「音の旅をしている」
メランコリック・フォークを奏でる彼女たちの相互作用
日本とカナダにルーツをもち、東京を拠点にBlack Boboiとしても活動するJulia Shortreed(ジュリア・ショートリード)、ベルリンを拠点とする作曲家、アーティスト、パフォーマーのRosa Anschutz(ローザ・アンシュッツ)によるユニット、Quantum Orange。
2016年の出会いから親交を深めてきた彼女たちの音楽は、聴く側に視覚的なイメージを呈示しているようだ。それでも、ただの幻想的な心地良さで終わらないのは、ローザがトランスメディアアートを学んできたことによる手法や構成、ジュリアの多岐にわたる音楽活動と日常を紡いだ言葉がリアリティを感じさせるのだと思う。そして何より、2人が掛け合うヴォーカルの相性によるものだろう。
7月13日にはファーストEP『DIP-DYE』のリリースとあわせて、彼女たちが2週間で新曲を制作したという《The A.I.R Building》の地下にて初ライヴが行われた。この日はエレクトロ・セットということもあり、ギターやフルートの反復に幽玄なヴォーカルが相互作用しあい、没入する環境を作り上げていた。テクノの強硬なビート、アシッド・フォークに通じる繊細なギターのアルペジオ、そしてフルートを効果的に用いた音響はアヴァン・ポップの実験性をも兼ね備えている。
さらに、7月20日には東京・表参道WALL&WALLにて共演にPhewを迎えてのライヴが決定。ぜひライヴに足を運ぶ前に、Quantum Orangeとしての曲作りのこだわり、EP『DIP-DYE』の制作背景、そして長い時間の流れを可視化するようなインタヴューを読んでみてほしい。
(インタヴュー・文/吉澤奈々 通訳/Julia Shortreed 写真/Keisuke Osaka 協力/市谷未希子)
Interview with Quantum Orange
──2人は、2016年の共演をきっかけに交流を深めていったそうですね。具体的にどういったやり取りを通じて、Quantum Orangeの結成に至ったのでしょうか?
Rosa Anschutz(以下、R):渋谷の《Hot Buttered Club》の外で一服した後、私たちは話し始めました。すらすらと言葉の流れに乗り、心の喜びや悲しみを分かち合ったんです。ジュリアは2017年にベルリンに来て、私たちはゆるい曲作りを始め、私はツアーのために数ヶ月後に日本に行きました。その時、私たちは最初のトラック「7」を書いたんです。
Julia Shortreed(以下、J):コロナ禍でしばらく間が空いたけれど、2023年にロザから「アルバムを制作しているんだけど、ジュリア1曲参加してくれない?」と話がありました。そのとき、助成金がおりたらレコーディングができるからベルリンにおいでよと。でもそれもなくなってしまって。ただ、ベルリンには行きたい気持ちが膨らんだので行ったんです。行くなら何か一緒にやろうとなり「じゃあEPでも作る?」と話したのが、結成のきっかけでした。ユニット名も全然決まっていなくて、3パターンくらい違う名前はあったんですけど、たまたま入ったブティックの店員さんに「どう思う?」て尋ねたりして(笑)。「Quantum Orangeがいいんじゃない?」なんてやり取りから決まりました。なので、2016年にスタートしたけれど、結局形になったのは2023年なんです。
R:Quantumは「量子」って意味があるけれど、私たちが会わなかった遠い時間とか表せない空間みたいなものが、Quantumの言葉には含まれています。形にしたのは2023年でも、離れてても関係を保ち合った、そこまでの空間がQuantum Orangeにはぴったりあてはまると思うから。
──ベルリン-東京と距離があるなかで、オンラインでのやり取りも多かったと思います。その間、お互いに勧め合った作品などありますか?
