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「ほうじ茶よりも麦茶の方がいいかな、みたいな」
トリプルファイヤー
新作『EXTRA』発売記念
インタヴュー vol.2
吉田靖直

18 August 2024 | By Shoya Takahashi

「ガンダーラ」では自らの清らかだった瞬間を声高に叫んだり、「神様が見ている」では引け目を正当化する卑しさを暴露したり、「トラックに轢かれた」では言葉の高低差によってハイセンスな人間を皮肉ったり、「漁師の手」では因果の誤謬を滑稽に描いたり。トリプルファイヤー・吉田靖直のリリックは常に複数の文脈を行き来しては、仄めかしはぐらかし、聴き手を笑わせながらも唸らせ泣かせてきた。

日本語文化圏で生まれた優れたリリックについて考えるときに、吉田靖直の存在を外すことはできない。またリリックそのものだけではなく、発声やフロウ、単語のデリバリーに至るまで、ソングライターの鳥居真道との共犯関係をもって、吉田はヴォーカリストとしての独自性も育ててきた。全てが唯一無二。70年代末のUSニュー・ウェイヴ特有の痙攣するヴォーカルとUK/アイルランドのスポークン・ワードとのハイブリッドたる歌唱、安易なミーム化を拒む言葉の多義性と広がり、そして市井の人間の生活から飛び出した憤怒や錯乱を活写する表現の軽やかさ。

彼のリリックを一人の観客にすぎない髙橋の視点に引き寄せて翻訳すると、その時々の正しさに振り回されるハッシュタグ・アクティヴィズム以降の分裂症的な自意識が肥大し、インプレッションを稼ぐためのあざとさが何より政治性と暴力性をもち、プロパガンダを喧伝する人間の特権性にしらけワンノブゼムでしかない自分という個に絶望するしかない、厄介な社会や自我に対するただ一つの向精神剤。田中宗一郎が定義づけるように“ポップ”が変化の触媒であるなら、彼らが作るのはまごうことなきポップ・ソングであり、それはあらゆる課題や間違いが濁流のように押し寄せては潰されそうになる2024年現在の自意識にもまっすぐに突き刺さってくるのである。

つまり、吉田のリリックはトリプルファイヤーの新作『EXTRA』においても、そのリアリティと効力を全く損なっていない。それどころか、パンデミック前夜の漠然とした不穏感や緊張感を吸い込み、より一層わたしたちの肌感覚に切迫したような言葉たち。その成り立ちや背景について、この偉大なリリシストに直接話を訊いた。吉田靖直氏はこの日、渋谷の飲食店からZoomを繋いでいた。その空気感や彼の人柄も含めて、ぜひ楽しんで読んでほしい。
(インタヴュー・文/髙橋翔哉 協力/岡村詩野 写真/cherry chill will.)

新作『EXTRA』についての鳥居真道のインタヴューはこちら

Interview with Yasunao Yoshida(Triple Fire)

──新作『EXTRA』リリースということで、前作『FIRE』からしばらく時間が経ちましたが、それに伴ってリスナー層も変わったかもしれません。今作で聴かれ方が変わったと感じる部分はありますか?

吉田靖直(以下、Y):リスナー層が変わったかどうかはわからないですが……僕の高校の同級生で、これまではあまり繰り返し聴かなかった人が、新作は繰り返し聴いてるって言ってたので、ポップさはもしかしたら前よりあるのかなと思います。

──先日の《OTOTOY》のインタヴューで、「新作では聴き手を踊らせたい」という鳥居さんの意図があったと読みました。歌詞においてもポップさは意識していたのでしょうか?

Y:いやあ、そこは全然意識してなかったです。ただ、(今回は)自分の普段思ってることに近いことを歌っているというか。今までは自分の中の深い部分を掘り起こして歌おうとしてたんですけど(笑)。もうそんな大きく見せなくてもいい気になってきたかもしれないです。

──インタヴューでは「現実感のある歌詞」とお話しされていましたね。

Y:はい。

──リスナー層の話に戻ると、『EXTRA』で初めてトリプルファイヤーに触れたリスナーが、現実感のある歌詞だからこそ、ユーモアや自虐ではなく“ガチの問題提起”として聴き取ったら面白いなと思ったんです。そういう狙いもなかったのでしょうか?

