『Look Up』
リンゴ・スター 55年ぶりのカントリー・アルバム
ビートルズ時代のレパートリー「Act Naturally」や自作曲「Don’t Pass Me By」をはじめとして、古くからのファンにとって、リンゴ・スターとカントリー・ミュージックの関係というのは、単に「彼がそういう趣味の持ち主である」という以上の、何か特別な感慨を掻きたてるところがある。
もともとテディボーイを気取っていたこともあって、ロックンロール〜ロカビリーへの愛がとみに深く、後にはそのリバイバルにも大きく寄与した彼だが、そうした「古き良き音楽」への眼差しというのは、ソロ・キャリアがスタートした1970年の時点から、音楽家としての自身のアイデンティティを新たに形作るにあたってのきわめて重要な要素であった。同年にリリースされたスタンダード・ナンバーのカヴァー集『Sentimental Journey』と、ナッシュヴィル録音の純カントリー作『Beaucoups of Blues』における「なりきり」ぶりを聴けば、そのことはすぐに理解できるだろう。
2019年の『What’s My Name』以来久々となるソロ・アルバム『Look Up』は、自身のそうしたソロ・キャリアの原点を再確認するかのような、55年ぶりのカントリー・ミュージック集である。
今回、リンゴが制作にあたって“リトル・ヘルプ”を乞うた“フレンド”は、現代ルーツ・ミュージック界の巨匠、T・ボーン・バーネットだ。T・ボーンは、プロデュースの他にほとんどの曲の作曲も手掛け、リンゴもブルース・シュガーとともに一曲を書いている。
リンゴと彼のコラボレーション歴は意外に古く、1977年に、Tボーンが所属していたアルファ・バンドのレコーディング・セションにドラマーとして参加したことに遡る。本企画は、ここ数年リンゴが取り組んでいる一連のEP企画で旧知のTボーンに曲提供を依頼したことがきっかけになったのだという。かつてのソロ・アルバム群を振り返ってみても、お互い見知った者同士で制作されたものに傑作が多いリンゴだけあって、今回のコラボレーションもバッチリとハマっている印象だ。
先述の『Beaucoups of Blues』が、ピート・ドレイクの元、比較的ポップなナッシュヴィル・サウンドに結実していたのに対して、今作におけるT・ボーンのプロダクションは、よりアメリカーナ的な志向と、硬質なルーツ・ロック感を前面に押し出したものとなっている。これは、T・ボーンの制作キャリアを考えてみればしごく当然のことに感じられるが、その一方で、ともするとリンゴの個性とはやや相容れないのではないかと危惧する向きもあるかもしれない。しかし、結果として両者は意外なほどによく調和しており、むしろ、パフォーマーとしてのリンゴの奥深い魅力を、ここへ来て新たに掘り起こしているようにも感じられる。アリソン・クラウス、ビリー・ストリングス、ラーキン・ポー、ルーシャス、モリー・タトルらのゲスト陣もその辺りのバランス感をよく心得ているようで、リンゴという伝説的な人物の御前で妙な迎合を示すでもなく、各々の個性を巧みに活かした実直なパフォーマンスを披露している。
もしかするとT・ボーンは、硬質なルーツ志向を過度に弱めてしまうことはせず、あえて通常運転を貫くことで、敬愛するリンゴの長いソロ・キャリアの中に、一つのマイルストーンのようなものを打ち立てようとしたのかもしれない。それにつられてであろうか、心なしかリンゴ自身のヴォーカルとドラムの演奏にも、いつもの飄然とした表情に加えて、渋みと奥行きが備わっているように聴こえる。もはやブルース・ロックといった方が正しそうなタイトル曲や、歪んだギターがずっしりした質感を演出する「Rosetta」等に、そうした傾向が顕著に現れているようだ。
また、(リンゴのルーツである)スキッフルやロカビリーを彷彿させる「Breathless」、「Never Let Me Go」、「You Want Some」あたりは、T・ボーンによる初期ビートルズ(を含むリヴァプール・シーン)へのアメリカーナ・サイドからの時代を超えたオマージュといった風情で実に心憎いし、ロックンローラーとしてのリンゴ・スター健在の感を強く印象付けている。
そういった全体的な印象の一方で、個人的にはやはり、ストリングスが導入された「Time On My Hands」や、どこかウィリー・ネルソンを思わせるような情感豊かな歌唱が素晴らしい「I Live For Your Love」、スウィンギーで小粋な「Come Back」等、時折挿入される甘く柔和な路線の曲たちにも惹きつけられる。かつて、『Sentimental Journey』や『Beaucoups of Blues』で、ややこわごわした歌唱を披露していたリンゴが、長い年月を経てこうした余裕たっぷりの歌声を聞かせてくれているというだけで、いちファンとしては心の温まる思いだ。
御年84歳。リンゴ・スターという“ソロ・アーティスト”は、自身にとって大切なカントリー・ミュージックを再び歌い、叩くことで、今も変わらず上を向き(ルック・アップし)ながらその歩みを進めている。(柴崎祐二)
Text By Yuji Shibasaki
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Ringo Starr
『Look Up』
LABEL : Lost Highway / ユニバーサル・ミュージック
RELEASE DATE : 2025.1.10
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