自立と静寂を志向するLAのシンガー
ニア・アンドリュースの音楽の対話
「(LAからは)5年先にもどんどん新しい才能が出てくる、というか元々そこにあるものに周りの人や世界が気付き始めて注目していく」と言ったのはジョーイ・ドーシックだった。彼が言うように、気付かれ始めた存在、その1人にLAのシンガー・ソングライター、ニア・アンドリュースがいる。近年、彼女は、2016年のSolange『A Seat at the Table』、2017年のKelela『Take Me Apart』や、2018年のKmashi Washington『Heaven & Earth』など、様々なミュージシャンと共演や共作を行ってきた。そんな彼女が昨年、2019年に自信初となるアルバム『No Place Is Safe』をリリースした。
彼女の父はロサンゼルスの音楽教師レジ―・アンドリュースで、テラス・マーティンはじめ多くのミュージシャンを教え、尊敬を集めてきた人だ。そんな父を持つニア・アンドリュースは、これまで音楽と距離の近い環境で過ごしてきたことにはなるが、とりわけ近年、その存在感を増してきている。その背景には、創作意欲や作品の中に込められた自立への志向が関係しているように思う。
『No Place Is Safe』の歌詞を読んでみれば、彼女の強い自立心と、他者とのコミュニケーションを大切にするという意思が伝わってくる。同時に、タイトルの「安全な場所などない」を見て、我々が瞬時に思い浮かべるのは、例えばトランプ政権による右傾化、貧困、差別、疫病…現代における解決しなければならない問題の数々だ。彼女にとって、安全ではない世の中をサバイブする方法、その鍵は、「いかに自立し他者との関係性を大切にするか」なのだろう。言葉にすればあまりにシンプルかもしれないが、これは現代を生きる我々が常に問い続ける課題の1つでもある。主張しながら、どうやって周囲と連帯していくか。筆者自身、彼女の存在に気付き、その音楽に魅かれた理由が、彼女のこの志向と関係があると感じている。
ここ数年、モッキーやモーゼス・サムニー、ジョーイ・ドーシックら、ロサンゼルスで活動するミュージシャンたちと関わりながら創作し、さらに存在感を強くするニア・アンドリュース。そんな彼女が、実際にどのように音楽と向き合い本作を完成させたか、音楽というコミュニケーションをどう考えているか、2019年11月にブルーノート東京の公演で来日を行った際に話を聞いた。
(取材・文・写真=加藤孔紀 通訳=アレックス・シャピロ)
Interview with Nia Andrews
――(インタビューが始まる前に)今回が6度目の来日と言っていましたが、初めて来たときは自身のライブだったんですか?
Nia Andrews(以下、N):以前、コモンのアシスタントをしていたときに、初めて日本に来たの。そのときは、彼のステージで歌うことになっていて、はじめてソロで歌ったのもそのステージだったわ。
――コモンのクリエイティブ・アシスタントをしていたと聞いたんですが、具体的にはどんなことをしていたんですか?
N:はじめはセカンド・アシスタントとして、下働きのような仕事をしていたの。けど、彼は私に別な才能があると思ってくれていて、曲のイメージを具体化していく作業や、クリエイティブ・ディレクションを手伝うようになった。具体的に言うと、曲のアイディアやコラボレーションする相手の提案、どんなアルバムを聴いた方がいいかとかも提案したわ。あと、彼の洋服のスタイリングもしていたわね。
――最新作『No Place Is Safe』では楽曲はもちろん、アートワークなどもセルフ・プロデュースでしたね。
N:音楽もそうだけど、色んな面でセルフ・プロデュースやディレクションをしたかったの。アルバムのアートワークを実際に撮ったのは、メレディ・マクダニエルという写真家なんだけど、どういうシチュエーションで撮影したいかは自分自身でディレクションをした。あと、グラフィック・デザインも自分でやっていて、このアルバムに関して言えば、制作に必要な資金も全て自分で調達したの。日本ではCDもリリースされてるんだけど、それに関しては別なデザイナーの手によるものね。
――前作のEP『From Here』はモッキーとの制作、プロデュースによってつくられたものでしたが、今作がセルフ・プロデュースになったのはなぜですか?
