「ジャンルの音楽の流れの中を泳がせてもらっている」
ジュリアン・ラージに訊く、メロディと即興とをすべて混然一体のものとする粋
“最も天才的なギタリストの一人”とは、《Blue Note》レーベルによるジュリアン・ラージの紹介だが、彼は間違いなく、現代のギター・ヒーローの一人だ。ホルヘ・ローダーのベースとのデュオで行われた2023年11月の来日公演では、終演後のステージに置かれたラージの使ったギターやエフェクトペダル、アンプ、散らばったピックまでを熱心に写真に収める人たちがいた。例えば、コンテンポラリーなジャズ・ギタリストとして評価の高いカート・ローゼンウィンケルやラーゲ・ルンド、ギラッド・ヘクセルマンでも、こういう光景は見かけられそうだが、彼らとラージを並べると何だが収まりが悪く感じられる。ラージはジャズ・ギタリスト然としていないし、その演奏にはジャズ・ギターのスタイルから不意に離れて、俯瞰して見ているかのような瞬間があるのだ。そこに表れるトーンやテクスチャー、選ばれたコードやメロディラインからは、様々なギター・ミュージックの断片が浮かび上がる。
来日公演の直前にラージに話を訊く機会があった。間もなくリリースされる『Speak To Me』のことはまだアナウンスされていなかったが、いま思えば、新譜への確固たる自信が話の背景にはあったのかもしれない。短い時間の慌ただしい取材にも関わらず、込み入った質問に対するブレのない答えに改めてそう感じる。前置きもなく、いきなりストレートな問いを投げかけることから話は始まった。システマティックなメソッドが確立され、Youtubeでもジャズ・ギターを学ぶことができる昨今の状況は、自分の音を見つけるということを難しくしているのではないか、と。自身が教える立場にもあるラージの答えは明快だった。
「すごくよくわかるよ。ただ、それに対して、僕のそもそもの発想として一人一人が最初からユニークな音を持っているという考え方があるんだ。つまり、必ずしも努力して獲得するものではない。ジャズならジャズで一通りすべてのスタイルを学んだ上で自分なりのスタイルを確立していくものだって考え方の人もいるけど、僕は誰でも楽器に触れた初日から自分にしかない音を奏でるという発想なんだ。その意味で、僕は昔から一貫して自分の音を鳴らしてきたことになる。もちろん、個性という点では今ほど先鋭化されていなかったとしてもね。僕だって最初は何も知らなかった。それでも、そこに自分だけにしかない何かがある」
「確かに今の時代は簡単にいろんなことが学べる状況であるのは事実だ。でも、僕が今まで教えてきた生徒でジャズの演奏に初めて触れた人でも、一日目からその人のユニークな音を出しているように僕の耳には聴こえた。その本来自分に備わっている音を受け入れることができたら、そこから個性を伸ばしていくための方法をどんどん学んでいったらいい。万人にとって有効な方法なんてないからね。まずは自分の個性が何であるかを理解するところから始めること。それがわかってくると、自分に必要なものがわかってくる。自分の中の何を育てていくべきなのかってことがね」
ラージがたびたびモダン・ジャズ以前の古い音楽に遡り、演奏してきたのは、スタイルが構築され、メソッドが蓄積されたギターという楽器に、いま一度オープンに接したいというスタンスがあるように感じてきた。
「それは本当にそうで、ギターは間口の広い、フレンドリーな楽器だ。様々なジャンルにおいて重宝されている。おかげで僕もジャンルの音楽の流れの中を泳がせてもらっている。とはいえ、最終的には楽器やジャンルよりもミュージシャン同士の相性に導かれた気がする」
話は自ずとビル・フリゼールのことに及んだ。ラージと同じようにテレキャスター・タイプのギターを使い、アメリカーナを掘り下げ、共演もしてきたフリゼールとの関係性は、他にも増してラージの演奏に影響を与えているように感じられる。フリゼールのことになると話は止まらなくなった。
