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またホンデで会おう〜韓国インディ音楽通信〜
第2回 朝鮮伝統音楽からジャズ、ファンク、レゲエまで…韓国インディ・シーンのルーツ音楽を更新するバンドたち

23 November 2020 | By Daichi Yamamoto

LEENALCHI、Chudahye Chagis、イ・ヒムン&ホソンセウォル&ノムノム。前回の記事「Best Korean Indie Albums for The First Half of 2020」で取り上げたこの3組には共通点がある。それはパンソリや民謡などの「国楽」と言われている朝鮮の伝統音楽を取り入れたバンドであることだ。実は「国楽」は現在、韓国インディで最もホットなキーワードの一つと言っていい。その筆頭的存在、LEENALCHIはアルバム『水宮歌』発表以降、楽曲が使われている韓国観光公社の広報動画は第一弾で公開されたものがどれも3,000万回前後の再生回数を記録し、最近はバラエティ番組にも出演するなど「国楽」、「インディ」という枠を超えて人気が広まっている。また伝統楽器の演奏者3人を持つバンド、Coreyahは今年アメリカ・NPRの「Tiny Desk Concert」に出演した。こうしたバンドの特徴は、パンソリや民謡の歌い方や伝統楽器の音の鳴りを生かしながらも、体を動かしたり、歌いたくなったりするリズムの”楽しさ”、あるいは現代にも通ずる歌のテーマなどを通して、”いまのポップ・ミュージック”として魅力的に伝えていることだ。

一方で、こうしたバンドについて調べたり、実際にライブで見てみると新たなことに気づいた。それは、前回の記事で紹介した先述の3組をはじめ、パンソリや民謡の歌い手の後ろで演奏しているバンド・メンバーたちは、普段は国楽ではなく、ジャズやR&B・ファンク、レゲエなど西洋にルーツを持つジャンルのバンドで精力的に活動する実力あるミュージシャンたちだということだ。これらのジャンルはバンドの数こそ多くなさそうだが、その代わり演奏者同士の関わりが深く、各演奏者がある時はジャズ・バンドで演奏し、ある時はレゲエ・バンド、ある時はそこにパンソリや民謡の歌い手が加わったりと、ジャンルを超えた緩やかで濃い繋がりがある。そのため、各バンド、基盤とする一つのジャンルはありながらも、細部には多様なジャンルが混交して聞こえ、音楽性豊かな作品ができている。
こうしたバンドたちの存在こそが、韓国の大衆音楽を多様にし、ホンデのインディ・シーンにエネルギーをもたらしている。今回はモダンな魅力も聴かせる国楽バンド2組と、ジャズやR&B・ファンク、レゲエなどのルーツ音楽の演奏者たちが活躍するバンド5組を紹介する。

国楽のジャンルと朝鮮の伝統楽器たち

各バンドを紹介する前に、日本ではあまり馴染みのない朝鮮の伝統音楽としての「国楽」について簡単に紹介する(「国楽」という言葉自体は日本や中国でも同様の意味で使われている)。

1. 地域毎に異なる特徴を持つ朝鮮民謡
この連載の関連アーティスト:Chudahye Chagis(第1回)、 イ・ヒムン&ホソンセウォル&ノムノム (第1回)、Ak Dan Gwang Chil(本記事)
日本にも各地に伝わる伝統的な民謡があるように、韓国と北朝鮮にも日本の都道府県区分に当たる「〜道」毎に多様な民謡音楽がある。地域毎に歌い方に違いがあるようだが、例えばイ・ヒムンは韓国の京畿道の民謡を、チュダヒェとAk Dan Gwang Chilは北朝鮮の黄海道の民謡を基盤にしている。南北の交流が盛んではないにも関わらず、北朝鮮の地方の民謡も韓国の歌い手たちによって伝承され続けているというのは興味深いだろう。

