自然と人の循環こそがブラジル音楽の源泉
──リオ新世代のシンガー・ソングライター、ニコラス・ジェラルヂがデビュー作『Em Outro Lugar do Céu』を語る
バーラ・デゼージョやアナ・フランゴ・エレトリコなど、リオデジャネイロ出身の若いミュージシャンたちがパンデミック以降の日本で着実に支持を得ている。彼らの特徴として、70’s~80’sのブラジル音楽と、現行のインディー・ロックを至極並列に扱っている節がある。前者が彼らの親世代たちが作り上げた芳醇なカタログからの引用であるのに対し、後者はYouTubeやストリーミング・サーヴィスの普及以降に実現した新たなリスニング体験によるものであり、そのどちらにもティーンの頃にアクセスしていた新世代が多くのオーディエンスから支持されるのは当然の帰結だろう。
リオ出身のシンガー・ソングライター、ニコラス・ジェラルヂもそんな新世代の一人だ。彼のソロ・デビュー作『Em Outro Lugar do Céu』には、売れっ子プロデューサーのギリェルミ・リリオやシーンの最重要ベーシストであるアルベルト・コンチネンチーノをはじめ、リオ新世代の作品を支えてきたメンバーが多数参加。ストリングスを大々的にフィーチャーしたアレンジと伸びやかな歌声からは神秘的な魅力が漂っている。
インタヴューの後半で、ニコラスにリオの魅力について尋ねてみると、都会的な要素というよりも、むしろ海や山といった自然が街のすぐ側にあることを挙げてくれた。同世代のアグレッシヴな作風とは一味違う、寛大な眼差しはいかにして養われたのだろうか。幼少期の記憶から青年期に触れた体験の数々、そしてアルバム『Em Outro Lugar do Céu』に至るまでの記憶を訊いた。
(インタヴュー・文/風間一慶 通訳/Tatsuro Murakami 写真/Marina Benzaquem)
Interview with Nicolas Geraldi
──まずは自身の生い立ちについて教えてください。どのような場所が生活圏だったのでしょうか?
Nicolas Geraldi(以下、N):私は子供の頃からリオデジャネイロで生まれ育ちました。常に音楽が流れているような家庭で、5歳の頃にはアコースティック・ギターを抱えていたようです。特に父が音楽好きで、U2とかを聞いていましたね。その後、成長するにつれてバンドをやるようになったり、ギターのレッスンも14歳ぐらいまで行っていました。
それと子供の頃から瞑想を実践していました。その時に感じたことや感覚を、今でも曲の中で歌ったりします。歌詞の中で自分について語る上で、瞑想のことには触れざるを得ません。
──どういうタイプの瞑想だったのでしょうか?
N:私が子供の頃から実践しているのは“超越瞑想”です。ビートルズの先生だったマハリシ(・マヘーシュ・ヨーギー)で有名なものですね。両親が昔から瞑想を実践していた影響もあり、インドへ行ったこともあります。
“超越瞑想”の基本はマントラです。マントラを唱える中でヴァイブレーションを作り、自分の中の平和や静寂に繋げていく。非常にシンプルな瞑想です。そしてその最中にアイディアが浮かんでくることもあります。デヴィッド・リンチが書いた『大きな魚をつかまえよう』という本は、瞑想がアーティストへいかに良い影響を及ぼしてくれるかということが表現されていて、その影響でアーティストとしての瞑想を意識するようになりました。
──普段聞いている音楽から、瞑想のような効果を感じることはありますか?
N:そうですね。私にとって音楽は、自分の内側を見つめ直すきっかけなんです。例えば、私は青年の頃から友人と車で旅をするのが好きなのですが、その時に音楽を集中して聴いて、内側の世界に深く入っていく瞬間が好きなんです。中でも、瞑想的なものを感じる音楽といえば、真っ先に思いつくのはミルトン・ナシメントです。ブラジルでは“神の声”ともいわれる、あの高音のファルセットですね。
──『Em Outro Lugar do Céu』では、ミルトンも参加した伝説的なアルバム『Clube Da Esquina』(1972年)をはじめ、ミナスジェライスの音楽から深く影響を受けたとお聞きしました。どのようにして彼らの作品と出会ったのでしょうか?
