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《Now Our Minds are in LA #2》
現代アメリカ随一のプロデューサーでもあるブレイク・ミルズ
その革新性あるギタリストとしての矜持

誰もがその存在をすっかり忘れていたローランドのヴィンテージ・ギター・シンセの可能性を再発見し制作された5曲入り『Look』(2018年)。ここで聴かせた複層的にレイヤーされたゆったりと移ろいゆく電子音の多くがこのギター・シンセによって構成されている。発音(ピッキング)から必ず音が減衰していくのはギターという楽器の特性であるが、このギター・シンセの使用はギターという楽器からギターらしさと言われるインディオム性を解放するのに一役かっているのは『Look』で聴けるギターの音の多くがギターらしからぬ音によって構成されている点から見て取れる。

これまでに制作されたソロ作での立体的な音響アプローチはブレイク・ミルズの大発明であるものの、楽曲構造はあくまでクラシック・ロックの語法を基盤にしていた印象が強かったが、音楽からメロディやビートを取り除き響きを抽出したアンビエントというフォーマットでの『Look』を経て、自身の音楽スタイルを完全に一新したブレイク・ミルズが、改めてポップスに向き合ったのが、この最新作『Mutable Set』と言えるのではないだろうか。

ギター不遇時代におけるギター・アルバムとしては、ギターへのフェティシズムを全面に押し出したヴァンパイア・ウィークエンド『Father of the Bride』(2019年)も記憶に新しいが、ギターらしい音色と組み合わせの新しさ追求をしたこの作品とは対照的に、『Mutable Set』では既存のギター・イディオムを回避した非ギター的な音色使いが多くの楽曲中に散りばめられている。たとえば「Never Forever」の冒頭にゆったり立ち上がる電子音や、「Summer All Over」の中盤から登場する唸るような低音、そして本作のハイライト「Vanishing Twin」でのリフは、『Look』で試みたギター・シンセでの複層的なレイヤーをポップ・ミュージックへ応用したものとみてとれる。

本作でも一聴でギターらしいギターの音色は少なく、アルバム・リリースに先立って配信された「Vanishing Twin」のクライマックスを飾るギター・ソロくらいだろうか。アウトロひと回しは甘いクリーン・トーン(彼がよく手にしているGibson Barney Kesselモデルとブラック・フェイス系のフェンダー・アンプの組み合わせだろうか)が中心だが、次第にブーミーなディストーション・ギターがダイナミクスをうねらせながら波の満ち引きのようにウネリをあげ、これもまたシンセ的なアブストラクトな音色と言えるだろう。

ギター・ミュージック=ロック全盛の1960〜90年代という時代があまりに濃く結びついている。そこからの逸脱が2000年以降エレクトロニカ、ポストロックをはじめラディカルな音楽像として求められ、2010年代後半はそうしたアプローチが成熟の時を迎えたように感じる。ロックの身体性から解き放たれるために、メトロノームのグリッド線を基本に視覚的に編集されたビート、多くのプリセット音を内蔵したソフトシンセの使用、ドラムやハープからシンセ、ノイズまで、サンプル音を選んで刻んで貼り付けて楽曲が完成。というプロセスがある時代に対するラディカルさとして映る一方、そうして制作された音楽がメインストリームでも量産され、いよいよ飽和的な状態となったのが2010年代後半。というのは、あくまで個人的な雑感だが、一方で、DTMソフトやプラグインの発達でこれまでにない解像度の高いアコースティック録音作品もまた近年増えてきている中で、楽曲のアンサンブル構造も非ギター的でありながら、ギターならではのアーティキュレーションによる、これまで耳にした事がない革新的な構造を有した本作はそんな流れにおける決定的な作品ではないだろうか。

また楽曲構造という点でも、チャールズ・アイヴスやネッド・ローレムといったアメリカン・クラシック、アーヴィング・バーリンやジョージ・ガーシュウィンを彷彿とさせる1950年代以前の大衆音楽、ハリー・スミス編『Anthology Of American Folk Music』の歴史的文脈を感じさせながら、1960〜90年代のロック的な構造を回避した上で、3コード・リフレイン的な感覚の今日的な削ぎ落とされたポップスとして作り上げられているのと、ギター・サウンドの更新というのは恐らくブレイク・ミルズ自身も意識的な部分なのではないだろうか。非常に興味深い。

ギタリストとしてのブレイク・ミルズは、奏法、技術面ではデレク・トラックスやジュリアン・ラージにも通じるトラディショナル〜エフェクトに頼らないフィジカル的な革新さを自在に行き来する。そして彼の歌伴奏は多くのギター・ヒーローが陥るある種の怠惰で散漫なジャム・セッション的ムードを回避した楽曲に対する徹底した構築力を感じさせる。そんな彼が新しい10年へのスタートとして生み出した『Mutable Set』は、この先のギター・ミュージックにおける多くの示唆を孕んでいると考える。(岡田拓郎)


Photo by Kourtney Kyung Smith



Text By Now Our Minds are in LATakuro Okada


Blake Mills

Mutable Set

Release Date: 2020.05.08
Label: Verve

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