「自分をどう表現するのか」
宇多田ヒカルや椎名林檎へのシンパシーとデビュー作『19 MASTERS』をサヤ・グレーが語る
サヤ・グレーの所属する《Dirty Hit》はリナ・サワヤマやビーバードゥービーなど、アジアにルーツを持ちパーソナルな葛藤を抱えてきたアーティストが多い。これは偶然ではないだろう。極めて自然に個性を放つアーティストが、いま《Dirty Hit》に集まるのはとても興味深いトピックでもある。そんな《Dirty Hit》より届いたのが、サヤ・グレーのデビュー作『19 MASTERS』だ。アルバム・ジャケットが示す真空された音源に、母親の声、友人の生活の一部分を取り込み、私たちの想像を巡らせる。そのサウンドから発せられる言葉は時に、癒しにも悲しみにも取ることができるだろう。
サヤ・グレーはアイデンティティを抑えて過ごさなければならなかった。日本人の母親とミュージシャンであるスコットランド系カナダ人の父親(アレサ・フランクリン、ジェフ・ベックなどの作品でリード・トランペットを演奏していた)のもと、常に音楽に囲まれて育った彼女。プレスリリースには、白人の多い地域で混血であることからいじめにあい、ベース奏者であるセッション・ミュージシャン時代もアジア人として期待されることなど、理不尽な生きづらさを抱えてきたことが書かれていた。
さらにプレスリリースには彼女が影響を受けたアーティストや作品の多くが日本のもので、音楽家の久石譲、坂本龍一、ファッションデザイナーの川久保玲(コム・デ・ギャルソン)、三宅一生、美術家では森万里子の名前が挙がっていた。これには妙に納得してしまうほど、サヤ・グレーの弦楽器を織り成していく音楽と通じるものがあるように思えた。ひんやりする環境音楽の空間、弦を弾く緊張感、底に流れる意志…。どれを取っても、しなやかで強い自己を持つように感じられたのだ。
本作は自身のメンタルヘルスを紐解いていくような、繊細な楽曲が並んでいる。どちらかというと、内省的に過去を綴った作品というよりも、自分を前向きに解放するような清々しさを漂わせながら。それもそのはずで、孤独を抱える自分自身と向き合い創作したのが『19 MASTERS』である。そんな制作のプロセスや彼女と家族・友人との繋がりが垣間見えるようなインタヴューをお届けしよう。
(インタヴュー・文/吉澤奈々 通訳/原口美穂)
Interview with Saya Gray
──あなたはお父様がミュージシャンということもあり『音楽のある家庭』で育ちましたよね。音楽が日常に溶け込んでいる環境を、幼少期はどう捉えていましたか?
Saya Gray(以下、S):そういう風に生まれたので(笑)自分がはじめてツアーを経験したのも4歳か5歳のときに、父親と一緒に日本に来ていたから。もうそれ以外の世界がなかったというか、兄も叔父もミュージシャンだったし、音楽の学校を始めたり教えたりもしていたので。自分の中では当たり前すぎて、ミュージシャンになろうかならないかを考える間もなく、とても自然な流れだったわ。
──デビュー作『19 Masters』はあなたの経験、特に長年抱えていた孤独感を反映した作品と伺っています。そして19という数字は1から9までのサイクルの始まりと終わりを表しているとも。こうした壮大なストーリーの構想にしようと考え始めたのは、いつ頃からでしょうか。
S:アルバムを作り終える最後の2曲ぐらいのときかな…考えついたのは。そのときの自分は大変で悩んでいた状況から抜け出せた時で、これでもう出来上がった!と思えた。考えてみたら、そのときの自分の感情だったりそう言ったものがすべて出せていて、閉所恐怖症みたいなパッケージの中に閉じ込められたような自分がいたけれど、自分が抱えてたフィーリングが音楽に表現されているな、と思えた。それでクリエイティヴ・ディレクターの人に相談して「どうやってテーマにアルバムにしていこうか?」と一緒に考えながら、今回のタイトルと内容になったわけ。
──今作『19 Masters』ではお母様の日本語を取り入れているのが印象的でした。あなたの声ではなく母親の言葉を起用することに、どういった意図が込められていたのでしょう?
S:よく私は家族の会話とか友人の会話を録音しているんだけど。それであの言葉は母親がクリスマスディナーのときに言った言葉で、それを母親に「もう一度言い直して」とお願いして録ったものになるわね。
──クリスマスディナーの時の言葉というのは、オープニングで聞こえる「ようこそ、わたしの世界へ。」という言葉ですか?
