“郊外”と“パンク”──バンドの変化とルーツへの対峙から生まれたリアル・エステート15年目の最新作『Daniel』について
郊外。それは2010年代のインディー・ロックが対峙した、大きなテーマの一つだった。アーケイド・ファイアは『The Suburbs』(2010年)で延々と変化なく続く郊外生活の日常に潜む不安と希望を、色彩豊かなチェンバー・ポップのもとに歌い、シャムキャッツは『AFTER HOURS』(2014年)において東日本大震災以降に液状化現象により変貌した、彼らの“ジモト”たる浦安の風景と記憶を描き、ミツメは『ささやき』(2014年)や「エスパー」(2017年)で大規模重合住宅/団地の建築物をアートワークやMVで視覚的に繰り返し引用しながら、耽美なメロディーにのせて停滞した日常に潜む些細な変化への期待と不安を歌った。所謂“インディー・ロック”の範疇外では、tofubeatsが郊外に無機質に立ち並ぶブックオフの棚から救い上げたCDの山の中から見つけ出した音をパッチワークしながら、2010年代のアンセムとなった「水星」をこの世に生み出したことも記憶しておくべきだろう。
バンドのルーツはニューヨークやフィラデルフィアの郊外として発展したニュージャージー。ベスト・コースト、ガールズ、ザ・ドラムスらとともにローファイ・サイケ、ローファイ・サーフとして形容されたジャングリーでクリーンなギター・サウンドと、メランコリックなメロディーをまとったリアル・エステートの歌は、自らが生まれ育った郊外という場所へのノスタルジアと、何もないように見えるこの場所から自分は逃れ慣れないのではないかという切迫感を内包したリリックと相まって、強いリアリズムを吐き出していた。
しかしながら、ファースト・アルバム『Real Estate』(2009年)のリリースから15年近くの年月が経過している。現在より大きな影響力を保持していた《Pitchfork》をはじめとしたウェブ・メディアの高評価をうけ、一躍インディー・ロックにおける代表的なバンドとなった時代から、彼らは年齢を、キャリアを重ね、親となった。本作で彼らは自らのルーツであるというR.E.M.『Automatic For The People』(1992年)の世界へと再訪し、それを下地としてアルバムを作り上げた。本作には、キャリアを経たインディー・ロック・バンドが、過去を顧み、時代と否応なく搬送し、不可避に変わっていくことへの肯定と跳躍のリアリティが内包されている。時の経過は必然だ。今回《TURN》では、リアル・エステートのフロント・パーソン、マーティン・コートニーに最新作について話を訊いた。
(質問作成・文/尾野泰幸 通訳/原口美穂 協力/吉澤奈々)
Interview with Real Estate (Martin Courtney)
──最新作を聴いて感じたことは、これまでの作品以上にサウンド・パレットの色彩が豊かで、メロディー・ラインの動きがアグレッシブであることでした。その変化の背景として、本作のプロデューサーであり、ケイシー・マスグレイヴスのプロデュース・ワークでも知られるダニエル・タシアンの存在も大きかったのではないかと想像します。前作『The Main Thing』(2020年)はサウンド面での拡張にチャレンジした作品でしたが、本作のサウンド・ディレクションで意識した最大のポイントはどのような点なのでしょうか。
Martin Courtney(以下、M):今回は初めて、どんな音楽を作りたいかっていうのを理解してから、レコーディングに挑んだんです。いつもだったら、適当に色々とやってみて音楽ができていくという感じだったんですが、今回は初めてポップ・ソングを作りたい、メロディーの強い作品を作りたいことが頭の中にありました。それは自分たちにとって新しいことで、やってみると楽しかったですね。以前はポップではありつつも、少しアンビエントだったりとか、ジャム・セッションのようだったりとか、曲も長かったりしたんですけれども、今回はもっと短くシンプルにメロディーの強いものを作ろうという意図があったからこそ、ダニエル・タシアンに依頼したんです。というのは、彼はすごくポップな音楽の制作に強いし、ソングライターでもあるからこそ、エンジニアリングでサウンドを良いものとするということよりも、その曲に対するアイデアももらえるのではないかと思って。実際にメロディーのヒントもくれましたしね。
──そのように、繊細に構成されたサウンドの中にあって、ヴォーカルの輪郭がはっきりとしていて存在感が強いことが印象的でした。別のインタヴューで、本作はこれまでの作品にはないシングル・ヴォーカルで録音してきたとおっしゃっていましたが、過去と今で自らのヴォーカル・スタイルにどのような変化がありましたか?