Y:そうですね。めっちゃ変えようとしたわけではなくて、今やりやすいことをやったという。

──やりやすいという意味だと、吉田さんはエッセイも執筆されていますが、エッセイ本の『今日は寝るのが一番よかった』と『EXTRA』にはリンクしている部分が多いと思っていて。そのあたりについて教えていただけますか?

Y:四六時中なにか書いてるわけではないので、そんなに相互に影響しあっている意識はなかったですけど、でもエッセイを書いたから普段思っていることに近いものを書きやすくなってたのかもしれない。

──リスナーに歌詞を深読みされることはありますか?

Y:ちょいちょいありましたね。自分が意図しているところまで汲み取ってくれる人には、よく見てくれてるなと思います。

それを超えた深読みとして、「トラックに轢かれた」という曲で“トラック”を音楽のトラックになぞらえて「さすがいいこと言ってるわ」みたいに言われると、それは全然意図してないし、むしろちょっと恥ずかしいからやめてほしいと思ってました。

──(笑)。ただ、いい意味での隙の多さや語りやすさはあると思っていて。そういうツッコみどころみたいなものは作詞の際に意識されていますか?

Y:それは多分あります。ただ深刻な顔で言ってるふうにはしたくない。僕が日常的に人と接するときも、どこかでツッコみやすさみたいなものを考えながら生きている気はするんですけど。それで「なんか馬鹿っぽいやつが良いこと言うとかっこいい」みたいなのがあるかもしれないです。例えば難しい言葉をあまり使いたくないというような意識はずっとあります。

──確かに歌詞の飾らなさはずっとありますよね。ユーモアという点で言うと、吉田さんはよく大喜利のイベントにも出演されていますよね。大喜利的な、言葉の瞬発力や突発的なユーモアみたいなものは、歌詞にも影響しているのでしょうか?

Y:言葉の組み合わせの意外性とか、飛距離みたいなものがあった方が面白いなとは思ってるので、大喜利もそういう訓練になるかなと思った部分はあります。

──以前のインタヴューで、就活のときに謎かけをやったら反応が良かったという話も読みました。謎かけもまさに言葉の飛距離と結びついていると思いますが、昔からそういうものに興味があったのでしょうか?

Y:そうですね。そういう言葉のやつは自分は得意なんじゃないかなと思ってて。それは他人よりうまくやりたいっていう気持ちはあったし、できると思ってました。 高校の休み時間に大喜利を友達とやったりしましたし、そこで負けたくないみたいな気持ちはちょっとある。

──それではアルバムの曲についてお訊きします。今回、吉田さんが作曲した曲はありますか?

Y:ないですね。

──今回は全曲鳥居さんが作曲で。

Y:そうですね、一応初めてというか。

──1曲目の「お酒を飲むと楽しいね」。この曲には「牛乳飲んでも大人しい/麦茶飲んでも大人しい」という歌詞が出てきますが、まず最初に牛乳なんだ、というのが私がこの曲で一番好きなポイントで(笑)。それも先ほどおっしゃった言葉の意外性を意図している?

Y:確かに。牛乳っていう言葉は結構いいですよね。

──いいですね(笑)。ちょっと力が抜けるような響きもありますし。

Y:やっぱ、ほうじ茶よりも麦茶の方がいいかな、みたいな。できるだけ馬鹿そうなワードを選びたいなっていうのはあるかもしれないです。“ミルク”って言ったらちょっと気持ち悪いな、みたいな。

──言葉のセレクトも、そういう馬鹿っぽさとか、難しい言葉を使わないような意識が効いているんですね。

Y:そうですね。

──そのつづきの箇所の「体鍛えても性格変わらない」みたいな、ちょっとしたあるあるのピックアップも的確に感じました(笑)。そういう自分の例えの手法はあるのでしょうか?

Y:あるあるみたいなのは自分が思ってることを選んでます。体鍛えたら性格変わるのかなって自分で強く思ってたんですけど、やっぱ変わんないんだ、みたいな失敗の蓄積は結構あるかもしれない。よくあるポップなものによく手を出したくなる方で。サウナでととのうとなんか変わるのかなとか軽率にいく方なんで、あるあるに近い感性を持ってるのかもしれない。

──イントロ前に、語りとも呟きとも言えないような声が入っていますよね。これはザ・ビートルズの「Taxman」を思い出したのですが、特に意識していないですか?