S:そう。なのでアルバムを作る前から、ずっと持っていたものだった。それで自分の作品の中に、他の人の声の繰り返しとか取り入れるのが大事だし、面白いかなと思って。それにお母さんの声がいい声でもあるので、それを使おうと思って取り入れたわ。
──「TOOO LOUD!」の「気づいたら息をしていなかった。」という日本語の歌詞や鐘の音など、日本人からすると無意識に“死”を連想しました。
S:そうね、死とか生まれ変わりとか循環がこのアルバムのメタファーで表現されているのは、確かにそうなんだけれども。この日本語の歌詞は、日本人で親友のウチマクレアという方がいるの。彼女は毎日お祈りをする習慣があって、そのお祈りとポエムを組み合わせたものを彼女が作っていて、それを撮ってきたものになるわ。自分の親友もアルバムの一部として存在してほしかったし。それで日本語の歌詞の部分がある。さっきのサイクルの1から9の話もそうだけど、始まりと終わりだとか、自分自身がつねに死と生まれ変わるというコンセプトの、すごく大ファンだから。それはいつも自分が思っていることでもあるし、曲だけでなくアルバム全体でそれを表現していると言えるわね。
──ほかにサウンド面で意識された部分を教えてください。
S:今回は全部自分でやらないといけなかったから、すごく制限があった。自分のキャパシティの中で出来るものを作ったけど、時々ホテルにいて5ドルくらいのナイロンの弦のギターだけしかなくて、それを使ったりだとか。そうかと思えばベースとエレキギター、どっちも揃っていた場面もあったし。ロンドンに居たときは、お店でパッと買ってきたアコギだけを使ったりもしたわ。制限があった中で、父親のトランペットを使用したり、手に入れられるものの中でサウンドは作ったという感じ。でもなにより、自分のなかで一番メインで重要だったのは、“自分らしさを失わない”ということね。ほかの人をあまり起用しすぎずに、自分の感情をそのまま素直に表現するというのが、サウンドを作る上で一番大事なことだった。
──あなたは好きな日本人アーティストに、安室奈美恵や宇多田ヒカルをはじめ、椎名林檎の大ファンと挙げていました。彼女たちのどういったところに魅力を感じますか?
S:ほかの日本のアーティストもそうだけど、彼女たちは音楽だけでなく、アーティストのアクティビズムと文化、ビジュアルとファッション、全部を繋げた一つとして尊敬している。例えば彼女たちだったら選ぶものもそうだし、人としてアーティストとして、どの方向に行くかというのもあるわね。全部スペクトラムとした人として、やっぱり素晴らしいと感じる。あとはどういうパフォーマンスをするかもそうだし。自分をどう表現するのかということに魅力を感じるわ。
──同じく《Dirty Hit》のレーベル・べイトでもあるリナ・サワヤマも、名前の挙がった宇多田ヒカルを尊敬するアーティストと話しています。宇多田ヒカルはメンタルヘルスについて発言するなど、あなたと共鳴する部分があるように感じますがそれについてはどう思われますか。
S:いまの時代誰しも、特にアーティストはそうだと思うけど、みんな繊細だと思うの。そして孤独を感じやすくなっている時代だと感じる。やっぱりテクノロジーもあって、露出がすごいじゃない?いろんなものが出て、いろんなものが自分の耳に入ってくる。そんな中で、アーティストはどの程度まで自分を出さなきゃいけないのか、自分もすごく考えるし。アーティストは、みんな同じ悩みを抱えていると思う。アーティストだけじゃなく、みんなもそうだと思うけど、今は50年代に比べたら変化の速さが凄くてついていけないし。戸惑う人たちも多いと思うから。だからメンタルヘルスの悩みはみんなに共通する悩みだし、みんなに共通点はあるんじゃないかな。
──今作に先ほど挙げた好きな日本人アーティストや作品からの影響はありますか?
S:今回のアルバムはとくに、自分の子どもの頃からいまに至るまで、すべての影響が入ってる坩堝のようなアルバム。自分が今まで一緒に演奏してきたミュージシャン、アーティストもそうだし、母親から継いだクラシックの影響、父親からはジャズの影響も受けた。母親はとくに日本のポップ・ミュージックをずっと車の中でも聞いていたから、きっとJ-POPの影響も受けてると思う。だからピンポイントで誰とか言えなくて。これまで自分が感じてきたすべての影響、全部がこのアルバムには詰まってると言えるわね。
──好きな日本人アーティストで椎名林檎などの音楽だけでなく姿勢に惹かれるとのことでしたが、あなた自身次に挑戦してみたいことがあればぜひ教えてください。
S:自分はあまりSNSをやらないタイプだし、あまり露出をしないタイプのアーティストだから、みんながまだ知らないビハインドとかシーンとか実はまだあって。本当は洋服も大好きで、デザインも常にしているし。ダンスも大好きで、クラスを受けたり、ポール・ダンスとかいろんなダンスをやってみたりしてるわ。今後は音楽だったらライヴをもっとやりたい。あと映画のフィルムスコアも書いてみたい。ほかの人をプロデュースしてみたいとか、すごくある。だから次に起こることは、面白いことがたくさん待ち構えてると思う。それをSNSとかじゃなく、どんどん自分の活動でこれからみんなに披露していけたらと思っている。
<了>
Text By Nana Yoshizawa
Interpretation By Miho Haraguchi