M:シングル・ヴォーカルで録音しようというアイデアは、自然に起こったことなんですね。今までずっとダブル・ヴォーカルでやっていたんですけど、それは、自分がヴォーカルとして自信がなくて、ダブルをすることによって、より自分のヴォーカルとしての存在を楽にしてくれるという部分があったんです。それに加えて私が大好きなアーティスト、例えばエリオット・スミスもダブル・ヴォーカルで録音をしているし、ビートルズのようなコーラスやヴォーカルの重なりが好きだったということも、シングル・ヴォーカル録音の背景にはあります。だけど、今回はアルバムを一つの作品として、さっき言ったようにシンプルにしたかったということもあるし、アコースティックのバックを使っている楽曲もあって、あまりプロダクションというものにこだわりを強くしすぎないようにしようとしたんです。だから、自然とシングル・ヴォーカルで録音をしていこうとなったというのはありますね。もう1つ、やっぱりシンガーとして自分もちょっと自信がついてきたっていうのもありましたしね(笑)。 それでも、ダブル・ヴォーカルが好きだなと、今回やってみて思ったので、また次は戻ろうかなと思ってます。
──本作の最大のリファレンスはR.E.M.『Automatic For The People』(1992年)であると聞いています。振り返ってみれば同作は、グランジ、オルタナ全盛の時代においてフォーク、カントリーといったルーツ・ミュージックを下地とし、繊細かつダイナミックにサウンドを再構築するという、いわばメインストリームの時代精神への楔として存在していたようなアルバムであったと理解していますが、本作において『Automatic For The People』をリファレンスとして選択した理由を教えていただきたいです。
M:『Automatic For The People』はかつて、かなりハマってたくさん聴いていたアルバムだったんです。自分がティーンネイジャーの時にリリースされて、その数年後に発見して、90年代後半に聴いていたんですけど、たまたま数年前に聴きなおしたんです。そうすると、演奏だったり、楽器の使い方だったり、サウンドのすばらしさにまた惚れてしまって、このアルバムを新作で参照しようと決めました。フォークとかカントリーっぽいピアノとか、アコースティック・ギターとか、マンダリンとかオルガンとか使われているのに、どうしてもオルタナティヴ・ロックとか、インディー・ロックが聴こえてくる。そこがすごく面白いなと思って、自分たちでも探求してみようかなっていう風に思ったんです。加えて、どの曲も素晴らしくいいんだけど、すごくシンプルなつくりになっているところも面白いと思いました。ベーシックなんだけれども力強い。そのようなところに魅力を感じましたね。
──さらに『Automatic For The People』は、マイケル・スタイプ自身がキャリアを重ねていくうえで生じた老い、死、喪失といった様々な変化をコンセプトとしたアルバムであったと理解しています。あなたたちも、これまで年齢やキャリアの積み重ねとともに生じた変化を作品へと反映してきたと思いますが、本作において“変化”や“時の経過”といったコンセプトはどのような点で反映されているでしょうか。
M:本当は楽しいものを書きたかったんです。アルバムのリリックとかコンセプトも、もっと聴きやすい、ポップなものを書いていこうと考えてたんですけど、アルバムを制作したり、楽曲を書いている時にCOVID-19が世界を直撃したんですね。だからこそ、逆にハッピーなものを書きたいと思ってたんですけれども、歌詞を書いてるうちに自分の中のダークな部分だったり、いろいろなものが変化している中で、自分が窓から見えるものは同じなんだけれども、何かフィーリングが違うような感覚があって、それをリリックにまとめていきました。それはあなたが言ってくれたように自分が年を重ねてるからかもしれないし、あと自分が親になって未来の子供のことも考えてしまうし。全体としてサウンドに比べて歌詞はシリアスな部分があると思いますね。
──R.E.M.がパンクや、パティ・スミスやヴェルヴェット・アンダーグラウンドといったパンク前夜に影響力のあったバンド、ミュージシャンをルーツとして持っているように、R.E.M.そして、『Automatic For The People』(1994年)も先ほど述べたメインストリームへの楔といった意味合いでパンク的要素をその下地としてもっていると思っています。そのうえであなたが、タイタス・アンドロニカスのメンバーであったという事実を考慮しても、あなたたちにとってパンクという音楽がどのように作用しているのか、気になります。リアル・エステートというバンドにとってパンクとは、いかなる意味を持つものでしょうか。