2. 代表的な民俗芸能、パンソリ
この連載の関連アーティスト:LEENALCHI(第1回)、Soul Sauce with Kim Yulhee(本記事)
18世紀に生まれた朝鮮の伝統民俗芸能であり、2003年にはユネスコ無形文化遺産に登録されている。ソリクン(歌い手)、コス(鼓手・ 太鼓の叩き手)の二人で成り立つ(公演の時は観客たちのチュイムセと呼ばれる掛け声も重要な要素だ)。歌い手は韓国に古くから伝わる物語を語りや身振りを含めて表現し、演劇的要素も強く「一人オペラ」ともよく例えられる。大抵一つの物語を披露するのに、2時間から長いもので8時間かかる。

3. コリアン・ゴスペル・ミュージック!? クッ音楽
この連載で登場する関連アーティスト:Chudahye Chagis(第1回)、 Ak Dan Gwang Chil(本記事)
朝鮮のシャーマニズム、「巫俗(ふぞく)」の中に「クッ」と呼ばれる儀式がある。クッでは神と人間との間を仲立ちするシャーマンである「ムダン」(「ムーダン」とも。男性の場合は「パクス」とも呼ばれる)がムカ(巫歌)と呼ばれる歌を歌い、周りの伴奏と合わせて「クッ音楽」または「巫俗音楽」と呼ぶ。クッ音楽も民謡同様に地域毎に異なる特徴を持つ。

例えば下記の動画は、今回紹介する Ak Dan Gwang Chilも再解釈している「영정거리 Youngjeonggeori ヨンジョンコリ」という歌で、俗っぽい鬼や不精な神を指す”ヨンジョン”を歌詞の中で列挙し、神を仕える前にそれらを浄化しその場を清潔にするというテーマだ。BIZ.HANKOOKで記者のイドクは、クッ音楽のことを「神、鬼に捧げる歌であると同時に彼らを呼び、人々は楽しく歌うという点でゴスペルのようだ。コリアン・ゴスペル、K-ゴスペルであるわけだ」と表現したが、ゴスペルが大衆音楽に影響を強く与えたように、パンソリの起源ともされるクッ音楽も、本項で紹介されるバンドによって、大衆を惹きつける音楽となるのだ。

伝統楽器を基盤にしながらもモダンな魅力も兼ね備えた国楽バンド

●Ak Dan Gwang Chil 악단광칠(アクダンクァンチル)
MUST LISTEN:アルバム 『인생 꽃 같네 Such is Life』
バンド名を漢字に直すと楽団光七。日本の統治からの解放を意味する”光復”70周年の2015年に結成され、このバンド名が付けられた。主に北朝鮮の南西部、黄海道に伝わる民謡やクッ音楽を、弦楽器(カヤグム、アジェン)、管楽器(テグム、ピリ、センファン)、打楽器(チャング、チンなど)まで多様な伝統楽器を使って再解釈している9人組バンドだ。年初には米・ワシントンのケネディ・センターで公演を果たしたし、夏にはRoskilde FestivalやSzight Festivalなど著名なフェスティバルに出演する予定もあった。宗教的な音楽として、リチュアルにも、スピリチュアルにも聴けるが、一方でこの「Whatever」のライブ映像を見ていると、あくまで伝統楽器たちはロック・バンドのギター、ベース、ドラムに取って代わっただけだと思いたくなるような、エネルギッシュな魅力も感じる。

●Coreyah 고래야

MUST LISTEN:アルバム『박수무곡 Clap & Applause』
2010年に結成、弦楽器(コムンゴ)と管楽器(テグム、ソグム、トゥンソ)、打楽器(チャング、チンなど)の伝統楽器の奏者と、ギタリスト、パーカッショニスト、ボーカルの6人から成る。欧米での公演も数多くこなしており、今年はあのNPRの「Tiny Desk Concert」にリモートでも出演(コムンゴは正式メンバーとは別な奏者が演奏)した。Coreyahの特徴は朝鮮の伝統音楽だけでなく、ロマ音楽など世界各地の民族音楽を取り入れていることだ。コムンゴ、ボーカル、ギターのメンバーを一新し今年発表したアルバム『박수무곡 Clap & Applause』は直訳すると”拍手舞曲”。その名の通り手拍子や踊りをしたくなるリズミカルな曲たちは、聴くもの全てを温かく包み込む、普遍的で越境的な魅力を感じさせる。特に穏やかで荘厳なイントロ「Bakusori」からキャッチーなギター・リフや歌の掛け合いが楽しい「How Far You’ve Come」に自然と繋がるアルバムの序盤の流れは何度聴いても圧巻。「Yellow Flower」ではネオソウル・シンガー、ソ・サムエルも参加している

