【Late Youth, Fast Life】
Vol.2
サンプリング・ソースとしてだけではなく、隣接ジャンルとして他ジャンルに向き合う
リリース元の《Death Row》の新社長に就任したスヌープ・ドッグの方針により、各種ストリーミングサービスから削除されていたドクター・ドレーの傑作『The Chronic』がこのたび復帰した。権利が《Death Row》から《Interscope》に移ったことにより実現し、世界中のファンがリリース30周年を祝福した(厳密に言うとオリジナルのリリース日は1992年12月15日なので別に30周年のタイミングではないのだが、少し遅れるのもまたドクター・ドレーらしい)。
同作はスヌープ・ドッグをシーンに紹介し、Pファンクを消化したレイドバックしたスタイル「Gファンク」の浸透のきっかけとなった作品として広く知られている。先行シングルとなった名曲「Nuthin’ But A “G” Thang」などで脱力しつつもスリリングなラップを聴かせるスヌープ・(ドギー・)ドッグは衝撃的な格好良さで、シーンのトップに立ったことも頷ける最高のパフォーマンスを披露している。サンプリングをミニマルに切り取るのではなく元ネタのグルーヴを活かして使い、シンセやベースなどの生演奏も加えて作り上げるビートも非常に強力だ。ネイト・ドッグやジュウェルといったシンガーの助力も絶妙で、その緻密に練り上げられた作りからはプロデューサーとしてのドクター・ドレーの力量が強く感じられる。
そんな『The Chronic』にインスピレーションを与えたのは、NYのラップグループのア・トライブ・コールド・クエストが前年にリリースしたアルバム『The Low End Theory』だったという。「俺たちにはジャズがある」と歌った収録曲「Jazz (We’ve Got)」が象徴するように、同作はジャズの要素を大きく導入した作品だ。サンプリングとして使うだけではなくロン・カーターによるベースの生演奏なども加えた同作は、『The Chronic』での生演奏とサンプリングを組み合わせた作りにも確かに繋がっている。いわば「俺たちにはジャズがある」のア・トライブ・コールド・クエストに対して、「俺たちにはPファンクがある」のドクター・ドレーなのだ。「Let Me Ride」での躍動感のあるベースや細かい音の隙間の作り方は、この試みが生んだ最高の成果の一つだろう。
ラップ面の素晴らしさやサブジャンル浸透のきっかけとなったことは当然重要なトピックだが、2023年においてはこの「サンプリング・ソースとしてだけではなく、隣接ジャンルとして他ジャンルに向き合う」姿勢も重要だ。ベースやキーボードを担当したコリン・ウルフらによる「ヒップホップとしてPファンクを演奏する」ようなプレイからは、テラス・マーティンやカマシ・ワシントンといった現代のジャズミュージシャンの作品にも通じるものが発見できる。特に「Lil’ Ghetto Boy」の後半での哀愁漂うフルート・ソロは鳥肌ものだ。
そのコリン・ウルフは『The Chronic』の後、TLCやアウトキャストなどの作品に参加していく。『The Chronic』での「生演奏で他ジャンルの要素を導入する」試みは、こうして西海岸だけではなくアトランタにも渡っていった。アトランタではアウトキャスト(アンドレ・3000)の「Hey Ya!」やナールズ・バークレーの「Crazy」のようによりヒップホップを飛び出すクロスオーバー志向に振り切ったものが発展していったが、今年リリースされたリル・ヨッティのサイケデリック・ロック~ファンク・アルバム『Let’s Start Here.』もその流れの延長線上にあるものと言えるだろう。また、よりドクター・ドレーと近しいアーティストとしては、ラップや歌だけではなくドラムもプレイするアンダーソン・パークなどは『The Chronic』直系のアーティストである。ブルーノ・マーズとのユニットのシルク・ソニックは、「サンプリングソースとしてだけではなく隣接ジャンルとして向き合う」姿勢の極致だ。そのほかにもスヌープ・ドッグのライヴ・バンドでの活動経験のあるサンダーキャットやテラス・マーティンも間接的な弟子と言える存在であり、フライング・ロータスがジョージ・クリントンと組んだことも『The Chronic』なしでは考えられないことだろう。『The Chronic』は単なるヒップホップの金字塔ではなく、音楽史という大きな括りでも重要な作品なのだ。(アボかど)
〜連載バックナンバー〜
【Late Youth, Fast Life】
Vol.1 Big Sean『Detroit』
現在でも通用するビートでラッパーとしての実力を強くアピール
http://turntokyo.com/features/series-lyfl-vol1/
Text By abocado