アメリカを漂流する名もなき人々/アメリカ・インディー映画界で注目を集める2人の女性監督
アメリカのインディー映画界で注目を集め2人の女性監督の作品が、同時期に日本公開されることになった。ケリー・ライカートとマーニー・エレン・ハーツラーはそれぞれ独自のスタイルを持っているが、通じるものがあるとするなら、それは社会からはみ出してしまった人々を題材にしているところだろう。そこには、アメリカ社会を底辺から見つめようとする強い眼差しがある。
フロリダ出身で94年に監督デビューしたケリー・ライカートは、今やインディー映画界を代表するベテランの一人。大学で映画を教えながら作品を撮り続けてきたが、今回『ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ』と題して初期代表作4作品が公開される。
ケリー・ライカート
デビュー作『リバー・オブ・グラス』(1994年)は、退屈な毎日を送っていた人妻、コージーと、偶然、拳銃を手に入れた青年、リーの物語。彼女の作品では珍しくフィルムノワール的なムードが漂っている。とはいえ、殺人を犯したと思った2人が街を出ようと思ってもうまくいかず、ただウロウロし続けるのはライカートらしいところ。犯罪を犯した男女の逃避行、というハリウッド的なストーリー展開から、物語はどんどんズレていく。
『リバー・オブ・グラス』(C)1995 COZY PRODUCTIONS
また、本作は音楽ネタが多いのが特徴で、なかでも印象的なのがリーの母親のレコードコレクションだ。コージーがそのコレクションを見ている時にジャケットが次々とアップになるが、そこに映し出されるのは、ブリジッド・バルドー、マリーネ・デードリッヒ、ロニー・スペクター、ジャンヌ・モローなど個性的な女性たちだ。映画の最後にコージーがリーに対してとった思いもよらぬ行動。そして、そこで流れるジャズ・スタンダード「Travelin’ Light」からは、この映画が女性映画のオルタナティヴなヴァージョンであることが伝わってくる。
『リバー・オブ・グラス』(C)1995 COZY PRODUCTIONS
『リバー・オブ・グラス』のエンドロールには、スティーヴ・シェリー(ソニック・ユース)のレーベルからデビューしたばかりのロック・バンド、サミーの「Evergladed」が流れる。ライカートはインディー・ロック・シーンと交流があり、本作に続いて制作した短編『Ode』(1999年)のサントラはボニー・プリンス・ビリーことウィル・オールダムが手がけ、ヨ・ラ・テンゴが曲を提供した。そして、その両者が再び集結したのが『オールド・ジョイ』(2006年)だ。
『オールド・ジョイ』(C)2005,Lucy is My Darling,LLC.
本作のサントラはヨ・ラ・テンゴが担当。オールダムは役者として出演している。オールダムはミュージシャンとしてデビューする以前、80年代から役者として活動していた。オールダムが演じるのは、その日暮らしで生きているカート。一方、カートの旧友、マークは家を持ち、奥さんは出産を控えている立派な社会人だ。カートの誘いで、2人は久しぶりに山にキャンプに出かけることにする。
途中で道に迷ったり、野宿をしたりとささやかな出来事はあっても、ほとんど何も起こらない旅。そんななかで、マークに強い友情を抱きながらも壁を感じているカートと、カートとの距離をうまく見つけられないマークの関係は微妙に揺れ動く。2人が歩く様子を音楽で表現したというヨ・ラ・テンゴのサントラが映画に内省的な雰囲気を醸し出していて、山の中で迷うように友情なのか愛情なのかわからない曖昧な領域をさまよう2人が、一緒に温泉に入るシーンの繊細な描写に引き込まれる。ミニマルな構成。リアルな語り口など、現在に至るライカートの作風が本作で芽生えた。
『オールド・ジョイ』(C)2005,Lucy is My Darling,LLC.
ライカートが『オールド・ジョイ』で独自のスタイルを生み出したのは、原作者で共同脚本を手がけた小説家、ジョン・レイモンドの影響も大きかった。同じくレイモンドの原作を共同脚本で映画化した『ウエンディ&ルーシー』(2008年)は車で旅する若い女性、ウエンディと愛犬ルーシーの物語だ。貧しいウエンディは車に家財道具を詰め込んで、仕事を得るためにアラスカを目指して旅をしている。ところが、ある町で車中泊した際にルーシーが行方不明に。さらに車が故障してしまい、ウエンディは街から出られなくなってしまう。
『ウェンディ&ルーシー』(C) 2008 Field Guide Films LLC.
移動できないロードムービー、といった趣もある本作は『オールド・ジョイ』よりも明確なストーリーを持ち、ライカートの作風に磨きがかかっている。テーマになっているのは貧困や女性問題で、それを一身に背負ったヒロイン、ウエンディを演じたミシェル・ウィリアムズが素晴らしい。寡黙なキャラクターだが、その眼差し、仕草を通じて彼女が胸に秘めた感情が、そして、アメリカ社会で若い女性が一人で生きていくことの厳しさが伝わってくる。本作以降、ウィリアムズはライカートの作品に欠かせない役者の一人になった。ちなみに本作のテーマ曲を手がけたウィル・オールダムは浮浪者役で出演。なんだか『オールド・ジョイ』のカートの「その後」を思わせたりも。
『ウェンディ&ルーシー』(C) 2008 Field Guide Films LLC.
