BTSやBLACKPINKとも肩を並べる人気バンドが聴かせる、現代に寄り添うレトロ・ポップ
「K-POP」という言葉は私たちに何をイメージさせるだろう。北米や北欧のソングライターとタッグを組んだ激しいダンス・ミュージック?歌や踊りを何年も鍛え上げる厳しい訓練生活やオーディションといったアイドル・カルチャー?ドラマの挿入歌などで聴ける壮大なバラード?K-POPは特定の音楽様式を指す言葉ではないし、一方で伝統的な歌謡音楽を歌う歌手や、インディ・ミュージック、アンダー・グラウンドなヒップホップ・ミュージックはK-POPには含まれない、という考え方もある。その言葉が意味するところはあまりにも曖昧だが、だからこそ多様で、カラフルではないか。
本連載では、日本でも名の知れたアイドル・グループから、アメリカや《88rising》を始めとするアジアのシーンと同時進行するヒップホップ、ローカルなインディ・ミュージックまで、毎回韓国の一つのアーティストやシーンにフォーカスする。BTSやBLACKPINKが世界を席巻するいまだからこそ、その背後にある、オルタナティブで、多様なK-POPのアーティストたち、そこへ到るまでに重ねられた韓国ポップ音楽の長い歴史について知る場所を広げたい。(山本大地)
「現代と違って、温かみ、人間らしさがあり、仕事を得るのに不安がないかのようにリラックスしている」。「レトロは新たなモダン」と題した今年3月のKorean Timesの記事にあった、いまの韓国の20代が持つ80年代の韓国へのポジティブなイメージだ。ソウル・オリンピックの年の韓国を舞台にしたドラマ『応答せよ1988』をNetflixで見た私も、日本の映画『ALWAYS 3丁目の夕日』のような世界に、まさに同じような気持ちを抱いていた。韓国ではその『応答せよ』シリーズ(同じタイトルで94年版、97年版も放送された)や同じく80年代後半を舞台にした映画『サニー』のヒットなどをきっかけに、2012年ごろからずっとレトロ・ブームが続いているという。ソウル近郊で育った92年生まれの5人組によるインディ・ロック・バンド、ジャンナビ(JANNNABI)はその象徴となっている。
ジャンナビ「for lovers who hesitate(ためらう恋人たちへ)」
オーディション番組『Superstat K』への挑戦を経て、2014年にEP『See Your Eyes』でデビューしたジャンナビ。ドラマ挿入歌もいくつかこなすなど着実に人気を上げたが、特に今年3月に発表したセカンド・アルバム『LEGEND』以降の勢いはまさに「現象」だ。アルバムはチャート7位を記録すると、リード・シングル「for lovers who hesitate(ためらう恋人たちへ)」は一ヶ月かけてチャートを上昇しBTSの最新シングルに次ぐ2位の位置を2週連続でキープ。新作だけでなく、過去のシングル2曲もトップ20まで上昇したし、初の全国ツアーは2分で完売、BTSのTwitterアカウントでも紹介されるなど、いま韓国中がジャンナビに夢中なのだ。だが、BTSやTWICE、BLACKPINKらK-POPの最前線のグループに混じってヒットを飛ばすジャンナビは、それらのグループとは違った景色が広がる場所へのドアを、そっと優しく開けてくれる。
ジャンナビ「Good Boy Twist」
ビートルズを意識して選んだ64年モデルのエピフォン・カジノのギターを中心としたレトロな音色に、EDMやトラップの影さえもないシンプルな楽曲の構造やプロダクション。メロディには、サイモン&ガーファンクルあるいは「グループ・サウンズ」なんて言葉もハマりそうな60~70年代のフォーク・ミュージック的な人懐っこさがある。時にこぶしを効かせて歌うチェ・ジョンフンのボーカルはトロットのような韓国歌謡にも近い。つまり、ジャンナビの音楽はK-POPという言葉も生まれる前の時代と地続きなのだ。
ジャンナビのレトロへのこだわりは徹底的で、例えば「for lovers who hesitate」のミュージック・ビデオはファッションや街並み、サヌリム(Sanullim)のレコードまで、80年代の韓国を思わせる要素が散りばめられているし、自分たちのファッションも音楽性に合うようにとヴィンテージものが中心だ。インタビューでも韓国で80年代ごろまでのバンド音楽に対して使われていた「グループ・サウンド」という言葉を使って自分たちを紹介するし、キム・グァンソク、ユ・ジェハ、サヌリムといった70~80年代に活躍したフォーク・シンガーやロック・バンドの名前を挙げながら「彼らの後に続くようなアーティストになりたい」と野心を明かしたり、その愛情はとても深いことがわかる。
70年代後半~80年代に活躍したバンド、サヌリム「Long Lost Memoriies Loom Beyond the Window (창문 너머 어렴풋이 옛생각이 나겠지요)」をカバーするジャンナビ
だがそんな時代錯誤にも思えるジャンナビの音楽こそが、現代の私たちのことを歌ってくれていると思うのだ。アルバム『LEGEND』を各曲聴いてみれば、鏡に映る自分を見て孤独や不安を感じる子どものことを歌った「Mirror」は「誰もが強くなる必要ない」と言っているようだし、「どうやって僕らは大人になったのだろう。毎日が重荷で / “少年よ大使を抱け”などと無責任な格言」と歌う「Dreams, Books, Power and Walls」は、あまりにも早く過ぎていく毎日に取り残された人たちの背中に優しく語りかける。韓国で今年1月から3月に放送されたドラマ『ロマンスはボーナストラック』では、離婚を経験し職も失ったヒロインの女性カン・ダニが、涙を流しながら幸せな結婚生活や夫との別れを回想するシーンのバックでジャンナビの「Take My Hand」が使われていた。そこでは優しく爪弾くギター乗せて「僕は見ることの出来なかった話 / もうその話をしておくれ」と歌うチェの歌声はセラピーのように響いていた。貧困、高い自殺率など、韓国の若者と似たような社会問題を抱える私たちにだって、「レトロ」という言葉を超えたタイムレスな輝きを聞かせてくれる。
ジャンナビ「Take My Hand」
ジャンナビの音楽を前にすると、「アイドル・グループを中心とした激しいダンス・ポップやラップ・ミュージック」というK-POPの主たるイメージに隠れた韓国のポップ音楽の長い時間の連なりが見えてくる。それは冒頭の言葉を借りれば、現代により、温かみ、人間らしさ、リラックスした心地を与えているのだ。
Text By Daichi Yamamoto