フジロックで来日!
韓国・釜山を代表するバンド、セイ・スー・ミーが語る、
困難を超えて生まれたロックンロール・アルバム
『The Last Thing Left』とは?
正直、セイ・スー・ミーというと、ペイヴメントやヨ・ラ・テンゴへのリスペクトを感じるローファイなギター・ロックのイメージがすごく強かったし、それがこのバンドの得意とする音楽だと思っていた。けれど、ニュー・アルバム『The Last Thing Left』はそんな筆者の狭かった見方を覆す、多様性に溢れていながら、バンド史上最もロックンロールしているアルバムだ。その予感は最初に公開された「Around You」や以前よりライブでも披露されていた「We Look Alike」から感じていた。シャッフルするような陽気なリズムやメロディックなギター、思わず一緒に口ずさみたくなる歌メロのハーモニーなど、何かが吹っ切れたかの如く素直で、軽やかな曲たちに驚きもした。
だが、実は前作『Where We Were Together』からの4年の間、バンドは初期メンバーのドラマー、カン・セミンとの死別、コロナウイルスの流行によるワールド・ツアーの中止など、韓国・釜山という、決してバンド活動をするための基盤が十分に整っているとは言えない場所で活動する彼らにとって物理的にも精神的にも大きな困難を経験している。これまでのどの曲よりもチェ・スミ(ギター・ヴォーカル)の歌がエモーショナルな「Photo Of You」はそうした出来事を経た時の感情が直接的に伝わってくる。
「みんなどこに行っちゃったんだろう
私はまだ準備ができていない
この感覚に慣れたくない
別れの準備のための日々じゃないのはわかってるけど
でも、私はただ泣いている」
(「Photo Of You」)
それでもバンドは、2人だけ残った初期メンバーのキム・ビョンギュ(ギター)とスミを中心にひたすら新曲の制作に励み、メンバーに新たにイム・ソンワン(ドラム)、キム・ジェヨン(ベース)を加えポジティブなエネルギーを前面に押し出したアルバムを完成させた。スミは《Rolling Stone》のインタヴューで「悲しみや不平よりも、明るいエネルギーを届けたい」と話している。アルバム・タイトルに込められた「最後に残るのは愛だ」というメッセージは、メンバーたちが周囲とも助け合いながら困難を経た末に出した答えだろう。だからこそいま、セイ・スー・ミーは力強く、自信感で溢れているように見える。
もちろん本作はファンを置いてきぼりにするアルバムではない。「Still Here」からはバンドにとっての“アイドル”だというヨ・ラ・テンゴっぽさを感じるし、爽やかなサーフ・ロック「No Real Place」やビョンギュがこれでもかとノイジーなギターを披露する「To Dream 꿈에」なども収められている。多様なトラックが収められた今作は、一曲一曲の存在感がこれまで以上に強く、ソングライティング面での一層の成長も感じられる。
本稿ではそんな快作『The Last Thing Left』を出したばかりのセイ・スー・ミーのインタヴューをお届けする。釜山にいるメンバーたちはオンラインながら、明るいキャラクターのスミから、インタヴュー中は大人しめだった最年少メンバーのジェヨンまで、全員が真摯に対応してくれた。
ここ韓国では昨年、人気ドラマ『わかっていても』、『ユミの細胞たち』への挿入歌提供、昨今若手バンドたちの台頭で脚光を浴びている釜山のインディ・シーンのアイコン的存在としても注目されている彼ら。フジロック・フェスティバル、年末のジャパン・ツアーで来日の際は是非逃さず見てほしい!
(取材・文/山本大地)
Interview with Sumi Choi, Byungkyu Kim, Sungwan Lim, Jaeyoung Kim
──今作『The Last Thing Left』からは「不安や心配もあるけれど、前に進もう。良いことたちが待っているだろう」みたいな希望やポジティブなエネルギーが感じられました。
チェ・スミ(以下、スミ):悲しかったり、不自由だったり、そういう感情に浸ることは容易いことだと思います。もちろん悲しい時は悲しまなきゃいけないし、怒りが湧くことについては怒らなきゃいけないけれど、そこから抜け出して元気を出して良い気運を伝えたかったです。
キム・ビョンギュ(以下、ビョンギュ):明るい雰囲気みたいなことを考えて、アルバムを作り始めたわけではなかったです。でも、「Around You」はどんな理由だったか覚えてないけれど、リズムや曲の雰囲気などを少し明るく作りたかったんです。この曲を起点に仰るような明るい感じのサウンド・メイキングを楽にやるようになった気がします。
──「Around You」や「We Look Alike」は前作までにはなかったような軽快でソフトなリズムの曲ですね。新しいことをやってみようという意図があったのでしょうか?