『ウエンディ&ルーシー』で取り上げた女性問題を、西部開拓時代を舞台にして描いたのが『ミークス・カットオフ』(2010年)だ。西部に移住しようとオレゴンの荒野を移動している3家族。彼らはスティーヴン・ミークという案内人を雇っているが、旅は過酷さを増すばかり。ミークに対して不信感が募るなか、一人の先住民が突然現れたことで彼らの中に不安が広がっていく。
『ミークス・カットオフ』(C)2010 by Thunderegg,LLC.
本作では西部劇らしいガンファイトや馬の疾走はなく、あまり描かれることがなかった女性たちの日々の営みにカメラが向けられる。ライカートは女性たちの単調な生活を浮かび上がらせて、これまで男の目線で語られてきた西部劇に新しいアングルで迫る。そこでドラマを生み出しているのが、彼らが捕まえた原住民との関係だ。開拓民たちはミークの代わりに原住民に道案内させようと考えるのだが、果たして信用できるのか。暴力的なミークに反発するエミリーを演じたミシェル・ウィリアムズが、本作でも存在感を発揮している。
『ミークス・カットオフ』(C)2010 by Thunderegg,LLC.
ミニマルなストーリー。ゆったりとしたテンポ。そして、ジャンル映画に対する批評性など、ライカートの作品はハリウッド映画と対極のような作風を持ちながら、考え抜かれたショットや構図には豊かな映画的味わいがある。そして、常にマイノリティに対する眼差しを持ち続けながら作品を取り続けてきたことも、彼女が長年にわたって映画ファンから支持されてきた理由のひとつだろう。
一方、マーニー・エレン・ハーツラーはボルチモアを拠点に活動している映像作家。2010年代から実験的な映像作品を発表してきたが、今回日本公開される『クレストーン』(2020年)は彼女にとって初めての長編だ。映画の舞台となるのは様々な新興宗教のコミューンがひしめき合う聖地、コロラド州クレストーンの砂漠地帯。そこで友人たちが新しいコミューンを作ったことを知ったハーツラーは現地に向かい、彼らを題材にした映画を撮ることにする。
友人たちが目指しているのは、資本主義社会をドロップアウトして自分たちのユートピアを作ること。廃屋を不法占拠した彼らは、Soundcloudに自作のラップをアップしたり、絵を描いたり、大麻を育てたり、それぞれが好き勝手に暮らしている。そして、定期的に付近を探検しては、廃屋や洞穴から使えそうなゴミを回収する。MGMT『Oracular Spectacular』のジャケットみたいな格好をした若者たちが荒野を彷徨う姿は、人類が破滅した近未来を舞台にしたSF映画のようだ。
『クレストーン』(C)This is Just a Test / Memory Production
ハーツラーは彼らの日常を記録しつつ、そこに寸劇の要素も取り入れて、ドキュメンタリーとノンフィクションの境界を曖昧にしている。さらに被写体と撮影の打ち合わせをしている会話も映画に記録するなど、被写体に対する距離も曖昧だ。どこまでが事実で、どこからがドラマなのかわからないまま物語は進み、やがて遠くで発生した大火事がユートピアの終焉を予感させる。アニマル・コレクティヴがサントラを手掛けた本作は、ユートピア思想というドラッグで若者たちがトリップしているよう白昼夢めいた物語だ。
また、今回、『クレストーン』と同時上映される『ヴィクトリア』というドキュメンタリー映画は、イザベル・トレネール、ソフィー・ベノート、リザベス・デ・ケウラールという3人の女性監督による作品。『クレストーン』との共通点は、『クレストーン』と同じようにアメリカの砂漠が舞台になっているのだ。カリフォルニア・シティは、60年代にある資産家がLAにつぐ大都市にしようと開発を進めたが、ゴルフコースを作ったところで計画は頓挫。今ではLAに住めない低所得者が集まる街になっていて、映画ではそこに家族と移り住んだ青年、ラシェイの日常が綴られていく。
『ヴィクトリア』(C)CAVIAR
高校に再入学して人生をやり直す決意をしたラシェイにとって、カリフォルニア・シティは「約束の地」、ラシェイは妻や子供達を連れて砂漠を歩きながら未来に想いを馳せる。拾った古い車のタイヤを丘の上から転がり落とし、子供たちとタイヤが倒れるまで見つめている無邪気な姿が忘れられない。砂埃が舞う不毛の土地にラシェイはどんな夢を描いているのか。また劇中では、サントラのようにハーモニカの音が使われているのだが、途中でそれがラシェイが散歩の途中で拾ったハーモニカの音だとわかる。その儚げな音色は砂漠のブルースのようだ。
『ヴィクトリア』(C)CAVIAR
