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【未来は懐かしい】Vol.13
故・中村とうよう氏による《オーディブック》から、
今こそ聴きたいカリプソ音楽の編集盤が再登場

23 September 2020 | By Yuji Shibasaki

音楽評論家の故・中村とうようによるレーベル《オーディブック》より1989年にリリースされたコンピレーション・アルバム『ゴールデン・イヤーズ・オブ・カリプソ 2』が、この度数量限定で再発売となった。

《オーディブック》といえば、中村氏の深い見識と審美眼によってセレクトされた世界中の様々なルーツ・ミュージックを、氏を中心とした優れた解説(ブック)とともに編纂しリリースしてきたレーベルであり、各作品とも、リアルタイムのレーベル活動期間中における高い注目度はもとより、現在に渡るまでコアなファンからの厚い支持を誇ることで知られている。埋もれていた貴重な作品を掘り起こし、選曲の妙とテキストの力によって新たな歴史観を提示するかのような一貫した姿勢は、通常のリイシュー・ワークの枠を超え出た学究的な意欲に満ち溢れていおり、様々な音楽を手軽に(だが無脈絡的に)聴けるようになった現在だからこそ、より一層その歴史的意義が増しているように思われる。

  本作は、概論的な『リアル・カリプソ入門』、1930年代〜40年代の音源を集めた『ゴールデン・イヤーズ・オヴ・カリプソ』の第一弾に続いてリリースされたコンピレーションで、それら先行各作と同様、監修の中村とうように加え、世界各地の音楽に通じる評論家・深沢美樹が選曲と解説を担当している。

一般に、カリプソの黄金期はトリニダード現地で最初の隆盛を迎えた1910年代から20年代とされる。しかし、30年代後半からはアッティラ・ザ・フンらの活躍によりレコード吹き込みも活性化し、様々なスターが排出されることになるが(この時代の音源は本シリーズVol.1に収録されている)、本コンピレーションでは更にその後、第二次世界大戦後すぐから50年代後半までに録音された楽曲を収めている。

個人的な話になるが、私自身がはじめてカリプソに興味を抱いたのは、レゲエやスカのルーツを遡ってみようと思ったこと、あるいは70年代のヴァン・ダイク・パークスやタジ・マハールら米アーティストの作品に触れてその影響源を知ろうと思ったことがきっかけだった。今からおよそ20年ほど前のその頃は、手軽に手に入られる歴史的なカリプソ音源というと、米《Rounder》から出ていた戦前録音集『Calypso Breakaway 1927-1941』や、ロード・キチナーやマイティ・スパロウといったビッグネームの代表作を復刻していた、エディ・グラント主宰の《ICE》からのCDなどが主だったもので、戦後〜50年代に渡る様々なアーティストの録音を手軽に聴こうとしても、なかなか骨の折れる探索が必要だったと記憶している。それゆえ(当時既に廃盤となっており手に入れることの叶わなかった)本作がこうして再登場したことの感慨は大きい。

話を戻そう。ここに収められる音源を追っていくことで、マイティ・スパロウという革命児が登場するまでの米国やトリニダード現地での録音を概観できる仕組みになっているわけであるが、中でも今、是非注目したいのが、⑨〜⑳にかけてのイギリス録音の曲たちだろう。大英帝国は1797年以来カリプソのふるさとであるトリニダード島の宗主国であり(その前はフランス、スペイン等)、1948年からは、第二次世界大戦後のイギリスの労働力不足対策としてカリブ海各地から多くの移民を呼び入れるという政策が推進されていた(1973年まで継続された)。この移民たちはいわゆる「ウィンドラッシュ世代」と言われ、経済はもとより、文化面においてもイギリス国内に様々な要素を持ち込んだことで知られている。カリプソもその一例であり、トリニダードからの初期移民たちが根付かせ、広く需要を生んだために、当地での録音も盛んに行われるようになったのだ。 これらの音源を聴いてまず気付かされるのが、主にリズムや上モノ楽器のアンサンブル面において、同時期のトリニダード産音源に比べて非常に洗練された味わいを湛えているということだろう。これは、ロンドンという「近代西洋都市」がさせたリファインメントということもできるかもしれないし、他カリブ諸国やアフリカ諸国、あるいはインドなどのアジア圏からの移民文化がメルトされたイギリス社会ゆえの混淆的洗練と理解することもできるかもしれない(この点に関連して、深沢によるライナーノーツで触れられている、西アフリカのハイライフへカリプソが与えたかもしれない影響、という論点は興味深い)。こうした要素というのは、ジャマイカ移民(やその末裔)たちが発展させたUKレゲエ、あるいはトリップ・ホップや、現在のヤング・ファザーズらの音楽を論じる際にも不可欠の視点であろうし、「ウィンドラッシュ世代」への差別的政策への批判が盛り上がる中で沸き起こった現在の英国におけるBLM運動の本質を考えるにあたっても、非常に示唆深い論点だといえるだろう。

またこの当時は、徐々にトリニダード・トバコの独立運動が盛り上がりを迎えつつある時期でもあった(1962年に独立を達成した)。そういう観点からしても、折々の時事問題を取り上げ鋭く風刺し、市井のジャーナリズムともいうべき役割を担ってきたカリプソの長い伝統が、独立への機運醸成に向けて果たしたであろう役割も見逃せないように思う。あるいは、トリニダード国内における米軍の駐屯といった地政学的トピックを庶民感覚に落とし込んだような㉕「Salor Man」や、あるいは、「オレたちは黒人の夫婦なのに生まれてきた子供はなぜかチャイニーズの顔をしている」と、華僑との微妙な関係性を織り込んだ⑯「Chinese Children」など、皮肉と政治的なペーソスを含んだ表現もこの時期のカリプソの真骨頂といえるかもしれない。他にも、例えば⑬「Africa」や⑭「African Dream」など、ラスタファリズムにも通じるようなアフリカ回帰主義的な視点が早くも顕在している様などは、ポスト・コロニアリズムの文脈からも非常に重要な事例となろう。

そしてもちろんこのCDは、この時期のカリプソの音楽的な特徴を包括的に捉えるための資料としても優れている。戦前の簡素なアンサンブルからより肉厚な編成へと移行していくことと並行して、リズム・アンド・ブルースやロックンロールの隆盛に呼応した例もある。ホーンのリフやコール・アンド・レスポンスがフィーチャーされた、㉔、その名も「Rock ‘n’ Roll Calypso」などに聴くことのできる横軸的な影響関係も傾聴されたい。

あるひとつの音楽ジャンルには、かように様々な背景が(時にきな臭い要素も含めて)存在するわけであるが、この<オーディオブック>シリーズこそは、収められた音楽を気軽に楽しみながらも実に奥深い歴史を知れるという意味でも、第一級の資料であり続けている。

本作の他にも、『ルンバの真髄3』や、『南アフリカ音楽入門』、『ロック・アラウンド・ザ・ワールド』など、いくつかのCDが限定再発されているので、気になった方は是非チェックしてみてほしい。また、この勢いで、数ある他の《オーディブック》シリーズの秀作が再発売されることを、一ファンとして祈願している。(柴崎祐二)


Various Artists

『Golden Years Of Calypso vol.2』



2020年 / オーディブック(数量限定盤)

購入はこちら
Tower Records / Amazon / HMV


柴崎祐二リイシュー連載【未来は懐かしい】
アーカイヴ記事

http://turntokyo.com/?s=BRINGING+THE+PAST+TO+THE+FUTURE&post_type%5B0%5D=reviews&post_type%5B1%5D=features&lang=jp

Text By Yuji Shibasaki

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