ビョンギュ:「Around You」はスミがアコースティック・ギターとヴォーカルで簡単に作曲をして送ってくれたところから始まったんですが、最初は今の音源とはリズムが違っていて。明るく軽快な感じに発展させたかったんですが、その時考えたのがシャッフル感やマーチング的なリズムで、モチーフになったのがエレクトリック・ライト・オーケストラの「Mr. Bluesky」でした。「We Look Alike」は元々ただのロックンロールで、曲が面白くなくて編曲も上手くいかずにいたのですが、「Around You」が完成してから雰囲気の似た感じの曲を一つ作りたくなり、元々のメロディとコードを利用してジャンルを変えて、70年代のサイケデリック・ファンクみたいな音楽を作ってみました。
──今作はプロダクション面でも変化を感じました。まず、プロデュースからミックスまで全て自分たちでやろうと思ったきっかけを教えてください。
ビョンギュ:以前もプロダクションはほとんど自分たちでやっていましたが、ミックスはうまくやってくれる方がいたのでその方に信頼して任せていました。でも、ミックスをやってもらうためだけに釜山からソウルに行くのは体力的にも大変だったので、その過程を完全に楽しめていなかったです。そのため、セカンド・アルバム(『Where We Were Together』)を出してからは、自分たちで一度ミックスまでやってしまおうと考えるようになって、少しずつ準備をしていました。時間の余裕やコンディションを考慮して作るということも、今作を作る時に重要でした。プロダクション以降の過程でも、ゆっくり考えながら制作出来ました。
──前作まではもっとローファイで荒いサウンドでしたし、そこから心の中にあるフラストレーションのような感情が伝わって来たりもしましたが、今作はより洗練されたサウンドですね。こうした変化は意図的だったのでしょうか?
ビョンギュ:変えたかったというよりは自然に変わっていった感じです。以前は確かにラフだったし、ドリーム・ポップとか、ヴォーカルが後ろに隠れている感じのサウンドが好きでしたが、時間が経つにつれて、ポップなサウンドを表現しようとするように変わっていきました。
──「ポップなサウンド」というのは、具体的にどんなサウンドをイメージしていましたか?
ビョンギュ:敢えて言うなら、バンド・サウンドでありながら、もう少しヴォーカルに集中したサウンドです。以前はヴォーカルが後ろにいるような感じがセイ・スー・ミーのスタイルでしたが、シングル「Your Book」の頃から、もう少しヴォーカルを中心にしたいと考えるようになり、いろいろと試してみました。今回のアルバムはその結果だと思います。
──確かにスミさんのヴォーカル・スタイルの変化も今作で印象的な部分でした。スミさん自身も今作を制作するとき歌い方について何か意識されたのでしょうか?
スミ:もちろんもっとうまく歌いたかったです。今作を作る前までは自分のヴォーカル・スタイルについて、あれこれ悩んでいました。いろんな人のスタイルを真似してみたり、いろいろ試してみましたが、結局それではダメだと気付いて、私は私なりに歌える通りに歌わなきゃと思うようになりました。ビョンギュお兄さんの「ヴォーカルを前に出したい」という意図もわかっていたからか、私も自信がついたんだと思います。以前はバンドで自分を強く押し出すことについて慎重でしたが、今作からは、私がフロントに出て声を出す時は自信を持って声を出してもいいんじゃないかと考えるようになりました。
──そうした自信は自然と生まれたのでしょうか?
