「すべてが私たち自身の最高の教師」
JUU4Eは自己との徹底的な対話から『馬鹿世界』へと立ち向かう
経済格差、人種差別、ジェンダーギャップ、気候変動……資本主義の終わりが近づいていることを確かに感じながら、それでもなお明確な終わりを想像できぬまま、コロナ・パンデミック下において加速度的に顕在化する多様かつ複雑な問題を目の前に、それに一部なり加担し続けているという事実に、日を追うごとに私たちの笑顔は歪になっていく。しかし、ひとたび立ち向かってみれば心無い批判と冷めた笑いに取り囲まれ、あるいは、そもそも立ち向かおうにも、日々をなんとかやり過ごすのに必死で、気がつけばSNSに皮肉を書き込むので精一杯。もう、笑う力は残っていないのか。こんな『馬鹿世界』で……。
このような混迷を極めた世にあってひとり、大地に強く立ち、そよぐ風をまとい、人懐っこい笑みを浮かべてこちらに語りかけるアーティストがいる。名を、JUU4E。通称JUU Tube(YouTubeで4ERastafariと検索!)に投稿されている動画の再生数を見ればわかるとおり、タイではすでにポピュラーな存在である。日本においては、彼が約1年半前に愛称であるJuuを名義に用いて弟子であるG.Jeeと共にstillichimiya/OMKのYoung-Gプロデュースの元リリースした前作『ニュー・ルークトゥン(New Luk Thung)』によってその存在を知った方も多いだろう。そしてこの度、“前作の子供のようなもの”であるという新作『馬鹿世界』がリリースされた。そこでJUU4Eは、どこまでもシリアスに世界を見つめ、誰よりも正々堂々と私たちに笑いかけている。果たして、そんな力はどこから湧き出てくるのか。
このインタビューによって自分の中でその答えがはっきりとわかった。結論から言ってしまえば、その根源には徹底的な自己との対話がある。無論、それはサウンドにも現れており、前作はルークトゥン(タイで謂う“田舎者の歌”)をヒップホップと引き合わせパッタナー(変革)した怪作であるのに対して、本作ではそのような感覚の延長させつつ、セルフ・プロデュースされた楽曲たちの中で(前作の制作、ライヴも含めて)彼が生き、旅をして出会った人々と音楽が血肉となり鳴っている。自分がどこから来て、誰と出会い、何をして、これからどうするのか。そう自らに問いかけ続け、答え続けることによって作品は生み出されている。それは本作の中に、例えば佐藤雄彦(俚謡山脈)がDJで流した栃木県の民謡「小山祭りばやし」を聴き、それをパッタナーさせ生まれた「酔ってるのは誰?(Who is Drunk?)」や台湾出身で世界的に愛されたシンガーであるテレサ・テン「甜蜜蜜(テンミミ)」のカヴァー「天使よ、どうかお慈悲を(Angel, Have Mercy)」などが収録されていることからもわかりやすいだろう。
もちろん、リリックも素晴らしい。前半は簡易的なSNSでの消費から腐敗した政治まで斬ってみせ、後半は風、大地、地球から宇宙まで自然のエネルギーに耳を傾ける様が印象的で、お決まりのガンジャ・チューンだって忘れない。戦いがあり、リスペクトがあり、ユーモアがある。それらが矛盾なく、いや、矛盾があったとしてもシームレスに繋がっていることがわかる言葉としてアウトプットされている。それはまさに自分自身を見つめているからだろう。インタビューの中で自分の地元の民謡に本作を通じて出会ったと話すと、彼は「近過ぎて逆に見えなかったのかも」と優しく答えてくれたが、自分が何者なのか、私はまるでわかっていないのかもしれない。
ちなみに前作に以上にヒップホップの、とりわけトラップ的なサウンドがメインの本作だが、ライヴではすでにそのようなサウンドを離れ、バンドでの演奏を楽しんでいるという。その様子はYouTube(JUU Tube)でも見ることができるが、そんな自由な動きも自己との対話を続けているゆえなのだろう。
さて、そろそろインタビューの本編へと向かいたいところだが、その前にいくつか補足を。私はここまで意図して本作がタイから、もっと言えばアジアから発信された音楽であることを強調しなかった。それはアジアの音楽が面白いとわざわざ言う必要がなくなったと思っているからなのだが、しかしもしも本作で初めてそれを体験する方がいたのならば、前作リリース時にTURNで行ったYoung-Gへのインタビュー(http://turntokyo.com/features/juu-young-g-2/)がその先の道案内を引き受けてくれると思うので参照いただけると幸いだ。またJUU4Eのルーツを探ったこちらのインタビュー(http://turntokyo.com/features/juu-and-g-jee/)も本作を聴くに当たってのサブテキストとして未だ機能してくれるだろう。なにより、本作のCDを購入すれば、そこには佐藤雄彦(俚謡山脈)による熱い想いの詰まったライナーと日本語訳詞が付いた40頁(!)に及ぶブックレットが封入されているのでぜひ《EM Records》のHPからチェックして欲しい。
(取材・文/高久大輝)
Interview with JUU4E
──前作『ニュー・ルークトゥン(New Luk Thung)』のリリースから約1年半が過ぎました。日本からもたくさんのリアクションがあったと思いますがあなたにも届いていましたか?