Y:「Taxman」は意識してなかったです。この曲が1曲目というのは鳥居くんが最初に決めてくれたんですけど、普通にイントロから始まるよりひとつ遊びがあった方がいいってことでやりました。

──今回は鳥居さんから歌い方の指示が細かくあったそうですね。他にはどんな指定がありましたか?

Y:歌詞の語感がなんか嫌だから変えるとか。「スピリチュアルボーイ」って曲で、自分がすごく高級なところに住んでるっていう例として、はじめは麻布とハワイとドバイを歌詞に入れていたんですけど、結局“麻布、ハワイ、マイアミ”ってなってて。マイアミって別に高級地のイメージはなかったんで、「いやそこは“麻布、ハワイ、ドバイ”の方がいいんじゃない?」と思ったけど、鳥居くんは、「いやマイアミがいい」って言ってたんです。アメリカ好きな人の中ではそうなのかなと思って、そうしました。

──(笑)。歌い方だけでなく、歌詞でもすり合わせがあったんですね。「スピリチュアルボーイ」の話になったので追加でお訊きしたいのですが、こういう“スピリチュアルっぽい人あるある”みたいな行動として、「素手でトイレ磨く」というのを初めて聞きました。こういう話はどういうもので知るのでしょうか?

Y:ネットですかね。トイレを素手で磨かせる会社があって。スピリチュアルというよりは、昔の学校みたいに心を鍛えるみたいなことかもしれないですけど。僕はスピリチュアルとかはお手軽に好きな方で、お金出してるとかはないですけど、“これやったら運がよくなる”くらいなら一応やってみようかなとか結構思うので、そういうので記憶してるものはいろいろあるかもしれないですね。

──過去にスピリチュアル関係のバイトをされていた話も読みました。

Y:そうですね。それはたまたまなんですけど、占い師のふりをするバイトとか。文章系のバイトをやりたかったので探してたら、そういうほうに行かされたっていう感じですね。

──「スピリチュアルボーイ」はスピリチュアル的なものを、別に馬鹿にしていない感じとか否定しない感じがいいなと思ったのですが、そこには吉田さん自身もコミットしていたという背景もある。

Y:自分でやってても何やってんだろみたいな感じはありますけど、100パーセント他人だと、ただ馬鹿にするみたいになっちゃうので。自分の中にも何パーセントかはあるけどくだらないなって意識もあるみたいなことを言ってますね。

──こういうテーマはXなどでは、時に分断や対立のきっかけにもなりがちだと思いますが、その点でトリプルファイヤーの歌詞は常にそこを回避しつづけているというか。そういうのは意図的にやっている?

Y:ハタから何かのカテゴリーの人の特徴を羅列してディスるみたいなのが好きじゃないので、そうはならないように意識しました。

──戻って2曲目の「BAR」。2曲つづけてお酒の曲というのがまず笑いどころだと思うのですが、これはたまたまですか?

Y:僕は曲順には関わってないですが、ライヴでも「お酒を飲むと楽しいね」と続けてやることが多いです。「BAR」ってちょっと腐してる感じがあるけど、でも酒にまつわる肯定的な気持ちも入れたいというので、僕的にはセットにしたい気持ちはありました。

──そこでバランスを取る、みたいな。「BAR」の歌詞は、自分と気の合う人だけが残ればOKで、自分と合わない人には排他的な人の歌だと思っています(笑)。そういうマインドは現在のXにおいては特にリベラルに多く見られますが、そういうものを仮想敵にするでも対立構造を作るでもなく歌っている。

Y:そうですね、この「BAR」の主人公は自分でもやばい状況だなって意識はあるというか。ここが絶対正しいって気持ちではないようにしてます。かりそめの楽しみの、惨めさみたいな感じです。

──自分の主張を正しいものとして歌っているように見えて、それをもう1人の自分が冷静に見ているような歌詞は、これまでの楽曲にもありましたよね。

Y:それは多かったかもしれないですね。ツッコみどころは、聴く人に本気でそう思ってると思われたくないから残してるっていう感じですね。

──自分を客観視することに関連して、エッセイの中でも、年齢を重ねるにつれて自分の特性と折り合いをつけれるようになったとか、昔ほど人付き合いに苦手意識を持たなくなったといった変化があったと読んだのですが、そういった年齢による変化は歌詞にも表れてきているのでしょうか?