話をハーツラーに戻すと、彼女はこの世の果てのような場所でユートピアを夢見る友人たちを肯定も否定もしない。だからといって観察に徹するわけでもなく、彼らの弱さを静かに見守るような繊細さを感じさせ、時折、荒野に幻想的な映像世界を生み出す。また、ハーツラーの過去の作品はダン・ディーコンがサントラを手掛けるなど、彼女もライカート同様に音楽シーンと交流があるようで、これからの活躍が楽しみな才能の持ち主だ。
思えば今年、『ノマドランド』でアカデミー賞を受賞したが、あの映画もクロエ・ジャオという女性監督による底辺から見たアメリカの物語だった。ケリー・ライカートとマーニー・エレン・ハーツラーはハリウッドの外部から、より鋭く、ユニークな視線でアメリカを漂流する名もなき人々の物語を描く。彼女たちのこれからの活躍に注目したい。(村尾泰郎)
Text By Yasuo Murao
特集上映「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」
配給:グッチーズ・フリースクール、シマフィルム
提供:シマフィルム、東映ビデオ
シアター・イメージフォーラムほかで公開中
『リバー・オブ・グラス 2Kレストア版』
1994年/アメリカ/スタンダード/カラー/76分 字幕翻訳:上條葉月
監督:ケリー・ライカート
脚本:ケリー・ライカート、ジェシー・ハートマン
撮影:ジム・ドゥノー
編集:ラリー・フェセンデン
音楽:ジョン・ヒル
プロダクション・デザイナー:デヴィッド・ターンバーグ
衣装デザイン:サラ・ジェーン・スロットニック
製作:ジェシー・ハートマン、ケリー・ライカート
出演:リサ・ドナルドソン(リサ・ボウマン名義)、ラリー・フェセンデン、ディック・ラッセル、スタン・カプラン、マイケル・ブシェミ
(C)1995 COZY PRODUCTIONS
『オールド・ジョイ』
2006年/アメリカ/ヴィスタ/カラー/73分 字幕翻訳:上條葉月
監督・編集:ケリー・ライカート
脚本:ケリー・ライカート、ジョナサン・レイモンド
製作:ジュリー・フィッシャー、ラース・クヌードセン、ニール・コップ、アニッシュ・サヴィアーニ、ジェイ・ヴァン・ホイ
製作総指揮:トッド・ヘインズ、ラージェン・サヴィアーニ、ジョシュア・ブルーム、マイク・S・ライアン
撮影:ピーター・シレン
音楽:ヨ・ラ・テンゴ、スモーキー・ホーメル(グレゴリー・“スモーキー”・ホーメル名義)
出演:ダニエル・ロンドン、ウィル・オールダム、タニヤ・スミス
(C)2005,Lucy is My Darling,LLC.
『ウェンディ&ルーシー』
2008年/アメリカ/ヴィスタ/カラー/80分 字幕翻訳:上條葉月
監督・編集:ケリー・ライカート
脚本:ケリー・ライカート、ジョナサン・レイモンド
製作:ニール・コップ、アニッシュ・サヴィアーニ、ラリー・フェセンデン
製作総指揮:トッド・ヘインズ、フィル・モリソン、ラジェン・サヴィアーニ、ジョシュア・ブルーム
撮影:サム・レヴィ
出演:ミシェル・ウィリアムズ、ウィル・パットン、ジョン・ロビンソン、ラリー・フェセンデン、ウィル・オールダム、ウォルター・ダルトン
(C) 2008 Field Guide Films LLC.
『ミークス・カットオフ』
2010年/アメリカ/スタンダード/カラー/103分 字幕翻訳:高橋文子
監督・編集:ケリー・ライカート
脚本:ジョナサン・レイモンド(ジョン・レイモンド名義)
製作:ニール・コップ、アニッシュ・サヴィアーニ、エリザベス・カスレル、デヴィッド・ウルティア、ヴィンセント・サヴィーノ
製作総指揮:トッド・ヘインズ、フィル・モリソン、ラージェン・サヴィアーニ、アンドリュー・ポープ、スティーヴン・タットルマン、ローラ・ローゼンタール、マイク・S・ライアン
撮影:クリストファー・ブローヴェルト
プロダクション・デザイナー:デヴィッド・ターンバーグ
衣装デザイン:ヴィッキー・ファレル
音楽:ジェフ・グレイス
出演:ミシェル・ウィリアムズ、ブルース・グリーンウッド、ウィル・パットン、ゾーイ・カザン、ポール・ダノ
(C)2010 by Thunderegg,LLC.
『クレストーン』+『ヴィクトリア』
配給:サニーフィルム
シアター・イメージフォーラムほかで公開中
『クレストーン』
2020年/アメリカ/英語/カラー/ドキュメンタリー/73分 字幕 スティーブン有田
監督:マーニー・エレン・ハーツラー
音楽:アニマル・コレクティブ
(C)This is Just a Test / Memory Production
『ヴィクトリア』
2020年/ベルギー/英語/カラー/ドキュメンタリー/71分 字幕 スティーブン有田
監督:イザベル・トレネール、ソフィー・ベノート、リザベス・デ・ケウラール
(C)CAVIAR