JUU4E(以下、J):もちろんです。私は良い感触とさらに広い友情を感じています。 OMKの友達やSNSを通じて、アルバムをフォローして下さった多くの人々のことを知りました。自分のアートをみんなに伝え、多少なり皆さんの幸せに役立つ機会が得られたことに感謝し、光栄に思います。ありがとうございます。
──その1年半の間にコロナウイルスのパンデミックという世界中が揺らぐような変化が起こりました。タイは日本とは違い感染者数を抑え込むことに成功していたように思いますが、本作の制作期間でもあったであろうその期間、あなたはどのように過ごしていましたか?また、ご自身や周囲の方々、音楽の演奏の環境に変化はありましたか?
J:この困難な時期、私は皆さんと同じく影響を受けています。たくさんのコンサートが中止されました。でも、ものの購入前に計画を立てれば節約できますし、自分の食事を自分で調理すれば生活費を削減するのに役立ちます(注:タイ特に都市部は圧倒的に外食文化なので(屋台で持ち帰りも含む)自炊する人は少数派)。財政計画は慎重であるべきですが、私の人生の幸福の欠如につながるほどの問題ではありません。今、私はこの時期、収入確保のため物販用の商品を作りました。音楽に関しては、最近はいろいろな世界に影響を受けていますし、その成果はいつか披露すると思います。
──ちなみに前作『ニュー・ルークトゥン』と制作の時期が重なっているとのことですが、前作やそこに携わったYoung-Gさんをはじめとしたアーティストたちからの影響は本作のどのようなところに表れているとお考えですか?
J:『馬鹿世界』は『ニュー・ルークトゥン』の子供のようなもので、Young-Gさんや俚謡山脈の佐藤さんから受けた音楽的影響と、以前から私の作品の一部にあった民謡の影響が入り混じったものです。このアジア音楽のサウンドトラックに向かわせた確信は、Young-GさんとOMKのメンバー達、そして《EM Records》の江村さんとの相次ぐ出会いと存在が欠かせないものでした。このアルバムもまた、Young-Gさんがミキシングに取り組み(倉谷)拓人さんがマスタリングして完成させました。最高なのです!このアルバムに感謝しています。
JUU4Eと現地の仲間たち
──本作ではタイに限らずアジアの音が数多く盛り込まれ、そこにトラップやUKドリル以降のラップ・ミュージックからレゲエ、歌謡曲まで様々なエッセンスも大いに感じます。それも、とても自然に。このようにひとつの作品にまとめるために工夫したことはありますか?
J:2007年、私は音楽を作るための新しい方法を探し始め、完全に予測不可能(不定形の)な作品、NO LANGUAGE(注:既存の言語機能を持たない発音で構成されたものの意)という特別なアルバムに行き着きました。それからはより多くの音楽のアイデアを解き放ち始めました。今日の私になったものを与えてくれた良い家族、良い先生、良い友達に感謝しています。
──アルバム・タイトルは『馬鹿世界(Crazy World)』とすごくシンプルで力強いです。ここにはどのような意味が込められているのでしょうか?
J:このアルバムのタイトルに関しては、私は直接的な意味を持っていません。それは私たちが住んでいる世界が非常に変化しているという感覚と感情のことなのです。しかしながら、この世界よりもクレイジーなのは地球上の人々です。こういう認識で、私が提示したい歌詞は今日の世界で誰もが感じることができる内容のはずで、私はアルバム名に『馬鹿世界(Crazy World)』を使用しています。
──前半ではアグレッジブなビートの上でSNSから現実の社会まで非常にシリアスに鋭い視点から切り込んでいます。特に「あなたの心へのメッセージ(Message for Your Mind)」での“新しい世代”という言葉が印象的です。これは単純に若いことを指しているわけではないですよね?
