もう戻らない、もう悩まない。だからといって闇雲に先にも進まない。白でもない黒でもないことのマジカルなエネルギーがキラキラと、今、躍動する
マイク・ハッドレアス、天晴れである。ソングライティングは昨年初夏あたりに開始、10月の僅か1ヶ月程度で録音を完了、今年の1月までにミックスやマスタリングまで終えたという短期間での作業の末に届いたパフューム・ジーニアスのニュー・アルバム『ノー・シェイプ』。それは、4作目にして到達した彼の人生哲学を告げるような1枚と言っていい。
パフューム・ジーニアスことマイク・ハッドレアスの、声にならない声が音の隅々にまで染み込んだファースト・アルバム『ラーニング』から7年、ここまで自身を解放させることができるようになるとは、一体誰が想像できただろう。いや、本当に解放されたかどうかは定かではない。解放されることをゴールとしない、苦悩することをモティヴェイションにしないようになった、と換言するべきかもしれないし、再び彼が何かに躓く日が訪れるかもしれないが、いずれにせよ、現在の彼は、A地点かB地点かを選ばないといけないその選択の渦中でもがくことをしなくなった。AでもBでもどっちでもいい、誰にでも迷いや惑いがあるし、そこで微細に揺れて個々に分裂していく過程やその多様性にこそ活路があることに気づいたということなのかもしれないし、彼がゲイであるという事実も、そういう意味ではリスナーの我々にはもはや大きな問題ではない、そこをメイン・チャンネルにして接することはナンセンスということなのかもしれない。
そんな、ある種の“抜けた”手応えは、新作におけるシンセを多用したきらびやかな質感と、今目の前にある喜びや快楽を多幸感を携えた包容力あるメロディにそのまま現れている。大衆性を狭量せしめる厄介な作家性とやら、エゴイズムとやらに一定のけじめをつけ、広くポップ・ミュージックであらんとする開かれた楽曲には、極端に言えば、それこそ彼自身がリスペクトするプリンスがそうだったように、あらゆるリスナーにとって共通因子を多数孕んでいた80年代のヒット・ポップスを思わせる側面もあり、ハッドレアスのコンポーザーとしての意識が、いい意味で商業作家的な境地にまで及んでいることにも気づかされるだろう。アラバマ・シェイクスとの仕事や高く評価されたブレイク・ミルズをプロデューサーに迎え、ウエストLAに住む彼の友達の家の裏庭にあるスタジオなどで録音されたという今作、「ダークにしたかったというよりは、ミステリアスにしたかった。スピリチュアルで神秘的。でも、決して怖いものにはしたくなかったんだよね(笑)。周りにいた人たちも皆それに乗り気で、作業がすごく楽しかったんだ」というハッドレアス。その胸中に宿る“ジャッジなしジャッジメント”の真意を聞く。(取材/文:岡村詩野)
Interview with Mike Hadreas
――4作目となる『ノー・シェイプ』はまず、そのタイトルがとても示唆的だと感じました。というのも、本作には“神”を意識した、もしくはその存在を想定した歌詞が多くあるように見受けられ、神の存在そのものが“No Shape”と解釈すべきなのか? とも読めてしまうからです。これは何を示唆、象徴したワードだと我々は捉えればいいでしょうか?
マイク・ハッドレアス(以下M):このタイトルは、色々な意味になりうるから自分でも気に入っているんだ。文字通りの意味もそうだし、ルールがないという意味でもあるし、何でもいい。あと、形や身体を超越したものを表現している言葉だとも思うしね。何かスピリチュアルなものや、神秘的なもの。他にも色々と意味があるんだ。
――具体的に今回のアルバム制作前にあなたが視野に入れていたテーマはどのようなものだったのでしょうか?
