、『Fantasy』発売に先行して披露された後半8〜17曲目だ。前述のデヴィッド・T・ウォーカー、チャールズ・ラーキー、ハーヴィー・メイソン、ボビー・ホール、トム・スコットなどの『Fantasy』録音メンバーにクラレンス・マクドナルド(ピアノ)が加わった編成で、スタジオ版で聴けるのと同様、グルーヴ感溢れるファンキーでメロウな演奏を堪能できる。録音直後のライブということもあって、練度の高い引き締まったアンサンブルも実に見事なものだ。ソウル〜フュージョン・ファンから絶対の信頼を置かれるミュージシャン達の演奏だけあって、まったく危なげなく、ある種の余裕すら漂っている。あらゆるソウル系ギタリストに影響を与えていると言っても過言ではないウォーカーの個性的なプレイはもちろん、メイソンの闊達なドラミングにも改めて驚かされる。このあたり、同時発売された映像版も是非チェックしてほしい。超大観衆を前にしての悠々たる演奏ぶりに畏敬の念を抱くこと必至だ。
加えて、当時キングの私生活のパートナーでもあったチャールズ・ラーキーのベース・プレイにも注目だ。ザ・シティ時代から息のあったプレイを聴かせていた両者だが、この強靭なミュージシャン連の中にあっても絶妙のツーカーぶりをみせつける。メロディックで繊細なラーキーのフレージングは、リー・スクラーやチャック・レイニー、そして細野晴臣のファンにも是非注意深く聴いてみてほしい。
ちなみに、バンマスを務めているデヴィッド・T・ウォーカーは、同時期にキングの所属するルー・アドラー主宰の《Ode》からソロ・アルバムをリリースしており、これがまた大変素晴らしい内容だ。その作品『Press On』(1973年)は、参加メンバーも本作とほぼ同じで、キーボーディストとしてキングも参加している上、キング作の名曲「Brother, Brother」のカヴァーも収めている。こちらも併せて聴いてみてほしい。
実をいえば、このコンサート直後にリリースされた『Fantasy』は、キングの同時期作に比べると売上的にも評価的にも芳しくない結果に終わった。おそらくはより「アコースティック」なものを求めた既存ファンの嗜好とすれ違ってしまったことが原因だと思うが、このライヴ盤を聴くと、初披露であるはずの各曲に対してニューヨークの観客たちはかなり沸き立っているようにも感じられる。
この後1970年代半ばから後半にかけて、ロック・シーンは急速にソウルやジャズへ接近していくわけだが、そう考えると、『Fantasy』およびこのコンサートで披露された演奏は明らかに時代を先取りしていた。そう考えれば、『Fantasy』が後になってから徐々に評価を上げていったのも理解がいくところだ。
キャロル・キングは、その親しみやすい笑顔と温もりに満ちた歌声とともに、様々な面における鋭敏な感性と類まれな実践力、そして、時代への深い洞察力を備えたシンガーソングライターである。ティーンポップの作曲家、あるいは『Tapestry』の作り手としての評価にとどまらず、キャロル・キングの長いキャリアを振り返る試みがこれから本格化してくことを、一人のファンとして願っている。(柴崎祐二)
Text By Yuji Shibasaki
柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】
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