J:その通りです。「新しい世代」という言葉は、若者だけを意味するのではありません。 全ての世代、年齢の人々を含む新しい時代に突入する全ての人々が、お互いをより深く理解する必要があります。 一緒に新しい世界で新しい世代になるということです。
──中盤から後半にかけて自然のエネルギーを感じる楽曲が並んでいます。アーティスト名JUU4Eは「火・地・風・水」という4大要素を意味しているとのことですが、自然はあなたにとってどのような存在ですか?
J:4ER(4E Rastafari、フォーイー・ラスタファリ)は私の友達と作ったグループで、JUU4Eが正式名称です。4Eとは、現実の世界での、自然と私たち自身の主要な要素である地球、水、風、火を意味し、より深い意味は「世界のために。4地球」(タイ語の語呂を使っており訳出困難。フォーイーフォーアース, Four E for Earth, 4E 4 Earth、といった具合か)で、生命の誕生に関係し、命を生み出すために構築されています。
──「火・地・風・水」への踏み込みは、環境破壊を加速させる人間への警鐘のようにも感じます。ラップなどのアクティヴでダンサブルな音楽に取り組むことで、あなたはどのように環境問題と対峙できると考えますか?
J:そうです、私たちは毎日ハンマーで自分の家を少しずつ叩いて壊しているようなものです。歴史のある時点で、私たちは家を激しく壊していることに気付いて、もう壊れないように維持しようとしています。でも、今でも私たちは家を壊すのを急いでいるので、時にはお互いを罵倒して、悪い世界はもっと悪くなっているようです。私の側では、物語を伝える最良の方法と思われるものを使用しています。
──アルバム全体の流れの中で、イントロと折り返しの8曲目、そしてラストに収録させているアンビエント的サウンドとピッチシフトされたヴォーカルが印象的なSkitが重要な役割を果たしていますね。全体の流れのイメージを伺えますか?
J:アルバム収録曲を全て用意して、それから選曲にかかり、徐々にまとめていきました。このアルバムの意図は、たとえば、午前4時20分に最初の曲が始まり、午後4時20分に最後の曲が終わる、という具合に時間の経過を追ってみることです。
──自分は栃木県出身にも関わらず恥ずかしながら「小山祭りばやし」を知らず、あなたが見事にパッタナーさせた「酔ってるのは誰?(Who is Drunk?)」を通して出会い非常にわくわくしました。こうして地元の音楽と出会うとは思ってもみなかったことです。タイだけでなく、アジア全体の自分のようなルーツを知らない若者に対して、それを伝えていくことに使命感や責任感は感じていますか?
J:そうです。このアルバムを聴いた多くの人に、アジアの音の価値を感じてもらいたいのです。近過ぎて逆に見えなかったのかもしれません。
──現在はYouTubeでも見ることができるようにあたなはすでにバンド演奏での活動へと舵を切っています。すでにタイをツアーする計画もあるとのことですが、すでに次回作の構想などもありますか?
J:私は現在ライヴショーをデザインしています。《EM Records》とYouTubeで公開される予定です。
──シリアスかつユーモラスで自由なマインドを持ったあなたに憧れるキッズは自分も含め日本にもたくさんいると思います。現在の10代~20代の、文化的活動に憧れる若者たちにメッセージをいただけますか?
J:現在十代の人たちのために言うとすれば、文化は、私たちがどこに行っても、私たちが誰であるかを忘れなければ、私たちが何をしているのかを教えてくれるようなものです。自分が何者であるかを把握することは、自惚れを消すことになります。皆さんができるだけバランスよく生きることを願っています。あるべき姿ですべてを見てください。自分自身にたくさん学んでください。そして、すべてが私たち自身の最高の教師なので、必要に合わせてすべてを見て、多くのことを学び、経験を得ます。皆さんがあなた自身の道で成功することを祈っています。
──最後に、タイ以外の国の音楽で、あなたが今最も興味を持っているのはどういう音楽でしょうか? 古いもの、新しいもの問わず、刺激を受けている音楽を教えてください。
J:今、若い頃に聞いた古い曲も含め、アジアと世界の他の地域で音楽を聴いています。
日本でのライヴで出会えることを願っています。 日本の友達、世界中のすべての私の友達に感謝します。ありがとうございました。
<了>
■EM Records内アーティスト情報
https://emrecords.shop-pro.jp/?pid=157153277
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Text By Daiki Takaku