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映画『午前4時にパリの夜は明ける』
80年代パリの深夜ラジオに聴く“希望”

23 April 2023 | By Yasuo Murao

『午前4時にパリの夜は明ける』は、80年代を通じてパリ郊外に暮らす家族を見つめた物語だ。1981年。パリ郊外の高層アパートに引っ越してきたエリザベートは夫との離婚が決まったばかり。これからは女手ひとつで息子のマチアスと娘のジュディットを育てなくてはいけない。仕事探しに奔走するエリザベートは、ラジオ局の面接を受けて、大好きなラジオの深夜番組《夜の乗客》の電話受け付け係に採用される。そして、番組のゲストとして呼ばれたリスナーの少女、タルラがホームレスであることを知ったエリザベートは、彼女をアパートに招いて一緒に暮らし始める。

エリザベートを演じるのはシャルロット・ゲンスブール。パートナーがいなくなったことに孤独や不安を感じ、時には家族の前で泣いてしまう脆さがありながらも、正しいと思うことを貫く勇気を持っている。そんな等身大の中年女性を細やかに演じている。思えばシャルロットは1984年に「Lemon Incest」で歌手デビュー。『なまいきシャルロット』(1986年)でセザール賞の有望若手女優賞を史上最年少(14歳)で受賞した。それから月日が流れ、華やかなデビューを飾った時代を舞台にした物語で、疲れ果てたシングルマザーを演じているのが感慨深い。

観客はタルラを通じてエリザベート一家の生活に入りこむ。そして、タルラがエリザベートと親子のような関係を、マチアスとは恋人のような関係を結ぶこと家族の物語は多面的になる。やがてエリザベートは新しいパートナーと出会い、ジュディットは政治に興味を持ち、マチアスは詩人になることを決意する。それぞれが新しい人生に向かって変化していく姿を、随所に80年代の記録映像を織り込みながら描いた本作は家族の年代記といった趣がある。そこで重要な役割を果たしているのが、劇中に散りばめられた音楽だ。

© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

近年、映画のサントラに80年代ヒット・ソングがノスタルジックに使われることが多くなったが、本作で使用される曲の多くはネオアコ(ネオ・アコースティック)やギター・ポップ。そこにパンクやインディー・ロックが混じった選曲には、監督のミカエル・アースの趣味が大きく反映されている。アースが注目を集めた前作『アマンダと僕』(2018年)のヒロイン、アマンダの名前が、アースが大好きなギター・ポップ・バンド、ゴー・ビトゥイーンズのメンバー、アマンダ・ブラウンから取られているくらい、アースは音楽を愛している。

1984年のエピソードの冒頭、マチアスが友達と自転車に乗って走る抜ける時に流れるのはロイド・コール&コモーションズ「Rattlesnakes」。ボブ・ディランに影響を受けて文学的な歌詞を書くコールの曲が、詩人を目指すマチアスのキャラクターにあっている。そして、エリザベートが夜の街を歩いている時に流れるのが、日本と同じくらいフランスでも人気があるイギリスのネオアコ・バンド、ペイル・ファウンテンズ「Unless」。“There was a lonely Boy(孤独な少年がいたんだ)”という歌詞から始まるこの繊細な曲は、エリザベートのイメージにぴったりだ。

エリザベートに関する曲でほかに印象的なのは、1988年のエピソードの冒頭、エリザベートがクラブで踊っている時にかかり、エンディングでも流れるシー・メイル「I Wanna Discover You」だ。シンセ・サウンドが80年代っぽいイタロ・ディスコ曲だが、シャルロットのようにか細い歌声で“あなたに側にいて欲しい”と歌う。そして、ついに見つけた新しい恋人と愛をかわして朝帰りしたエリザベートが、幸せそうな表情を浮かべて聴いているのが、フレンチ・ギター・ポップ・バンド、レ・ジノサンのヒット曲「Jodie」。そこに柔らかな陽射しが差し込むショットが美しい。

一方、エリザベート家で暮らすようになったタルラが部屋で聴いているのがNYパンクを代表するテレヴィジョン「See No Evil」。タルラは放浪の生活を送り、ドラッグがやめられないという荒んだ一面があるが、トム・ヴァーレインの文学性が光るテレヴィジョンを聴く感性を持っているのだ。そんなタルラとマチアスが焚き火を囲んでキスをするシーンでは、遠くからヘヴンリィの「P.U.N.K Girl」が聞こえてくる。“みんな彼女のことを不良だというけれど、私といる時は素敵な女の子”という歌詞は、マチアスの目線からタルラを見ているようでもある。