ジャズ、R&B・ファンク、レゲエ… ジャンル混交な西洋のルーツ音楽のミュージシャンたちによるバンド

▲この後に紹介するバンドと主要ミュージシャンたちの所属するバンドを整理した表
✔︎※=一部楽曲のみ参加。イ・シムンはSoul Sauce meets Kim Yulheeから2020年10月に脱退
*スマイリー・ソンはShin Hante & Reggae Soulのアルバムをプロデュース


●Kim Oki キム・オキ 김오키 / Fucking Madness
MUST LISTEN:Kim Oki 『Fuckingmadness』、『Spirit Advance Unit』、『For My Angel』、Fucking Madness 『Big Picture』
2019年のアルバム『Spirit Advance Unit』で韓国大衆音楽賞のジャズ部門のみならず、主要部門の「今年のミュージシャン」まで受賞しているサクソフォニスト、キム・オキ(芸名の”オキ”は彼が何度も訪れている沖縄から取られている)。 25歳でサックスを始める前はBボーイをしていたり、「ジャズというジャンルの中だけに閉じ込められるのは好きじゃない」とか、ジャズ・クラブよりもホンデのインディ・シーンのライブハウスでの演奏を好んだりとか、彼の経歴やインタビューでの発言からもジャンルのクロスオーバーに積極的な姿が伺える。自身のソロ作品の他にも、Kim Oki Saturn Ballad電気詐欺師Aban Trioなどたくさんのプロジェクトで活動しているが、象徴的なプロジェクトは、オキがリーダーを務め、2017年のキム・オキ名義のアルバム『Fuckingmadness』制作時に結成された12人の大所帯バンド、Fucking Madnessだ。この後紹介する他ジャンルのバンドたちでも活動するミュージシャンが揃っていて、そのサウンドはジャズだけでなく、ヒップホップ、ネオソウルやR&B、レゲエなどあらゆるジャンルが自然と溶け合っている。

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●Soul Sauce with Kim Yulhee 소울소수 meets 김율희 (ソウル・ソース・ミーツ・キム・ユルヒ、“NST & The Soul Sauce with Kim Yulhee”から今年改名)
MUST LISTEN:アルバム『Version』、シングル「 (Who Knows) The Swallow Knows」
ベース兼ボーカルのノ・ソンテク、レゲエ・ミュージックのDJとしても何度も日本ツアーを行なっている、パーカッション兼ボーカルのスマイリー・ソンらを中心にした7人組バンド、ソウル・ソースにパンソリの歌い手、キム・ユルヒが加入したプロジェクト。独特のリズムで物語を伝えるユルヒの歌に合わせて、リズムや抑揚に変化を加えるバンドの演奏は、実際のパンソリでの歌い手とコス(鼓手)、観客のやり取りに近いものがあるように感じられる。一方でレゲエを中心にダブ、アフロビート、スカなどが取り入れられた演奏は、ダンス・ミュージックとして機能していて「東洋」と「西洋」の境界を、歴史を超えて果敢に取っ払って見せる。またChudahye Chagis同様、内田直之がここでもダブ・ミックスを担当している。NST&Soul Sauce meets KimやChudahye Chagis、この後紹介するShin Hantae & the Reggae Soulをはじめ、レゲエやダブから、スカ、カリビアン・ミュージックなどの作品を数多くリリースしているレーベル<東洋標準音響社 EASTERN STANDARD SOUNDS>の名前も是非覚えておいてほしい。