M:1枚目と2枚目のアルバムは、既に起こったストーリーがベースになっていたんだけど、今回のアルバムは、直感をより大切にしているんだ。ストーリーよりも、より感情的で直感的な作品を作りたかった。だから、もっと複雑になっているんだよ。アップダウンが前より激しくなっている。スピリチュアルでありながらも複雑で、そして同時に奇妙でもあるのがこのアルバムなんだ。このアルバムはで、喜びを得るために物事を把握しようとしている状況が反映されているんだよ。点と点を繋いで行くような、そんな感じだね。
――という意識であれば、生活環境、制作環境はどの程度重要になってきますか? あなた自身は今もシアトルに住んでいるそうですが、シアトルという、LAやNYのような大都市ではない土地での暮らしが、社会と対峙する自分自身をどのように詩人として今作のような歌詞を描かせていると思いますか。
M:今もシアトルに住んでるよ。でも、それがどう影響しているかはわからない。すごく綺麗な場所だけど、シアトルは雲がかって暗い街でもある。それがもしかしたら反映されているからもしれないけど、自分自身ではわからないな。前はニューヨークに住んでいたんだけど、ちょっと大都会が恋しいと思うこともある。でも今は、どこかに住みたいとかあまりそういう希望はないね。トランプ政権でアメリカはどこにいっても良い状態ではないし、どこでもいいから良い人々に囲まれた場所に住んでいたいよ(笑)。
――実際にトランプが大統領になってからの生活、空気はどのように変化しましたか。オバマの任期が終了していく頃の空気が、今作のあなたに何か創作面で不安や畏怖をもたらしたと思いますか?
M:曲は選挙の前に全て書き終えていたんだけど、それが選挙の後だったら、アルバムの内容はちょっと変わっていたかもね。もっと感情的で、政治的なものになっていたと思う。もしかしたら次のアルバムの内容がそういったものになるかもしれないし。曲の内容が直接的にそれに関してではなくても、影響は必ず受けるだろうからね。今はそのせいで不安も恐怖も全てを感じているから(笑)トランプに関して、ポジティヴなことはゼロだと思う。
"ハッピーなこともあるけど、人生全てがハッピーエンドなわけじゃない。そういったリアルな部分が、このアルバムではより表現されているんだ"
――選挙前に作られた曲ばかりだったとはいえ、今作はそれまでになく様々な苦悩を抱えながらも生きる悦びに包まれたような、ブライトでポップな色調の曲が多い印象です。ここまでの作品に昇華させたのにはどのような思惑があったのでしょうか。今回のそうした方向性に向かうきっかけ、出会い、作品などがあったらそちらも教えてください。
M:そう変化する必要があったんだと思う。自分がまだその位置にいなかったとしても、サウンドはもっと暖くハッピーで歌詞がそれに対して少しダークでなんかモヤモヤするような、そんな曲作りにトライしたかったんだ。だって、それが今の自分が感じていることだから。物事を白黒ハッキリさせる必要はないからね。何かその中間のような、モヤモヤとしたグレーゾーンってあるだろ? 引っかかるものを感じながらもどこかに平和を感じることが出来たり、もし安心や幸福をゲット出来たとしても、それを永遠に保持できるわけじゃない。ハッピーなこともあるけど、人生全てがハッピーエンドなわけじゃない。そういったリアルな部分が、このアルバムではより表現されているんだ。
――ええ、特に、ビョークやシガー・ロスなどを手がけるアンドリュー・トーマス・ホワンによる「Slip Away」のPVの優美でロマンティック、でも喜びにあふれたような幻想的でオブスキュアな映像は、今回のアルバム全体の方向性を意味しているようにも思えます。アンドリューを起用した理由、彼とこのPVの方向性をどのように共有したのかなど、「Slip Away」の詳細をおしえてください。