Y:このアルバムの歌詞を書いたのは5年前とかだったので、今とはまた違うんですけど。でも前とは人からの見られ方が変わってきてるなっていうのは、その時点から結構思いましたね。

──ちなみに最初に書いた歌詞はどの曲ですか?

Y:ああ、結局(歌詞を)変えたりもしてるんで難しいんですけど……。「BAR」とかは最初の方でしたね。

──「ユニバーサルカルマ」はポストトゥルースと陰謀論についての歌と受け取ったので、まさにパンデミック以降の曲だなと思ったのですが、この曲に限らず歌詞を書いた時期は全部コロナ前後くらいだったのでしょうか?

Y:そうですね。「ユニバーサルカルマ」もコロナ前ぐらいに書きました。知り合いが(陰謀論に)ハマって、議論しても結局「そうだから」って言われたら、俺も途中で反論できる根拠はなくなってくるというか。……っていうのが面白いって思って書いたんですけど。

──(笑)。「スピリチュアルボーイ」も実際に見知ったことが基になっていましたが、実体験ベースで歌詞を書くことが多いのでしょうか?

Y:結構多いですね。

──今までの歌詞もそうでしたか?

Y:今までもそうでしたね。でもそれを何かに置き換えてわからないようにしようとしてたかもしれないです。

──そういうデフォルメ感みたいなのが今回で後退したと思いますが、私はやっぱり深読みしてしまうので……現実の方がデフォルメされたイメージに近づいていったことが背景にあるのかなと考えてしまうのですが(笑)。別にそういう意図はない?

Y:もしかしたら、現実の方がデフォルメっぽくなったから「これでもOKか」って自分のラインが変わったのかもしれないですけど、現実がデフォルメされたとは別に思ってなかったです。

──「ここではないどこか」はPLASTICMAIさんとデュエット形式で歌っていますが、デュエットになった経緯を教えてほしいです。

Y:これは鳥居くんが、歌詞がつらいから二人で一緒に歌うことでポップな感じにしたいっていうことで、僕もアルバムに彩りがあった方がいいと思って、こうなりました。

──確かにつらい歌詞ではありますが、私はポジティヴに捉えていて。今までのトリプルファイヤーの歌詞のように言い訳のようにも聴こえますが、同時に不器用な人への応援歌にも聴こえると思いました。ただ、吉田さんとしてもこの曲は暗い曲というイメージが強いですか?

Y:そうですね。ポジティヴな言葉で「ここではないどこか」に排除しようとしてる、みたいなことしか考えてなかったんで、ポジティヴに響くっていうのはそのときは予想してなかったですね。その感想の方も結構いらっしゃるんですけど。

──そういう歌詞のつらさとかキツさは、前作の『FIRE』のときに結構あったと思っています。私は『FIRE』を「30代になるとこれほど余裕がないのか」と思いながら聴きましたが、吉田さんの中では『FIRE』の歌詞の傾向はどうだったと捉えてますか?

Y:『FIRE』は歌詞をあまり詰めていなくて、「もうとにかく書かなきゃ」っていう感じだったので、明るいとか暗いとかも考慮してなかったです。「有名な病気」って曲の歌詞は、今はしんどすぎるなって思います。

──今回の『EXTRA』って『FIRE』と比べると、余裕が出てきた印象とか、逆に開き直ったような印象を受けたのですが、このあたりはどうですか?

Y:前までは、隙を突かれたくないみたいな気持ちが強かったんです。「ここにお前が見えてない、抜けてる視野があるぞ」って指摘されるのが怖くて、そこを埋めようとしてたんですけど、最近はどうでもよくなってきたっていうのはあります。

──アルバムの歌詞が現実感を帯びてきたというのと関係あるように感じますね。「シルバースタッフ」という曲について、この曲の後半では、ひと続きの長い歌詞をまくしたてるように歌うじゃないですか。

Y:はい。

──以前の曲で言うと「SEXはダサい」みたいに、短いフレーズでパンチラインがいっぱいあって心に引っ掛かりやすいような曲もありましたが、『EXTRA』や「シルバースタッフ」はそこから逆行しているように思いました。そういう「パンチラインからの逆行」みたいなテーマはあるのでしょうか?