●Cadejo 까데호
MUST LISTEN:アルバム『FREESUMER』、『FREEBODY』、シングル「Cyber Holiday」
Fucking MadnessやChudahye Chagis等でも活躍するドラムのキム・ダビン、ベースのキム・ジェホ、R&Bシンガーのソ・サムエルがの今年発表した「DAMN THINGS」にも参加したギタリスト、イ・テフンから成る3人組。ヒップホップ、ファンクやジャズなどを基盤にしていて、少しのリズムのズレを生かしたような独特のグルーヴは、ニューオーリンズ・ファンクのミーターズを想起させたり、サンダーキャットに強く影響を受けたという「Us」からはAORっぽさも感じる。ライブは音源以上にジャム要素が強く、スリリングなその演奏こそ見て欲しいバンドだ。11月18日にはニュー・アルバム『FREDBODY』を発表。

●Brass Monkeys
MUST LISTEN:アルバム『Guacamole Pie 』
Fucking Madnessでトランペットを演奏しているブライアン・シンが、スーザファオンを演奏、彼を中心にした4人組ジャズ・バンド。今年7月に初の音源となるアルバム『Guacamole Pie』を発表した。アフロビートのリズム感が強く感じられて、聴いた印象はロンドンのシャカバ・ハッチングスのバンド、Sons Of Kemetsに近く感じる。ちなみに、ブライアン・シンは全世界99万人が視聴した先日のBTSのオンライン・コンサート「BTS MAP OF THE SOUL ON:E」にもマーチング・バンドの一員として参加していた。

●Shin Hantae & the Reggae Soul 신한태와 레게소울
MUST LISTEN:アルバム『Ark of Ideals』
最後に紹介するのは20代前半の、このシーンでは若手に当たる6人組レゲエ・バンドだ。Soul Sauceのスマイリー・ソンがプロデュースし、7月に発表されたアルバム『Ark of Ideals』は、韓国の現代社会を生きる若者の苦悩を歌う「20s」や“”あの38度線の向こうに誰がいるだろうか / どんな歌が流れているだろうか”と南北統一を願うような「38선 (38度線)」をはじめ、愛や自由、平和をテーマにした歌たちがボブ・マーリーの精神も正統に受け継いでいる。

★レゲエ・バー、“LO-OK 로옥 (ローオク)”
恩平(ウンピョン)区シンサドンにあるレゲエ・バー、”LO-OK 로옥 (ローオク)”はSoul SauceのSmiley Songが夫婦で経営している。ルーツ・レゲエ、ダブ、ラヴァーズ・ロックなどのレコードがプレイされている、レトロなインテリアの店内にはレコード、フラッグ、レゲエ関連公演やスマイリー・ソンが参加した公演のフライヤー、Tシャツなどスマイリー・ソンが収集してきたレゲエ関連のありとあらゆるものが飾られている。また輸入ビール、30数種類のカクテルや、食事はジャマイカ式のチキンとチャーハンである「ジャークチキンピラフ」も楽しめる。日本語も堪能なスマイリー・ソンがお店にいるときには、レゲエ音楽をはじめ様々な話を直接聞くことも出来るだろう。
レゲエ・バー LO-OK 로옥(ローオク)
住所: ソウル特別市恩平(ウンピョン)区シンサドン34-45(서울특별시 은평구 신사동 34-45)
アクセス:地下鉄6号線セジョル駅(새절역)下車徒歩約10分

表紙アルバム・アートワーク
(左上→右上→左下→右下の順)
Fucking Madness 『Big Picture』
Coreyah 『박수무곡 Clap & Applause』(by 엄지효(Void Studio), 백승미 (RSG works))
Kim Oki 『Spirit Advance Unit』
Brass monkeys 『Guacamole Pie』(by Ruff)
Ak Dan Gwang Chil 『인생 꽃 같네 Such is Life』(by Ricardo Cavolo)
Cadejo 『FREESUMMER』(by 김선익(@KIMSUNIK_), 김도형(@PHILLIP.WINDLY))
Soul Sauce meets Kim Yulhee 『Version』(by 이함 leehaam (slswqcqk))
Shin Hantae & the Reggae Soul 『Ark Of Ideals』(by 조율)

Text By Daichi Yamamoto


■連載アーカイヴ
【第1回】Best Korean Indie Albums for The First Half of 2020

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