M:スタイリングやちょっとした世界観とか、そういったザッとしたアイディアは僕が持っていて、アンドリューは、彼のアイディアも持っていながら、僕のアイディアも理解してくれていた。そして、それを上手く混ぜ合わせてくれたんだ。彼のことはすごく信用していたし、彼がやることには全て満足していたよ。興奮させてくれたし、曲にスピリットをもたらしてくれたと思うね。僕が彼の作品のファンだったから、彼にお願いする事にしたんだ。彼って、作品全体の統一された世界観を作りだすのが本当に上手い。彼の作品全てが独特な世界観を持っていて、マジックが起こっているかのようなんだ。僕もそのマジックが欲しかった。すごくソウルフルで、オーガニックで、素敵なんだよね。「Slip Away」はニューアルバムのために書いた最初の曲なんだけど、どうやって出来上がったかは覚えていないな…多分、ダークで奇妙な曲を書きたくて始めたんだけど、思っていたよりもエキサイティングな曲が仕上がった。ブルース・スプリングスティーンがスタジアムで歌っているロックの僕ヴァージョン、みたいな感じ(笑)コーラスも結構力を入れて作ったんだよ。
――一方で、「Die 4 U」というタイトルを見て、誰もがおそらくプリンスを思い出すと思います。実際にこの曲はプリンスの同名曲からどのようにインスパイアされたものなのでしょうか? 昨年の彼の突然の死があなたにもたらしたもの、プリンスというアーティストの存在があなたに与えたものをおしえてください。
M:ああ、もちろん。彼にはインスパイアされないわけがないから。彼の曲って、ナチュラルなんだけどダークで神秘的な部分がある。影響されているとしたらそこかな。なんかミステリアスだよね。この曲ではそれが欲しかったから。でも、この曲に関して直接的に彼から影響を受けているわけではないよ。受けているからもしれないけど、たまに自分でもそれに気づいてないときってあるんだよね(笑)。彼の死って、僕にはまだ感じられないんだ。デヴィッド・ボウイもそうだけど、彼らって自分にとっては何かを超えた存在だし、彼らの作品はこれまでと同じように自分の周りにあるし、亡くなったということを実感することのほうが難しいよ。彼って、本当に自分がやりたい音楽をやっていた人だと思うし、それを貫いたアーティストと思う。活動していくなかで、これをやったほうがいいとか、あれをやれとか、そういうことを周りの人間に言われたことが絶対にあると思うんだよね。でも、きっと彼ってそれを全く聞かなかったんだと思う(笑)それってすごく大変なことだと思うし、素晴らしいと思うな。
――プリンスが「I Would Die 4 U」を発表した頃に生まれただろうあなたにとって、80年代のあの時代の空気、音楽のあり方は、音楽家として、あるいは一人のアメリカ人としてどのように映りますか?
M:あの時代って、映画もそうだと思うんだけど、美しくマジカルでありながら、どこか不気味だと思わない? ネヴァー・エンディング・ストーリーだし、ウィロウとかラビリンスとか、なんかダークな雰囲気がある。でも、今そういった作品を見ることってほとんどないんじゃないかな。僕は、あのハピネスの影に人々の真のエモーションが描かれている感じが好きなんだけどね。そっちのほうが良いと思うな。
――単純に、2014年の前作『トゥー・ブライト』がそれまでになく広い支持層を得てヒットをしたこともあなたにとって大きな自信につながったかと思いますが、実際に今作を手がけるまでの2年ほどは、それまでの作品と作品との間の時間と比べてどのように過ごしたり、制作に向けて準備をすることができましたか?
M:あのアルバムのあと、初めてツアーと呼べるべきツアーに出たから、約2年間ただただ演奏していたね。ツアーの最初の方は緊張していたんだけど、段々と何も気にならないようになっていった。今も少しは緊張するけど、その緊張が気にならないというか。すごく良い経験になったね。自分って意外を叫べたり、大きな声が出せたりするんだなって気づいた(笑)それに気づけてよかったよ。それによって、よりオープン・マインドで曲が書けたんだ。
――ブレイク・ミルズ、ショーン・エヴェレットらと組んでいるのも大きなトピックですが、ブレイク・ミルズを迎えたのはどういう理由からでしょうか?