Y:考えてなかったですね。なんなら「SEXはダサい」もそういう意識はなくて。「相席屋に行きたい」の歌詞とかは、一個オモロい要素がないと成立しないような気がしたんで、パンチライン的なことを狙ったとこはあるかもしれないですね。

──「相席屋に行きたい」の中だと、「難しい本を読みたい」というところはパンチライン感がありましたね。

Y:ああ、そうです。「難しい本を読みたい」って言ってるの、馬鹿みたいじゃないですか。それがすごくいいねって言ってくれた人はいましたね。

──(笑)。実際、吉田さんは読書家というイメージもあるのですが……

Y:近年、ネットのしょうもないものを見ることに時間を費やしてるところがあって、「難しい本を読みたい」っていうのは読めなくなってることの危機感ですね。

──自己啓発本とか哲学書を読まれるというエピソードをエッセイやインタヴューで読みましたが、特に自己啓発本はどれくらいの距離感で読んでいるのでしょうか?

Y:自己啓発本とかはエナジードリンクみたいな感じで、やる気が出て走り出せるためのものが2、30分ぐらいで溜められたらいいなって。

──インタヴューでも、作詞するときに「昔は哲学書を読んでキレキレになった状態で書いてた」と話していましたね。

Y:そうです。哲学書はたまに読んでると、パチっと賢い脳に切り替わったなって思った瞬間が過去にあったんで。

──ちょっとしたドーピングみたいな。

Y:はい。たまに内容からヒントを得られることもあるから、ちょうどいいなって思って。

──曲のタイトルは全部吉田さんが決めているのでしょうか?

Y:そうですね。

──「相席屋に行きたい」はタイトルからしてフックがありますが、タイトルを決められる自分の特権みたいなものを感じたことはありますか?

Y:タイトルは、歌詞の中でこれかなっていうのを選んで決めてるだけなんで、タイトルを付ける快感みたいなのはないです。

──「相席屋に行きたい」は、この長い前奏を聴いている間も「これは相席屋の曲なんだ…」と思いながら聴いているような、チグハグ感をあえて演出したのかと思っていました。

Y:「なんの曲なんだろう」って思わせやすい曲だと思うんで、だから先行配信曲として、タイトルも一つのポイントではありましたね。

──他に先行配信曲として候補に挙がっていた曲はありますか?

Y:「お酒を飲むと楽しいね」とか「ギフテッド」が挙がってましたね。

──今挙げていただいた2曲は曲調もキャッチーな感じですが、結果的にその2曲ではなく「相席屋に行きたい」が先行配信曲になったのは、他にどんな要素がポイントだったのでしょうか?

Y:自分で聴いててちょっと泣けるなって思ったときがあったし、音楽性的にも奥行きがありそうな感じだし。この曲から得られる情報から、アルバムのイメージをバチッと狭いところに定めづらいかなっていう。だからアルバムを聴こうという気になってもらえるんじゃないかと思って。

──「諦めない人」という楽曲で一番印象に残ったのが、最後の「温泉があるかどうかより/大事なものが見つかってる」のところで吉田さんが少し巻き舌気味になっているのが、今までになかったなと思いました(笑)。これも鳥居さんと相談して決められたのでしょうか?

Y:いや、それは僕がたまたまそうなったっていうか、巻き舌で歌ってる意識もなかったです。ちょっと強気になってる意固地さみたいなものを表現したかったのが、たまたま巻き舌って形で出てきたのかもしれないです。

──(笑)。そのときの吉田さんの気分とかコンディションがパッケージされたみたいな。「サクセス」の中でも、「誰にも等しく/チャンスが与えられてる時代に/自分のヴィジョンを/持ってない奴が多すぎる」というところは、少しシャウトが入っているに聴き取れましたが、これも表現したいイメージがあったのでしょうか?

Y:それは、歌い方に静と動みたいな傾斜をつけてくれって言われたんで、だから“動”にしようとしたらシャウトっぽくなったって感じですかね。

──《OTOTOY》のインタヴューだと松永良平さんが、今回で「歌われている内容も言いっぱなしの面白さより、聴き手に届く意味があるものになった印象があ」ると指摘していますが、シャウトとか「静と動」といった歌い方の表現も、聴き手への届きやすさみたいなものに直結しますよね。

Y:確かにそうですね、あまり今まで意識してこなかったんで、そういうのも大事だと思いますね。

──最近、放送作家の藤井青銅さんと落語のポッドキャスト「人生こわい」を始められましたが、これはどういう経緯で、藤井さんと吉田さんのお二人でやることになったのでしょうか?