スミ:自然と生まれましたが、当時のバンド内の状況も関係していると思います。初期メンバーはビョンギュお兄さんと私だけですが、ビョンギュお兄さんはバンドのリーダーとしての役割を果たしてくれていたので、私も私なりにバンドがうまく行くように果たさなきゃいけない役割があるんだと考えるようになりました。
──今作収録の「Photo Of You」はセイ・スー・ミーの過去のどの曲よりも、エモーショナルな曲だと思います。歌詞もより正直だし、ボーカルも歌詞で表現されている感情に浸っているような感じがしました。
スミ:この曲を作っていた当時、私の周りの状況があまり良くなかったし、(カン・)セミンお兄さんが亡くなってからあまり時間が経っていなかった時期でもあったので、そういう感情が歌詞にも入っていて、アルバムの中で一番直接的な曲です。深い感情を持った曲なので、そういう風に表現しようと努力しました。
──いま話してくださった「Photo Of You」以外にも今作の中には、長く続いた関係の強さを歌ったような「We Look Alike」、皆さんが所属されているイギリスのレーベル 《Damnably Records》の代表の結婚を祝う「George & Janice」など、人と人の深い関係やその中にある友情、愛について歌われている曲がいくつかありますね。バンド活動を10年以上続けたことも、そういったテーマについて向き合う機会が増えた理由の一つでしょうか?
スミ:そう言われてみて、そういう曲が今作にはいくつか入っていることに今気がつきました。私は地道に続けること自体がすごいことだし、重要だと考えています。私はまだそんなに長く生きて来たわけじゃないですが、誰かとの関係とか世の中の全てのことについてそう言えると思います。私はとても簡単に何かを決めつけることが好きじゃないです。人も長く見守りながら長所も短所も探そうと思えば見つけられるし、良い部分を見ようと努力すれば、人生が豊かになるんじゃないかと思います。
──「To Dream 꿈에」ではサックス奏者のキム・オキとコラボしましたね。キム・オキはジャズ・ミュージシャンですが、音楽性もスピリチュアル・ジャズやアバンギャルド・ジャズのような独特なものですし、インディ・シーンの中でバンドとの交流も積極的な、なかなか珍しいタイプのミュージシャンだと思います。メンバーの皆さんは、今回コラボをするまでキム・オキに対してどんなイメージを持っていたのでしょうか?
スミ:長くインディ・シーンでも活動しているし、リスペクトしています。ジャズをやっているけれど、すごく自由でパンクみたいだとも感じていました。当初「To Dream 꿈에」を作っていた時は、サックスを入れなきゃという考えは全然なかったんです。私がある機会にキム・オキさんとプライベートで会ったんですが、私が最近制作中なんだと伝えたら、オキさんが「フィーチャリングしてあげますよ」と先に言ってくださったんです。気難しそうではなかったし、こうやって欲しいといえば、その通りにやってくれそうな感じもしたし、人としてもすごく良い人でした。
イム・ソンワン(以下、ソンワン):ジャズ・ミュージシャンの中でも独特な音楽スタイルと、外見から漂う“すごい人”のオーラがありましたし、一緒に制作する前まではすごく気難しそうというイメージもありました。でも、実際に一緒に制作やライブをしたりすると、ジャズだけでなくどんな音楽についてもオープンな姿勢を持っている方でした。どんなジャンルにもオープンだからこそ、多様な表現が出来るのではないかなと思いました。
──「To Dream 꿈에」ではゲストのキム・オキによるサックス演奏と、ビョンギュさんのノイジーなギター演奏が重なる後半がすごくかっこいいです。この部分はどのようにして生まれたのでしょうか?
ビョンギュ:実は初めはその部分は存在しなかったんです。「To Dream 꿈에」の録音、ミクシングもほぼ終わっていましたが、キム・オキさんが上手く表現するアバンギャルドな感じを入れたら良さそうだと思い、曲の後半を再録音したんです。僕は昔はよくやっていたヨ・ラ・テンゴ風のノイズ・ギターの演奏を最近は避けていて、今作ではやらないつもりだったんですが、キム・オキさんがアバンギャルドな演奏を入れてくれたので、僕も同じように応えなきゃと思い、こうして演奏するようになりました。
──ノイジーなギター演奏を避けるようになったのは何故でしょうか?
