BEST TRACKS OF THE MONTH -March, 2018-
Anderson .Paak – 「’Til It’s Over」
一言でいえば、フューチャー・ベース×ネオソウル。前者は、今やPerfumeも取り入れるEDM以降のダンス・ミュージックのトレンド。だが「Til It’s Over」には、この手の曲にありがちな大仰さが全くない。その“抜き”加減がまずは絶妙だ。その根拠となったは、自分でドラムも叩くパークの演奏者としてのセンスだろう。加えて、後者の要素も影響しているのかも知れない。楽曲のコード 感や構成はゴスペル的で、グルーヴの支柱には性急なファンクネスが渦巻く。キラキラしたシンセのアルペジオもどこかジャジーに聴こえる。つまり、個別のパラメーターとしては、ブラック・ミュージックの坩堝=ネオソウル的。だが、どのパートも細かくクオンタイズされ音数もミニマムで、ネオソウルの肝である“リズムの揺れ”をはじめとした、人間的な(演奏的な)感触が、楽曲の表層から、ほとんど感じられない。クレーマン&ウゾウルも貢献した、そのプロダクションのバランスが非常にユニーク、かつフレッシュだ。ある種のノスタルジアと、苛烈にドライブされた未来への期待感。半ば相反するその二つを同時に感じる、変種的なソウル・ミュージック。(坂内優太)
Kacey Musgraves – 「Space Cowboy」
過去作はどれも《Rolling Stone》や《SPIN》のイヤー・エンド・リストにも選出されるなど、カントリーのコミュニティを超えて高評価を受けてきたケイシー。新作『Golden Hour』からのセンチメンタルなこの曲は、浮遊感あるサウンドで空間を演出し、これまでの、「周囲のカントリー・ポップとは一線を画す、ルーツに忠実なスタイル」という魅力とも違う、新たな一面を見せている。
ただ、それでも舞台は南部の小さな町から移っていないし、カウボーイ、自由を得ようとする馬、ペダル・スティールをフィーチャーした壮大な間奏など、「カントリーらしさ」の咀嚼の豊かさは健在。そして優しく歌い上げるコーラスでの「あなたの場所を持っていいの、カウボーイ(“You can have your space, cowboy”)」や、敬愛するニール・ヤングの作品名(“After the gold rush”)の引用など、別れのシーンをよりドラマティックにする彼女ならではのワードプレイも白眉だ。夕陽が落ちるのを見守りながら静かに美しく旅立ちを受け入れようとするこの曲は、自分にとってのホームタウンを、そして別れてしまったあの人も思い出させてくれる。2018年のベスト・ハートブレイク・ソングはここにあった。(山本大地)
MNEK – 「Tongue」
ザラ・ラーソンとの「Never Forget You」やストームジーとの「Blinded By Your Grace II」といったヒット曲を持ち、ソングライターとしてもビヨンセ「Hold Up」やデュア・リパ「IDGAF」などに関わって来た、ロンドンを拠点とするシンガー・ソングライター、MNEK。デビューから5年、ようやく発表されるファースト・アルバムからの先行曲は、彼のリスクを恐れぬ音楽家としてのチャレンジ精神と次代の「ポップ・スター」としてのポテンシャルで溢れている。
歌の入りこそザ・ウィークエンドの「Can’t Feel My Face」のよう。だが、肝心なコーラスは、メロディアスなヴァースによるお膳立てをひっくり返すようにウィスパー・ボイスで”語る”だけ。この曲では「強調して歌われる聴かせどころ」であるはずのコーラスが最も挑戦的だ。またMVでは、向かい合った2人のブラックのゲイ(片方はピンクに身を包んだMNEKだ)が、この歌の、「I love you」の言葉を怖れ「私たちって…」の先へ進めない関係という普遍的なテーマを、時間を止めるようにセクシーに演じる。つまり、進歩的なソングライティングやヴィジュアル・ワークを示すこと、そして全てのカラー、セクシュアリティへ向けたアンセムとなること、その2つを両立してみせたのだ。(山本大地)
serpentwithfeet – 「bless ur heart」
ジミー・スコットやディオン、アノーニと共演した、筋金入りのゴスペル、ドゥーワップ好きのルー・リードが生きていたら、きっと激烈にアプローチするのではないか。モーゼス・サムニーやウォーレン・ウォルフを聴いたときにも感じたが、ブラック・ミュージックの枠組み、あるいはクィア・セオリーの文脈だけにとどまらない、現代の大衆音楽としての柔軟で進歩的な変容を、こうした若き異形のソウルマンの活躍にこそ今最も強く感じてしまう。
2016年のデビューEP「Blisters」から約1年半、ようやくファースト・アルバムのリリースがアナウンスされた。米ボルティモア出身のジョサイア・ワイズによるソロ・ユニットの、これは6月発売予定のその『ソイル』からの先行曲。「Blisters」同様、アノーニやモーゼス・サムニーの姿を思い出し、その出自にゴスペルやソウルを感じる人は少なくないだろうが、実際に幼少期には聖歌隊で歌い、フィラデルフィアの芸大ではヴォーカル・パフォーマンスを学び…というキャリアを持つ彼は、ここでは真摯な眼差しでマイノリティとしての抑圧された疎外感を歌う。その歌声は清らかで凛々しく、かたや丹念に音が重ねられたトラックはイビツで実験的だ。だが、一方で鼻ピアスやモデルさながらの奇抜な衣装に身を包む彼は、自身がポップ・アイコンとなって世に問われること、素材として晒されることにも抵抗を見せない。昨年、ビョークのリミックスに参加したのも、そのビョークとの活動で知られるアンドリュー・トーマス・ホワンがこの曲のPVの監督を担当しているのも、そして来たるデビュー・アルバムを人気プロデューサーのポール・エプワースが手がけているのも、そういう意味では自然とも思えるのである。(岡村詩野)