Y:ポッドキャストの制作会社の方が、落語に詳しい藤井さんに落語素人の僕が落語について教わるという企画を用意してくれたので、やることになりました。

──番組内では、落語では悪い人や欲ぶかい人がハッピーになる、よくない人を肯定するような演目もあるという点で、トリプルファイヤーの曲と通ずるという話がありました。そういう歌詞は現在の、誰もが正解を求めて自分と異なる価値観を断罪するという、殺伐とした状況への処方箋になるかもしれないと思ったのですが……。

Y:ネットとかの、正しさからちょっと外れたらめっちゃ言われるってのは結構いやだなと思うので、そこへのアンチみたいな気持ちはずっとうっすらあるかもしれないですね。

──最近気に入っている音楽があれば、お訊きしたいです。

Y:仕事しながらアンビエントのプレイリストをずっと流してて。ブライアン・イーノのこの曲はいいな、とかが徐々にわかってきたというか。そのぐらいですかね。

──バンドミュージックからは少し離れているのでしょうか?

Y:そうですね、何となく流したりもしますけど、特定の人をめちゃくちゃ集中して聴くのは最近あまりないかもしれないですね。

──気に入っている音楽をお訊きした理由として、トリプルファイヤーは作曲面でも吉田さんのヴォーカルも、日本のシーンとの繋がりや連続性みたいなものが希薄だと思っているんですね。日本のシーンに属さないことについて意識してきた部分はありますか?

Y:最近の邦ロック的なものが自分にちょっと合わない気がして……日本で好きな音楽の文脈には入れてほしいと思うときはありますけど、それができてないから入ってないだけで。だから自分ができることが王道から勝手に離れちゃってるって感じですかね。

──プレスでは、今回のアルバムについてトーキング・ヘッズとかジョージ・クリントンが引き合いに出されていましたが、吉田さんとしてはそれらのアーティストで自分たちの音楽を説明されることはどのように感じてますか?

Y:それは鳥居くんがトーキング・ヘッズを意識しながら曲を作ったってことだと思うので、同じライン上に行けたって感じではないですけど(笑)。トーキング・ヘッズとか好きなんで、そういう音楽が好きな人が聴いてくれたら嬉しいなと思いますね。

──鳥居さんがトーキング・ヘッズを意識したように、吉田さんの中で意識したアーティストはいますか?

Y:ああ……。あまり意識してないかもしれないですね。GEZANとか勢いあったんで、マヒトだったらどんなことするんだろうとかたまに考えたりして(笑)。でもそれを音楽に直接活かそうってことではないです。

岡村(編集部):吉田さんのリリックは、飲食店みたいに人が雑然といる場所というか、意識して会おうとせずとも誰かと同じ空間にいるような、そんな場所からヒントを得ている印象が前からあって。

Y:それは結構ありますね、そこでコミュニケーション失敗みたいなものがちょっと面白いなって思ったり。だからそういう場所が好きかもしれない。

岡村:ミュージシャンの方の中には、静かなところとか、人があまりいない明け方のファミレスとかで歌詞を書く方が多いようですが、吉田さんの歌詞は意図的に人が多いところを狙っている感じさえするんです。

Y:たぶん酒が出てくる小説、太宰治とか西村賢太とか、大衆の中に揉まれてる中から生まれるみたいなのが好きなのかもしれないですね。

岡村:主人公はもちろん吉田さんだけど、出てくる登場人物もまた全部吉田さんっていう感じもして。

Y:確かに、それは意外と言われますね。自分が逆から書いたつもりなのに、結局ひとりの人みたいになってるっていう。

岡村:客観的に描かれて登場している人が複数いたとしても、顔が全部吉田さん、みたいな感じの面白さ。だから吉田さんに小説もどんどん書いてほしいと思っています。

Y:ああ、頑張ります。

<了>



トリプルファイヤー
「もう受けなくてもいい、やりたいことやるんだ」
新作『EXTRA』発売記念インタヴュー vol.1
鳥居真道
http://turntokyo.com/features/interview-masamichi-torii-triple-fire-extra/



Text By Shoya Takahashi


トリプルファイヤー

『EXTRA』

LABEL : SPACE SHOWER MUSIC
RELEASE DATE : 2024.7.31
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HYUKOH, 落日飛車 Sunset Rollercoaster

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