R:私は2017年に東京を離れてから5年間、ウィーンにいました。リリース前のアルバムや、日々の生活で大切なことを中心に交換しました。愛についてたくさんね。
J:ファーストEPのラスト曲「DIP-DYE」はオンラインでやり取りしたんです。ロザがデモトラックを送ってくれて私が編集して、その段階でメロディーはなかったから、ベルリンに行って歌入れやフルートの生楽器を足していきました。トラックのデモ自体はコロナ禍だったので、2020年の頃になるかな。
──今、話に出た「DIP-DYE」の大胆な構成やリズムの動きは、センチメンタルと高揚感が融合していると思いました。どこかローザさんのアルバム『Goldener Strom』(2022年)を想起します。この楽曲のコンセプトを教えてください。
R:『Goldener Strom』の前作『Votive』(2020年)のときのイマジネーションが、「DIP-DYE」の元になっています。その頃はテクノのビートに語り口調を入れることに凝って制作していたので。そういうものから着想したのが「DIP-DYE」になっていますね。
J:ロンドンにGhost In The Tapesというかっこいいバンドがいて、私もゲスト・ヴォーカルで参加しているのですが、メンバーの深谷玄周に「好きにドラムを叩いてほしい」とお願いして、「Overwhelming」と「DIP-DYE」のドラムを入れてもらいました。3曲目4曲目は、Ghost In The Tapesの2人がドラムを入れてくれたから、コラボレーション感があると思います。
──「Overwhelming」のドラムから微小なエフェクトや響きを感じました。
J:今回はサウンド面で、Jan Wagner(ヤン・ワグナー)がプロデュースをしてくれて、ドラムの響きなどは全て彼が調整をしています。なので、ミックスとマスタリングの音の最終ジャッジは彼が決めていました。
──ヤン・ワグナーとローザさんは長年コラボレーションをしていますよね。今回彼を招いた理由は何でしょうか?
R:ヤンとは15年くらいから一緒にやっています。私の全てのアルバムに携わってくれて、とても信頼関係がある。それにミックスなどを任せるのは、他に自分が思いつかないことを彼はやってくれるから。QOに関しても「レコーディングをしたいんだけどスタジオでできる?」と一番近い人だし相談もしました。リリースするかも決まっていなかったけれど、そこでヤンも賛成してくれたから。すごく自然な流れでした。
──ローザさんは大学でトランスメディアアートを専攻されていたそうですね。ベルリンは《Transmediale》が開催されることでも有名ですが、メディアアートのどういったところに魅力を感じますか?
R:トランスメディアを学んだことで、より広い視野で外から音楽を俯瞰してみたとき、一個の表現方法じゃないやり方があることを知りました。それから自分なりの音楽をどう表現していくかということも。今まで以上に、新しく自分らしい表現ができるようになったと思います。
──ジュリアさんはソロ作品について、幼少期の頃に見た自然や景色から影響を受けていると語っていました。視覚的なインスピレーションは、QOの作品にどう反映されていると思いますか?
J:山の中にぽつんと集落があるところで育ったんですけど、自然の空き地とかって絶妙な所に切り株があったり、絶妙な空間があったりして、QOの音楽もスペースを詰めすぎない、くつろげる空気感を音の中に作りたいなと思っています。そういうところは育った環境で見てきた景色が影響しているかもしれません。
R:2人のなかでフォークっぽさは残しておきたいと思っていますね。土くささというか。
──新作では、エフェクト、EQ、声の動きなど独自のアンビエンスが広がっていると感じます。儚い心地良さで楽曲が終わると夢から覚めたような体感に思えました。具体的に、制作でこだわったことについて聞かせてください。
R:曲作りの面では、コール&レスポンスが多いんです。「7」では私たちの友情について考え、長い距離と状況で何年も離れ離れになってしまったけれど、私たちがどのようにつながっているのかを振り返りました。新曲の作曲は、1つの曲に対するお互いの草稿を完成させるための模索でもある。歌詞のアイデアがとても似ていて、ほとんど同じ考え方から生まれていることが何度もありました。
──2人の声はEQの動きなども含めて、応えるように聴こえてきました。今作のヴォーカルについて、事前に構想やこういう風にしたいと具体的に決めていなかった?