「ビルと演奏するのはとにかく楽なんだ。間の取り方も、ソロでも伴奏でも音の流れも変わらずスムーズだ。すごく流動的な演奏をする人なので、つられて僕も流動的に動いていくことができる。2つの世界を自由に行き来していくように、余計なことは一切考えずに安心して身を任せることができる。と同時に、すごく力強いリズムで全体を引っ張っていってくれる。とにかくユニークで個性的なギタリストの一人だと思う」
「僕とビルとではギターに触れるときのタッチはまるで違う。それでもお互い共存し合っている。そこがまたビルと演奏してて楽しいところで、両方のバランスによって絶妙な相乗効果が生まれているように感じるんだ。ビルのほうが僕よりも軽いタッチで、ピックの位置も若干違う。僕はブリッジ寄りで割と明るめの音だけど、ビルはネック寄りだったりね。それに手の動きも違う。ビルはすごくエレガントな動きをするのに対して、僕はせかせかしているというか、複雑で効率的ではない。ただ、お互いに対極的だからこそ、新たな効果がそこに生まれる」
2023年11月の来日公演の様子
ラージが「誰でもユニークな音を持っている」ことを捉えるのは、共演という形態においてだけではない。彼がカヴァーしてきた演奏にもそれは表れている。アルバム『Love Hurts』(2019年)でのオーネット・コールマンの「Tomorrow Is The Question」のカヴァーがとりわけ印象的だったのも、フリー・ジャズのスタイルをなぞっているわけではなく、ユニークな音を捉え、曲を分析したアウトプットとして、誰も聴いたことがない演奏を聴かせたからだった。
「自分が音楽で一番惹かれるのは即興の要素であって、そこにすべての中心がある。ブルースもジャズも、あるいは前衛音楽やフリー・ジャズもまさにそうだ。並行して、僕は普通に歌や曲も大好きだ。それで言うなら、それこそオーネットに勝る人はいないくらい唯一無二だ。オーネットは、音楽における自由はメロディを導き出してくれるということをまさしく体現している。自由であることとメロディとが完全に一体化してるんだ。メロディと即興のどちらが優れているのでもない。『Love Hurts』ではその両方のバランスを祝福した。ロイ・オービソンの曲(「Crying」)然り、デヴィッド・リンチの曲(「In Heaven」)然り、その根源に流れてるものは一緒だ。メロディと即興とをすべて混然一体のものとして表現することで、本質的にエモーショナルな音楽であることを伝えている。そこには確実にストーリーが存在しているわけで、それをあえて即興を中心軸に据えることで表現しているわけだよ」
「当初はクレイジーだと思った」コールマンやドン・チェリーたちの演奏も、曲を書き留めてみると「伝統的な曲の形を抽象化したものだと気がついた」という。ただ、その抽象化度合いが奇抜で突拍子もないことに驚きと興味を覚えた。そして、ラージの演奏もまた抽象化のプロセスを経てきたものだと言えるだろう。
「そうだね、結局、自分がやってるのはそういうことなんだろうと思う。たとえばディキシーランドみたいなどこまでも自由なスタイルだって、大枠の全体の中に即興が入りカウンターポイントが入っていくっていう構造を元にしているわけだよね。だからこそ、ものすごく解放的であり、それは僕が愛してやまない音楽の一番の魅力のうちの一つでもある」
フリー・ジャズの演奏家が作曲家としても優れている点をさらに尋ねる時間はなかったが、ジョン・ゾーンについての話はできた。ゾーンが主宰する《Tzadik》の録音に近年積極的に参加してきたラージは、ゲイリー・バートン、ジム・ホールと共にゾーンを師と公言している。
「ジョンは究極の作曲家だと思う。それこそオーネット・コールマンやセロニアス・モンクような偉大な作曲家に匹敵する。ジョンの作る曲は新しい可能性の連続で、どの曲も毎回プレイヤーに新たな景色を見せてくれる。この機会でなかったら決してそっちの方向には足を踏み入れてなかったであろうという扉を次から次へと開いていってくれるんだ。それは演奏スタイルでも長さやキーやメロディの部分でも、すべての面においてね」