N:意識してこういうかたちにしたわけではなかったの。コラボレーションしたい相手がいたけど都合が合わなかったりして、結果的に1人で作ることになった。それと、はじめからアルバムを作ろうと思っていたわけじゃなくて、毎日新しい曲を書くことをエクササイズのように2カ月続けていて、結果的にそれがアルバムになった。だから、自然とセルフ・プロデュースになっていったアルバムね。曲をつくる上で人から意見を求めなかったのは、自分の音楽を守りたかったから。人の意見を聞くと、その意見が反映されてしまって、自分の曲じゃなくなってしまう気がしたの。だから、リリース前に音源を聴かせた人も限られていて、いつも厳しい意見を言ってくれる息子と、もう1人がモッキーだった。自信のない私に、モッキーは「いいアルバムだから自信を持っていいと思う」と言ってくれて嬉しかったわ。
――発表前の音源を聴かせた相手がモッキーだったのはなぜですか?
N:前から音楽の制作をしている仲だったからね。直接制作に関わっていない人に聴いてもらうことって、楽曲にとってもいいことなの。ただ、彼から言われた意見を全て聞き入れたわけじゃなくて、この意見は違うなと思うこともあって、そういうときは自分の意見を優先したわ。それと、意見を言ってもらうだけが全てじゃなくて、隣に座ってもらって一緒に音源を聴きながら、この人はどう思っているかな、この人はアルバムや曲のどんな部分が好きなのかなって想像をめぐらせることが大事なの。それは、1人じゃできないことだから。あと、彼に聴かせた音源は、ほとんどできあがってる状態のものだった。つくりはじめの段階で聴かせてしまうと、相手の影響が出てしまうから、ほとんど仕上がっている状態の音源を聴いてもらったわ。
――本作を聴いてスピリチュアルなサウンドだという印象を受けました。例えば、曲名になっている「ホ・オポノポノ」もハワイの宗教的な言葉だったりしますよね。
N:それは、私自身がスピリチュアルな人間だからね。ハワイに精神科医のヒューレン博士(※イハレアカ・ヒューレン博士はハワイ在住でハワイの<ホ・オポノポノ>の考え方を用いるセラピスト)って人がいて、重度の精神疾患を抱えた患者の治療として、博士自身が自分の中に作り上げていた患者のイメージを変えることで、患者たちを治癒に導いたって話を聞いたの。「ホ・オポノポノ」はハワイの許しの言葉で、周りで起きている悪いことは自らの中にも何か悪い要因があるから起きている、だから祈らなければいけないという意味を持っている。私はそういうスピリチュアルな話を大事に思っていて、それが自分の音楽にも表れていると思う。けど、自分の音楽をスピリチュアルにしようと意識したわけではないの。ただ、人から言われることは多くて、例えば、この作品をリリースした後、インスタグラム上でセージ(※ネイティブアメリカンの人々が儀式に用いたシソ科アオギリ属の多年草)を束にして燃やして、その煙で自宅を浄化している人を見たんだけど、私の音楽を聴きながらやってたのよね。
――今回のライブを拝見して、また本作を聴いて、あなた自身が大きい音と小さい音、音量のコントロールにすごく意識的だと感じました。
N:私は、全ての人々が静寂を求める必要があると思っているの。いま、私たちは騒々しい世界で生きていて、けどそこにある音楽の多くは内向的で静寂を必要とするものだと思う。そういう静寂の中にある小さな声や音は、私たちの直感とも繋がっているし、ときには少しの間、大きな音を出すことで元気になることもあって、人生にはそういう緩急があると思っているわ。けど、私自身は、騒々しさが持つ勢いみたいなものじゃなくて、自分の力を引き出すために静けさの中で集中することを好んでいるの。
――ブルー・ノートでの公演前日にブルックリン・パーラーで行われたライブの冒頭で、「深呼吸をして、想像して、それぞれが思い浮かんだ音を歌ってほしい」と観客に求めた場面がありましたよね。
N:あのパフォーマンスは、私が心地がいいと感じるものでもあるし、オーディエンスに安心感を持ってもらうためでもある。観客と繋がることが、演奏前の私の助けになるの。これをやるのとやらないのでは全然違って、お客さんが会場に来て、単にライブを観るのではなく、そこにいる全員と互いに繋がることで、いつもとは違う感覚を得ることができる。演奏者と観客の対話のような体験になっているとも思うわ。
――あのパフォーマンスはオーディエンスをすごく開放的な気分にさせるもので、それこそ精神に訴えかけるようなサウンドでした。
N:あのパフォーマンスの後ってリラックスした気分になるでしょ。これをやるときって、理解してもらえるか、いつも不安になるの。今回だって、日本では言葉が通じないから、思ったようにいかないかもと思っていて。ブルックリン・パーラーで演奏したときは、(言葉が通じる)外国人がたくさんいたのもあったと思うけど、結果的にはやってよかったと思ったわ。全員の大きな声が、癒しのエネルギーになって運ばれていく様子が視覚的に見える感じもした。これって瞑想のようなものだなとも思うの。
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