そんな風に様々な楽曲がキャラクターの性格や心情を表しているのは、エリザベートの家族が音楽で結ばれているから。映画のクライマックスでは、フランスのシャンソン歌手、ジョー・ダッサン「Et Si Tu N’Existais Pass」を聴きながら、タルラを含めて家族全員でダンスをする。エリザベート家では、プリンを作った時は必ずこの曲にあわせてダンスをすることになっているのだ。そして、ダンスのあとにレコードで聴くのが、ネオアコ好きに人気のシンガー・ソングライター、ジョン・カニンガムの「Hollow Truce」。エリザベートの別れた夫のレコードという設定だが、かなりの音楽好きだったのだろう。「Hollow Truce」が収録されたアルバム『Shankly Gates』は1992年の作品なので、映画的なファンタジーではあるのだけれど。

そういう音楽好きのための目配せのようなものが随所にある映画だが、なかでも驚いたのはタルラとマチアスが映画にエキストラとして出演するシーンだ。助監督のカチンコが一瞬映るのだが、そこにクレジットされた映画のタイトル「A Day for Destroying Things」は、ブリストルの伝説的なネオアコ・レーベル《Sarah》が活動休止をした時にNMEに広告を出した際の見出し。そして、監督=Clare Wadd、カメラマン=Matt Haynesは《Sarah》の創設者で、製作会社の《Shadow Factory》は《Sarah》のコンピのタイトルだ。そんなマニアックないたらずらが微笑ましい。

そのほか、ドゥルッティ・コラム、ジョン・ケイル、ロウ、そして、当然のようにゴー・ビトゥイーンズなどの曲も使用されている。ミカエル・アース監督は1975年生まれ。10代でネオアコやギター・ポップが好きになり、やがてインディー・ロックを聞くようになる、という他人事とは思えない音楽遍歴が、そのまま映画のサントラに反映されている。そういった個人的な選曲が映画に親密な空気を醸し出しているのだろう。スコアを手掛けたのは前作に続いてアントン・サンコだが、アース監督は80年代の曲に馴染むようにシンセを使って欲しいとリクエスト。といってもきらびやかな音ではなく、アンビエントで内省的なスコアが映画の雰囲気にフィットしている。

アースはそんな風に音楽で80年代に空気を醸し出しつつ、映画館のシーンでは、エリック・ロメール監督『満月の夜』(1984年)、ジャック・リヴェット監督作『北の橋』(1981年)のシーンを引用。両作品に出演していて、1984年に25歳で亡くなった女優、パスカル・オジェにオマージュを捧げている。彼女は薬物使用が原因で亡くなったとも言われているが、タルラにはオジェのイメージが重なる。そして、そこにはアースが影響を受けたヌーヴェルヴァーグへのオマージュも含まれているのだ。

© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

アースはテクスチャー(質感)を大切にする監督だ。本作ではあえて解像度を落として柔らかな映像にしているが、そのまろやかな色合い、そして、様々な音楽が醸し出す80年代の空気は繊細で暖かい。本作でラジオの深夜番組をモチーフにしたのは、SNSがなかった時代にラジオの深夜番組が孤独な人々を繋ぐメディアだったからだろう。エリザベートも《夜の乗客》を聞いて孤独を癒していた。映画はミッテラン大統領就任を祝う人々の姿から始まるが、初めて左派政権が生まれた80年代のフランスは新しい時代を迎える希望に沸いていた。社会の分断や個人の孤立化が進む現代。本作は80年代のパリの片隅で暮らす家族を通じて、ささやかな希望を描き出す。そして、ラジオの深夜番組のDJが語りかける親密な言葉、流してくれる音楽のように、この映画も観客に寄り添ってくれるだろう。(村尾泰郎)

Text By Yasuo Murao


『午前4時にパリの夜は明ける』

4月21日(金)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次公開

監督・脚本:ミカエル・アース(『アマンダと僕』)
出演:シャルロット・ゲンズブール、キト・レイヨン=リシュテル、ノエ・アビタ、 メーガン・ノータム、エマニュエル・ベアール
配給:ビターズ・エンド
記事内画像:© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
公式サイト

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