J:なかったんです。トラックを流しておいて、思いついたら歌うという感じでした。とくに「DIP-DYE」では、私が書いてきた歌詞とロザの歌詞を照らし合わせるとリンクする場所があったりして。歌詞を読みながらメロディーをつけていく、セッションのような流れで作っていきました。
──ちなみに、「I didn’t think of you as a stranger」の日本語とドイツ語の歌詞はどのように制作したのでしょうか?
J:ロザのドイツ語の歌詞と私の日本語の歌詞を合わせているんですけど、ドイツ語の歌詞を英語にして、そこからさらに日本語に自分の解釈で文章にしていきました。
──2人ともテキストは常に書かれているんですか?
J:ロザはよく日記を書くよね!
R:そうなの、全ての歌詞のスタートはほとんどが日記からきています。長い日記の一文を取りだして、いろんな気持ちの変化から書いています。
J:私はあまり日記を書かないんですけど、聞こえてきた言葉や印象に残った言葉を羅列してメモしています。そこから派生するときもあれば、自分の気持ちを一文だけ書いておいて、そこから深く掘っていくやり方なんです。
──ジュリアさんは別のインタビューで、Black Boboiの3人の共通点に「ダーク/ゴシック」を挙げていました。改めて、QOの2人の共通点や新作のイメージを挙げると何になりますか?
J:2人ともアシッド・フォークが根本的にあると思うけれど、アシッド・フォークかな?
R:絶対にアシッド・フォークというわけでもないかな、突然テクノっぽくもなるし。そうだな、“warm:暖かい”と思う。あとメランコリック。
J:鉄か木で言ったら木のほうの土くささだし。そう、メランコリック・フォークです。
──今回は滞在を活かして《The A.I.R Building》で楽曲制作をしているそうですね。新たなプロセスや試みがあれば教えてください。
R:今ここで作ることの意味として……外で鳴っているサイレンを録音したり、部屋から聴こえる音を少し交ぜたりしています。それから、2人で録った未完成状態の音、アンプラグドなギター、偶然にも録音していたフレーズを入れてみたり。いいなと思ったまま使わなかった自分のライヴ音源からも、一部を持ってきたりしています。そこではシンセで弾いていたのを今回はフルートで演奏したりね。昔のものを持ち出してきて、調理してる感じです。あと日本で新しい楽器を買えたら、それを入れたいと考えています。ハーモニカとか、ヴィンテージの古い楽器がほしいな。
──それも暖かみがある音色のような気がします。
R:2017年に日本に来たときは、私と同い年生まれのベースを買ったんですけど、それを弾いて新作のリフを作ったりもしました。その時弾いてたラインを今引っ張り出して、また作り直してる感じかな。
J:音の旅をしているよね。
──7/20には東京・表参道WALL&WALLにて、共演にPhewを迎えたライヴが決定しています。どのようなステージになりそうですか?
J:ロザがフルート、私はギターを弾いて、ルーパーを使いながら、ゆっくりと外の景色が変わっていくような鈍行列車の旅ライヴにしたいです。ドラマー山崎大輝ことtaikimenが入ることでまた新しい音像を作れること、今から楽しみです。当日は面白いことになると思います。
<了>
Text By Nana Yoshizawa
Photo By Keisuke Osaka
Interpretation By Julia Shortreed
Quantum Orange
『DIP-DYE』
LABEL : Bindividual
RELEASE DATE : 2024.7.13
配信リンクはこちら
https://linkco.re/Z2AZ1pCt
『Quantum Orange x Phew』
日時:2024年7月20日(土)
会場:東京・表参道 WALL&WALL
出演:Quantum Orange (Rosa Anschütz + Julia Shortreed)
Phew
公演の詳細はこちら
https://wallwall.zaiko.io/item/365067