SOB × RBE -「Carpoolin’」
カリフォルニア州ヴァレーホ出身の悪ガキ4人組SOB × RBE。BPMを際限なく落としたサウスサイドのトラップや、もごもごと発声する新世代のマンブルラップといった流行をほとんど感じさせずに、《Pitchfork》で8.3点を付けベスト・ニュー・ミュージックに選ばれた彼らのアルバム『Gangin』。 本曲はそんなアルバムのオープニング・ナンバー。 オールドスクールなヒップホップを思わせるバウンシーなビートに派手なシンセのループ、そして衝動的に撃ち込まれるライムの連打はまさに時代に逆行するようなこのアルバムを象徴しているが、特筆すべきはビートを追い越さんばかりに前のめったフロウ。ときより不安になってしまうほどギリギリのところをリリックが駆け抜け、そのスリリングな体験によって時代に取り残されたギャングスタラップの魅力を再発見させる。止まっていた歴史の針を動かすフレッシュなニュースター。彼らの勢いは誰にも止められない!(高久大輝)
Stef Chura – 「Degrees」
淡さとザラつきが共存するスティーヴィー・ニックスとも、滑らかに伸び行く歌声のクリッシー・ハインドとも評される変幻自在、魅力の歌声を持つデトロイト出身のインディー・ロッカー、ステフ・チュラ。その彼女を“発見”したのは、USインディー新世代のトップ・ランナーたるカー・シート・ヘッドレストのウィル・トレドだ。
SNSや共演を通じ親交を深め、本曲では彼がギター、ベースとプロデュースで参加。ジャニス・ジョプリン「ボール・アンド・チェイン」を参考としたという、攻撃的なギター・サウンド、静と動を行き来する感情的なボーカルに、彼女と同郷であるサタデイ・ルックス・グッド・トゥ・ミーのフレッド・トーマスも認めたメランコリックなメロディー・センスが重なる。
レーベルはサドル・クリーク。90年代から00年代にかけてはブライト・アイズやカーシヴを送り出し、現在は昨年最上位級の躍進を見せたビッグ・シーフを支える。次なるピークへの予感を感じさせるオマハの堅実なレーベルが、USインディーの雄と手を組み送り出すのがステフ・チュラ。その意味でも期待大。(尾野泰幸)
Titus Andronicus -「(I’m) Like A Rolling Stone」
「私は二人称から一人称へと、全ての人称代名詞を変えているんだ」と、この曲についてタイタス・アンドロニカスのパトリック・スティックルズは語った。それが、この曲に付与された”(I’m)”の意味のひとつだろう。
言うまでもなく本曲にて歌いあげられるのは、転がる石のように没落する一人の人間の姿。そのテーマは一人称がとられることで、歌う側にも聴く側にもより自らのことのごとく辛く、厳しく響く。
しかし、一人称をまといなおし「ひとりぼっちであることも、帰り道がないことも、自分が転げ落ちる石であることも分かってる」と断言するこの歌は、すべてを失った今、もう退路はなく、前に進むしかないのだという前向きなメッセージを逆説的に伝える。それは、トランプ以降の内閉化し、混乱するアメリカ社会を生きる一人一人に向けられているともいえようか。
痛みをこらえ叫ぶようなパトリックの歌声と乾いたハーモニカの音色が届ける、現代の「ライク・ア・ローリングストーン」。そのリライトに込められた意味は深く、重い。(尾野泰幸)
Yuno – 「No Going Back」
ひと足早く夏の真っ青な空と海に挨拶してしまったような1曲だ。それもそのはず、つい先ごろ米《Sub Pop》と契約したこの新人=Yunoはフロリダ出身。そのソフトで温かなハイトーン・ヴォイスの持つ多幸感は、まさにヤシの木が揺れる亜熱帯の陽気な空気そのままといってもいい。
2010年前後からunouomedude(You know you owe me dude)という名義で活動していたYunoだが、当時の楽曲はベッドルーム・ポップ的な印象が強い。だがこの曲は一転、ごく僅かな音だけで構成されている。彼はジャマイカ系のルーツを持つそうだが、このスカスカな音像とスロー・ビートはレゲエを思わせる趣きもあり、とにかく明るく風通しが良いのだ。だからこそ、重くてぶっといベース・ラインが楽しげに耳に残って仕方ないのだろう。そんなファニーな一面に思わずニンマリさせられる。
この、多幸感とちょっぴりの可笑しさのバランスという点では、どこかチャイルディッシュ・ガンビーノの「レッド・ボーン」(2017年)さえをも彷彿とさせられる。ハイブリッドで伸びやかな感性の行く先に期待したいニュー・カマーだ。(井草七海)
Text By Shino OkamuraDaichi YamamotoYuta SakauchiNami IgusaDaiki TakakuYasuyuki Ono