「僕はジョンの音楽を大学の授業で学んだ世代だ。彼が活動を始めた当時は、彼や彼と同世代のニューヨークのコンテンポラリー界隈の人達はある意味戦っていた。自分達のやってる音楽を世の中に発信することで声を上げていこうとね。ジャズ界隈の後ろ盾は一切ない状態で、ジャズ界隈にしてもジョンをどう扱っていいかわからなかった。それが今ではレジェンドになり、より多くの人達がジョンの音楽を学んでいくにつれ、当時の活動も認知されるようになったんだ。とはいえ、いまだにニューヨークのダウンタウン・シーンとは切っても切れない顔役みたいな存在だよ」
最後に、ジム・ホールから学んだことを尋ねて、短い取材時間は終了した。ラージは、11歳の時にカリフォルニアのジャズ・クラブ《Yoshi’s》で初めてホールのトリオを聴き、夢中になった。
「ジムは本当にファニーで愉快な人だった。アートに対する真の理解があった。そもそも僕達がやってることは現代アートなので、そこにはユーモアのセンスや好奇心やリスクを恐れないこと、生きていることを実感する上で必要なものがすべて揃ってる。そして、生きることを実感するためには、余白と、音に対する絶大なリスペクトがなくてはならない。僕達は音楽に仕えているわけで、音楽に主張を押しつけたいわけじゃない。それが、一人の人間としても演奏者としても、ジム・ホールという人の持っていた素晴らしい特徴だろうね」
さて、新譜『Speak To Me』の話だ。シンガー・ソングライターのジョー・ヘンリーがプロデューサーを担当していることが、これまでとの大きな違いでありトピックだ。ヘンリーといえば、自身のアルバム『Scar』(2001年)では、当時ジャズの最前線にいたブラッド・メルドー、ブライアン・ブレイド、ミシェル・ンデゲオチェロでバックを固め、ラストにオーネット・コールマンまで登場させた。また、以後のアルバムでも、ドン・バイロン、ロン・マイルス、ジェイソン・モランなどをフィーチャーしてきた。ヘンリーにはジャズとジャズ・ミュージシャンに対する深い理解と共感があり、それを自分の音楽に反映させる術をよく知っている。だから、ラージとヘンリーは、出会うべくして出会ったと言うべきだろう。
ホルヘ・ローダー、デイヴ・キングとのレギュラー・トリオの演奏はアルバムの一部となり、アコースティック・ギターのソロと、ダウンタウン・シーンとも関わりの深いピアニストのクリス・デイヴィス、ヘンリーのアルバムを支えてきた息子のマルチ奏者レヴォン・ヘンリーとキーボード奏者のパトリック・ウォーレンが参加したアンサンブルから構成されている。トリオ中心のこれまでの録音がクリアで解像度の高いサウンドであったのに対して、ヘンリーらしい陰影のあるサウンドに変化した。
それは、ストレート・エッジなジャズ・サウンドから、物語性を高めたサウンドになったと言い換えることもできる。メロディはよりメロディらしく響き、ハーモニーも形成されていく。それでも即興性を失うことなく、楽曲が成り立っていることが見事だ。まさに、ラージが話していた「メロディと即興とをすべて混然一体のものとして表現する」ことである。このアルバムでは、そのことが新たな形となって示されている。その表現はより幅広いリスナーを惹き付けることだろう。ラージと交わした話の答え合わせのように、いま、『Speak To Me』を聴き始めている。
(インタヴュー・文/原雅明 トップ写真/Shervin Lainez)
来日公演の様子。右はベーシストのホルヘ・ローダー
TURN TV オリジナル動画も同時公開!!
【THE QUESTIONS✌️】Vol.22 Julian Lage
Text By Masaaki Hara
Photo By Shervin Lainez
Julian Lage
『Speak To Me』
LABEL : Blue Note / Universal Music
RELEASE DATE : 2024.03.01(日本盤は3月15日発売)
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