N:ミルトンをはじめとしたミナスの音楽に出会ったのは友人のおかげなんです。17〜8歳ごろまではアメリカの音楽やロックが好きだったのですが、自分たちのバンドをやるようになって、友人たちから古き良きブラジル音楽──例えばロー・ボルジェスやミルトン・ナシメント、ジョルジ・ベンやムタンチス──を教えてもらって、どんどんハマっていきました。
そういう世界を見せてくれた友人の中の一人で、カイオ・パイーヴァという人がいて。アナ・フランゴ・エレトリコ『Little Electric Chicken Heart』(2019年)のアートワークなどを担当していたアーティストなのですが、実は去年亡くなってしまったんです。それはリオの音楽関係者の中では、ショッキングな出来事でした。未だに彼から教えてもらった作品を繰り返し聴いています。
──ちなみに、そのなかで決定的な一枚選ぶとしたら何になりますか?
N:一つ選ぶのは難しいんですけど……まずはミルトン・ナシメントの『Travessia』(1967年、はじめてリリースされたときのタイトルは『Milton Nascimento』)ですね。特に弦のアレンジが素晴らしいです。ミルトンの、心の底から震えてくるような声に重なるアレンジが本当に美しくて、今回のアルバムでも強く影響を受けています。それ以外で頻繁に聴いたのは『Clube da Esquina 2』(1978年)とそしてベト・ゲヂスのファースト・アルバム『Amor De Índio』(1978年)です。
──ありがとうございます。ブラジル国外のアーティストでは誰がお気に入りですか?
N:青年期に一番聴いたのはエリオット・スミスです。あとはマック・デマルコ、ピクシーズ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ニュートラル・ミルク・ホテルもかなり聴いていました。ニック・ドレイクは十代の終わり頃にたくさん聴いていましたね。エレクトロニカだとボーズ・オブ・カナダ。あとはジョアンナ・ニューサムですね。今回のアルバムの冒頭曲「Vim da Solidão」はジョアンナ・ニューサムの「Emily」に影響を受けて作りました。
──今回のアルバムには曲ごとに明確な影響源があるのでしょうか?
N:全ての曲に明確な参照元があるわけではありません。ただし例外もあります。エリオット・スミスの「Speed Trials」には、今回のアルバムに収録されている「Sem Chão Vá Na Fé」を作る際にかなり影響を受けました。
好きな音楽を聴いていると、それが自分の中に入ってきて、自分も曲を作りたい欲求に駆られてきます。『Em Outro Lugar do Céu』を作っていた時はミナスの音楽を聴いていました。サウンドがよくミナスっぽいと言われるのは、その影響があるんじゃないかなと。例えば2曲目「Sereno」はかなりベト・ゲヂスからの影響が強いと思います。
──名前を挙げていただいたミルトン・ナシメントやジョアンナ・ニューサムの共通点として、ストリングスのアレンジの美しさが挙げられると思います。『Em Outro Lugar do Céu』のストリングス・アレンジはフェリッピ・パシェーコが担当していますが、今作においてはどのような役割を果たしていると思いますか?
N:ストリングスがこのアルバムを次のレベルへ引き上げてくれたと感じています。アレンジだけでなく、フェリッピはヴァイオリンとヴィオラを自ら重ね録りして、最後にチェリストのマリア・クララの録音を重ねました。
実を言うとアルバム全曲にストリングスを入れたかったのですが、11曲中8曲に留めて、それ以外はクラリネットやブラスのアレンジを入れました。これはフェリッピを紹介してくれたプロデューサーのギリェルミ・リリオのアイデアなんです。楽曲がただでさえエモーショナルで、さらにストリングスを全曲入れるとかなり大げさになるため、8曲に収めました。個人的には大げさなぐらいエモーショナルなものが好きなので、全曲でも良かったかもしれないとは今でも思っています(笑)。
──プロデューサーであるギリェルミ・リリオの貢献についても改めて教えてください。
N:先ほど話題に挙げたカイオ・パイーヴァにリオのゾナ・スルというライヴが盛んな地域に連れて行ってもらって、そこでギリェルミと出会ったんです。彼がベースを弾いているのを見て「なんてすごい演奏なんだろう」と感銘を受けました。その後、友人たちと旅行に行った時、ギリェルミとたまたま一緒になったんです。そこで私が自分で作った曲をギターで弾きながら見せたら、彼がすごく気に入ってくれました。その時以来の付き合いです。
実は『Em Outro Lugar do Céu』は全部一人で、弾き語りだけのアルバムにしようと思っていたんです。ただ、制作の途中でちょっと行き詰まって、良いものにするためにはプロデューサーがいるんじゃないかと感じたんです。そこでギリェルミに「アルバムを作ってるんだけど、プロデューサーを紹介してもらえないかな?」と言ったら、「なんで俺を呼ばないんだ!」と言われて(笑)。彼のSNSを見てると、ジルベルト・ジルと一緒に演奏したり、常に忙しそうだから、まさか自分にオファーしてくれると思わなかったんです。そこから話が進んで、アルバムをプロデュースしてくれることになりました。