M:まず今回は、もっとスタジオで作られたようなサウンドにしたかった。だから、コーラスやメロディのアイディアを溜めてはいたけど、仕上げは全てスタジオでやったんだ。たとえば、ギターだったらそうすることでもっとワイルドでサプライズなサウンドにすることが出来た。ロックのフィーリングをもたらすことが出来たんだよね。そういったサウンドを作るには彼が必要だったから、彼にデモを送った。彼は僕が何を求めているかを理解してくれて、エモーショナルでありながらもテクニカルなサウンドを作るのを助けてくれたんだ。元々彼の作品が好きで、自分の頭のアイディアの中にあるサウンドを実現したいと思った時に、彼がピッタリだと思った。フィーリングが、僕が求めていたものとすごく似ていたんだ。彼自身の作品も素晴らしいけど、僕はアラバマ・シェイクスの作品が素晴らしいと思うね。あのサウンドは最高。昔っぽくて馴染みがあるんだけど、同時に新しくて驚かされる部分もある。ソウルが籠っていて、発見や驚きに溢れている。あの作品は本当に素晴らしいよ。ただ、僕自身はあまりテクニカルなミュージシャンではない。ピアノしか弾けないし、歌詞とメロディー、コーラスしか書けない。でも、彼と作業したことで、テクニカルな部分をもっと楽しむことが出来たんだ。もっと全体的な曲作りに僕自身が関わることが出来た。それが出来るという自信もついたしね。
――本作は諦念を認識しながらも、戦いをやめずに、でもしなやかに人としての気品を持って苦難に挑もうとする姿を、美しい音像で仕上げた作品、という解釈もできるかと思います。今のあなたにとって、その“諦念”“苦難”は具体的にどういうものでしょうか? それはデビュー当時の、どうしようもなく突破口のない鬱屈した思いを抱えていた頃と変わらないものでしょうか。それとも別の新たな議題が今のあなたにあるということでしょうか。
M:今は、苦難というよりは、自分の存在の在り方を追求しているんだ。昔抱えていたものは、今はもう抱えていない。僕は、あまり昔のことにとらわれるタイプじゃないからね。今は、悩んだり何かを苦難と思うよりも、自分の周りに常に存在する問題や悲しみをどう振り払うかということを考えている。そういったものって、どんなに悩んでも完全になくなるものではないし、向き合っていかないといけないものだと気づいたんだよね。それを話すのはすきだし、そういうことについて話したり、曲で表現するのに、必ずしも今の自分が悲しんでいる必要もない。今の僕の生活は前よりもベターになっているけど、ダークで超現実的な作品を作ることは出来るし、僕はそれが好きなんだ。
――苦難や痛みを、決して憎悪に転換させず、ひたすら祈ることで浄化させようとする意識は、一種のキリスト教思想にも繋がるという解釈もできます。そこでこの最初の質問に戻ってしまうようですが、あなたにとって祈る対象としての神とは何を象徴するものだと言えますか?
M:う~ん、自分の抱えているものの小ささに気づかさせてくれたり、自分の内側を映し出してくれたり、パーフェクトなものなんてないと気づかせてくれるものかな。世の中や人生色々あるけれど、それは誰にだって起こることだから、僕はもうあまり悩まない。そういうものは、表に出すと痛むこともあるけれど、出すことによって早く消えたりもするし、それに向き合って、触れて、次にまた幸福を感じるということがわかっていればそれでいいんだ。
――ポップ・ミュージックという枠組みの中で、そうした「祈る」作業「浄化」させる作業は、どこまで有効で希望のあることだと思いますか?
M:すごく喜びに溢れたポップ・ソングから死について考えさせられることもあるし(笑)、そういったものと向き合いやすくしてくれているというのはあると思う。よくわからないけどね(笑)。
――フランク・オーシャンがマイノリティとしての本音を作品にしっかり落としこんだ素晴らしい作品をヒットさせたり、カニエ・ウエストがゴスペルにも似た作品を制作したりと、近年のポップ・シーンでは立場の弱い者の声をしっかりしたサウンド・プロダクションで伝える優れた作品が増えています。あなたはこうした傾向の中で、どのような表現活動を求めていきますか?
M:人間、強くもなれるし弱くもなれる。ハッピーにもなれるし悲しくもなれる。どうやったらハッピーになれるか、どうやったら強くなれるか。僕は、それに答えがないことに気づいたんだ(笑)。どちらか一方のみにはなれないし、どちらになってもいい。ぐちゃぐちゃなグレーでもいいんだよね。それがむしろマジカルで美しいと思うし、エキサイティングだと思う。他の人にもそれを感じて欲しいから、それを表現していきたいね。次の作品がどんな風になるかは僕にもわからないけど(笑)、きっと次のアルバムはもっとエレクトロでダークになると思う。とかいいながらニュー・アルバムはこんな感じだからなあ(笑)。もしかしたら、次のアルバムはミニマルで、全くスピリチュアルでもクレイジーでもない作品になるかもね!
Text By Shino Okamura
Perfume Genius
No Shape
LABEL : BEAT RECORDS / MATADOR
CAT.No : OLE11139
RELEASE DATE : 2017.05.26
PRICE : ¥2,200 + TAX
■パフューム・ジーニアス OFFICIAL SITE
http://perfumegenius.org/