M:いい質問ですね。まず、自分は第2波というか、プロトパンクに影響されたアーティストを好きだったんですね。例えばザ・クラッシュや、ラモーンズもそう。元来のハードコアというか、アグレッシブさが少なくなった、もっとメロディックなものが自分的には好きですね。そのうえで、自分たちはやっぱりインディーというシーン、体系の中で活動を続けてきて、インディーの概念として、アンチコマーシャルすなわち、ピュアなアート・フォームを重視するという面では、それは自分の音楽もパンクの一部なのかなと思うんですね。でも、こう言いながらも、先ほどポップを作りたかったっていうのは、 ポップ・スターになりたかったとか、そういう意味ではなくて、ポップっていうものを作るっていうアイデアをピュアに追求したかっただけなんです。だから、例えばR.E.M.やザ・クラッシュも、ヒット曲はもちろんあるわけですよね。でもそれはビッグになりたいとか、そういう姿勢で音楽を作っていて、ヒット曲が出て人気になったのではなく、彼らがキャッチーな曲とか、素晴らしいメロディーを書くから、そこにみなさんが魅力を感じて、自分の感性との繋がりを感じる、聴くのを楽しむことができるからだと思うんですね、そこがいまの自分の音楽にとって魅力となっているからこそ、今回はそこを追求したいなと思って、ポップを作りたいと思いました。
──少し、質問が変わりますが、あなたたちは作品へ自らが生まれ育ったサバービアの心象風景を刻印してきたと思います。終わらない夏休み、静けさ、寂寥感、ノスタルジア、エスケーピズムといったキーワードが頭に浮かびます。他方、バンドにとって日常生活を描写したリリックが前作『The Main Thing』(2020年)から散見されるようになったように、“郊外”という場所や概念のとらえ方は、キャリアとともに変化しているのではないかと想像します。今の個人や、バンドにとっての“郊外”という場所や概念はどのようなものになっていますか?
M:昔は、育った場所として郊外という場所に触れてたと思うんですね。バンドをスタートさせた時はすごく若くて、大学を卒業した22歳くらいのときだったんです。だから当時はいまよりも都市、街というものへの憧れがあったし、それがかっこいいと思ってたんです。ニューヨークに一時的に住んでいたこともあったし。その裏返しとして、当時面白いと自分たちが思ったのが、インディー・ロック・バンドなんだけど、あまりクールだというイメージのないニュージャージーについて歌うことが、皮肉で、面白いなっていう風に思ってたんです。だから、子供の頃に自分たちが育った環境としての郊外というものが以前はもっと歌に現れていたんだと思います。一方で、今は、子供が生まれて、親の視点で生活をするようになってるわけですね。そのような中で、自分にとっての郊外は自分の住んでる場所で、環境なわけです。そういう捉え方で今の自分にとっての“郊外”が、楽曲に反映され、歌詞に出てきているのだと思います。
──さらに“郊外”という側面でいえば、セカンド・アルバム『Days』(2011年)のアートワークでは、ダン・グラハムによるニュージャージーの分譲住宅の写真を引用し、『Real Estate』(2009年)では想像上の集合住宅を描いたものをアートワークにしていたりと、あなたたちは作品のコンセプトやサウンドとアートワークの接続性が感じられるバンドだと思っています。その意味で、本作の受話器と高層ビルを写したアートワークはどのような意図が内包されているのでしょうか。
M:あの写真を撮ったのはSinna Nasseriというフォトグラファーなんです。自分と同じ町の出身で、2~3歳年上なんですけど、今回はたまたま彼の作品を使いたいっていう風に思ったんですね。そういう相談をしたところ、色々な写真を候補で送ってきてくれたんですけど、今回アートワークに採用した写真が一番アルバム・ジャケットのデザイン的にいいな、と思って直感的に選んだんです。さらにもう1つの理由が、ちょうどアルバム制作を進めているときが、ツアーを回っていたり、いろんな人と離れてる時で、それが実際にアルバムの曲の歌詞に出たりとかもしたから、コミュニケーションのメディアという意味では電話という存在が、すごく自分たちの曲にも合ってるなって思ったんですね。 あと、彼はフォトグラファーでありジャーナリストでもあるんです。《The New York Times》にも記事を書いていて。それで、今回アルバムのアートワークになった写真はなぜ撮られたかというと、公衆電話が今、どんどん無くなってきてると思うんですけど、その公衆電話に関する記事を彼が書いたときに撮った写真だったんです。その背景も面白いなと思ったということで、彼の写真を使うことにしました。スタジオでも、たくさん写真を撮ってくれて、プレス用の写真とか、レコード盤のジャケットに写ってる他の写真も彼が撮ってくれて。今回はそのように、総合的な彼の写真の世界観にも惹かれてアートワークに採用したんです。
<了>
Text By Yasuyuki Ono
Photo By Sinna Nasseri
Interpretation By Miho Haraguchi
Real Estate
『Daniel』
LABEL : Domino / BEATINK
RELEASE DATE : 2024.02.23
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https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13814