レコーディングでは、私が歌とギターの弾き語りの部分を録音して、そこにギリェルミがアレンジを加え、作品を広げていきました。音楽的なこと以外にも、瞑想のことを語りあったり、お互いに合致するところが多いんです。それで仲良くなることができ、アルバム作りにも繋がっていきました。様々なミュージシャンをスタジオへ呼んでくれるし、とても感謝しています。また、プロデュースだけでなくミュージシャンとしてももちろん演奏に参加してくれました。ほとんど全ての楽曲でギターを弾いてくれて、ベースも3〜4曲は弾いてくれた上に、7曲目の「Estrela」ではドラムとベースとギターを担当しています。その多才さ、貢献具合は計り知れないです。
──フェリッピやギリェルミの他にも、今作には多数のミュージシャンが参加しています。レコーディング中の彼らとの印象的なエピソードがあれば教えてください。
N:一つ印象的なエピソードを挙げるなら、ドラムのセルジオ・マシャードとのレコーディングですね。彼はやはり凄いです。まだギターと歌しか録音してないタイミングでドラムに入ってもらったのですが、その日はギリェルミが立ち会えなかったんです。だからホーム・スタジオのような場所に私が自らマイクを立てて、バタバタしながら録音ができる状態になんとか持っていったんです。にもかかわらず、録音を始めるとセルジオのドラムによって自分の曲がどんどんと素晴らしいものになっていって、とにかく感動しました。特にアルバムの4曲目「Eu Quis Mudar」と5曲目「Nuvem」はセルジオもお気に入りだったそうで、そのことも非常に嬉しかったですね。
──今作にもヴォーカルで参加しているドラ・モレレンバウムや、彼女とも関わりの深いアナ・フランゴ・エレトリコなど、リオの若手を中心に素晴らしいソングライターがブラジルの国外からも注目されています。このような状況をどう思いますか?
N:言わずもがな素晴らしいアーティストたちの集まりなので、世界的に知られていくのはある種当然というか。高く評価されるべきクオリティーの作品をずっと出し続けている人たちなのでとても嬉しいです。
アナのことを知ったのは2018年の頃で、そこからアルバムを出すごとにレベルアップしてる姿を見て、すごく刺激を受けています。ドラの最近出たアルバム『Pique』にもすごく感動しました。
『Em Outro Lugar do Céu』でのドラとのレコーディングでも、非常に感銘を受けました。彼女が参加した「Lar」のコーラスは譜面に書かれたのではなく、ドラによって即興的に行われたのです。どんどんとその場で音楽が作られていく様は感動的でした。リオには彼女のような素晴らしいミュージシャンが他にもいるし、どんどん発見されていって欲しいです。
──なぜリオには面白いミュージシャンが集まるのでしょうか?
N:私も不思議です。ただ、インドに4ヶ月ほど滞在したことがあって、その後リオに戻ってきた時に、強烈なエネルギーを感じたんです。ここには海もあるし、山もあるし、森や滝もある。美しい自然が街と近い場所にあるので、アーティストにとってインスピレーションが湧きやすい場所なんじゃないかなと思います。
それに加えて、ブラジル音楽を聞いて育った世代が新しい音楽をやろうとして、さらに良いものが生まれてくるサイクルが生まれています。自然の流れであり、これこそがブラジル音楽の素晴らしさというものだと思うんです。日本という国がブラジル音楽をこれだけ評価してくれて、積極的にピックアップしてくれるのは本当に誇らしいですし、感謝しています。
──こちらこそありがとうございます。最後に、今注目してるブラジルの若いミュージシャンは誰ですか?
N:ムンド・ヴィヂオというバンドが最近出した新しいアルバム『Noite de Lua Torta』はエレクトロニックとロックが混ざっていて、すごく面白いと思っています。あと、ネグロ・レオというサンパウロのシンガーの『Água Batizada』(2016年)というアルバムは絶対に聴いてほしいですね。セルジオ・マシャードが過去にプロデュースで参加していました。
他にもジャニーニやニテロイ出身のヴィトール・ミラグリも面白いですね。また、私が以前に参加していたエンチもフォーマットを変えて新しいアルバムを作っているので注目です。
<了>
Text By Ikkei Kazama
Nicolas Geraldi
『Em Outro Lugar do Céu』
LABEL : Seloki Records / Think! Records
RELEASE DATE(国内盤CD) : 2024.12.18
CD/LPのご購入/ご予約は以下から
https://diskunion.net/latin/ct/news/article/1/125939
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