ビョンギュ:ヨ・ラ・テンゴは多様な音楽をやるし、多くのことを表現しますが、ノイジーなサウンドはその多様なものの中でも特に彼らが得意とする部分だと思います。以前は特に深く考えることなく真似していましたが、今は触れてはいけない、彼らだけの領域なんじゃないかと思うようになり、避けるようになりました。そういうノイジーな演奏をするとファンたちの反応はとても良いです。でも、個人的な考えですが、僕は演奏してみると僕たちの演奏じゃない気がすることがあります。ヨ・ラ・テンゴは僕の中であまりにアイドルのような存在なので、そう思うようになりました。
──ビョンギュさんは昨年、釜山の後輩バンド、Soumbalgwang(ソウムパルグァン 소음발광)のアルバム『Happiness, Flower기쁨, 꽃』をプロデュースされましたが、アルバムは韓国大衆音楽賞で2部門受賞するなど好評でしたね。近年、Soumbalgwang以外にもBosudongcooler(ボスドンクーラー 보수동쿨러)、hathaw9y(ハサウェイ 해서웨이)、Leaves Black(검은잎들)など若手バンドが活躍していますし、釜山のインディ・ロック・シーンが熱いようです。後輩バンドたちの活躍についてどう感じられていますか?
ビョンギュ:彼らとは個人的な親交もあり、昨日もBosudongcooler、hathaw9yがコラボ作品のレコーディングのために来ましたし、制作も一緒にするし、一緒に遊んだりもしますし、面白いですよ。不思議なことに、僕たちと彼らの間の中間の世代のバンドは釜山にほとんどいません。なので、長い間僕たちが釜山のシーンで末っ子の役割をしていたのですが、急にいまの20代半ばから後半のバンドたちがたくさん出て来ました。作品を出して、ライブも一緒に出来る仲間達がいるということ自体が面白いですね。ジェヨンも新しいバンドをやっているんですよ。
──後輩バンドたちの活躍は実際、皆さんの刺激にもなったりしますか?
ビョンギュ:もちろんです。釜山のシーンは長らく停滞していましたが、そんな中で一緒に頑張ろうと言いながら、それぞれ一生懸命活動すること自体が、互いに良い影響を与えると思います。自分がおじさんになったみたいですが(笑)。
──先ほど言及した釜山のバンドたちはソウルのインディ・シーンの音楽的な流行にも左右されず、自分達だけのリファレンスをもって音楽を作っていると思います。そういった姿勢はまさにセイ・スー・ミーからも感じられるし、セイ・スー・ミーはそんな釜山のシーンの素直で自由な精神を代表する存在なんじゃないかと思いました。
スミ:なんだか最高の賞賛を聞いた気がします(笑)。自分たちは結成して10年間地道にやって来たことだけでもよくやったと思います。みんな自然とそうなったんだと思いますが、先ほど言及されたいまの釜山のバンドたちは、本当にジャンルが多様で、だからこそよりかっこいいです。私が思うに釜山の人たちは自分だけのアイデンティティが強いです。私の推測ですが、彼らのようなソウルに出て行っていない人たちは本当にアイデンティティが強いです。そういう人たちが残っているので、うまくやれているようです。
──今年後半はフジロック・フェスティバルを始め、ワールド・ツアーのスケジュールがありますね。期待していることがあれば教えてください。
スミ:私はツアーに行く度にとても楽しいし、バンド活動をしていなかったらどうやってそんなところまで行けるかな、という場所にまで行けて良いですが、その分とても大変だとも感じています。ツアーに出るといつも体の状態が悪くなって、疲れてしまっています。なので、まずは何も事故などなく互いに無理せず良い環境でツアーを回りたいという願いが大きいです。
ソンワン:最初の海外でのスケジュールであるフジロックは、毎年ラインナップを確認するくらい、僕たちも好きなフェスティバルだから楽しみです。僕たちが好きなアーティストたちと同じステージに立つことだけでもワクワクするし、夢のようです。海外ツアーが終われば今年が終わるので、健康に気をつけて、下半期を良い形で迎えられればいいです。
ビョンギュ:僕はここ2,3年活動が出来なかった中で、こうしてアルバムを出してツアーも出来るので、少しずつ昔の感情や記憶が身体にすっと入ってくる感じがします。もちろん大変だとは思いますが、以前の日常を取り戻す機会になればいいです。
<了>
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Text By Daichi Yamamoto
Say Sue Me
The Last Thing Left
LABEL : DAMNABLY / ULTRA VYBE
RELEASE DATE : 2022.05.15
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